6-②
「な、なんで……!?」
私は鍋を前に呆然と立ちすくむ。
リンゴは溶けそうなほどドロドロになり、シロップもべちゃべちゃとして、茶色く焦げている。
とてもリンゴのコンポートとは言えない代物になっていた。
「どうして……! メイドたちは初心者向けって言っていたのに……!」
私は涙目になって鍋を覗き込んだ。
これではサイラスに渡すわけにはいかない。
「……きょ、今日は失敗したけど、練習すればできるようになるはずよ! 絶対うまく作ってみせるわ!」
焦げた砂糖のにおいのする厨房で、私は破れかぶれに意気込んだ。
***
「お嬢様。その手の包帯、どうなさったんですか?」
「え、これ?」
毎晩コンポート作りに励んでいたある日。
花瓶の花を入れ替えに来てくれたサイラスに、手に巻かれていた包帯を気づかれてしまった。
袖の長い服を着て隠していたのだけれど、限界があったみたいだ。
「なんでもないの、これは」
「おけがをされたんですか? 今まで気づきませんでした」
サイラスは私の手をとって、心配そうに尋ねてくる。
これは一昨日、熱いシロップを手にかけてしまったときの火傷だ。
本当に何でもないの、と私は手を振って誤魔化す。
しかし、サイラスは心配顔のままだった。
「お嬢様、最近目の下にクマができておりますね。寝不足ではないですか? まさか、何かご病気にかかられたのでは……」
サイラスは顔を青ざめさせて尋ねてくる。
クマなんてできていたかしら。私は慌てて目元に手を当てる。
最近は毎晩遅くまで料理の練習をしていたので、睡眠が不足していたのかもしれない。
「大丈夫よ! 病気とかではないから心配しないで。ちょっと最近は遅くまで起きていただけ」
「そうなのですか? 無理はなさらないでくださいね」
「ええ、大丈夫だったら」
私は不安げにこちらを見るサイラスに笑顔で言い切る。
サイラスはしばらくはらはらした顔で私を見ていたけれど、私が笑顔で押し通すと、ようやく表情を緩めてくれた。
***
それからさらに数日後。
夜中の厨房で、私はお鍋を前に感動の涙をこらえていた。
「やっと完成したわ……!」
目の前には、ようやく出来上がったまともなりんごのコンポートがある。
これだけ作るのに随分苦戦してしまった。
でも、ようやく見た目も味も良い感じのものができた気がする。
「この色とかなんだかすごくきれいじゃない? 私、もしかして料理の才能があるのかも!」
私は晴れやかな気持ちで、瓶にコンポートを詰めた。
瓶の中のリンゴは綺麗な黄色をしていて、シロップはキラキラ光って美しい。
見惚れてしまうような仕上がりだ。味もすごくおいしくできたと思う。
早速サイラスに届けようと、私は瓶を持ち上げる。
その前に瓶を綺麗な箱に詰めるべく、私は自分のお部屋に向かった。
「どのリボンにしようかしら」
お部屋でうきうきしながら瓶を箱に詰め、それに巻くリボンを選んでいると、突然扉がノックされた。
こんな夜遅くに誰だろうと首を傾げる。
返事をすると、サイラスの声が返ってきた。
「お嬢様、もう寝てらっしゃいますか?」
「サイラス? いいえ、一体どうしたの?」
私は驚いて扉の方まで駆けていく。すると、サイラスが遠慮がちに顔を出した。
サイラスの手には小さめの木箱のようなものが抱えられている。
こんな時間にやってきたサイラスを不思議に思いながらも、なんてタイミングがいいのだろうとわくわくしてしまった。
こちらから行くまでもなく向こうからやってきてくれるなんて。




