②
それからも私は上手なドラゴンを縫えるように、時間があれば刺繍をし続けた。
ジャレッド様の婚約者になってから、今までは多少サボっても大目に見てくれていた家庭教師たちが急に厳しくなったので、刺繍をできる時間は勉強の合間の休憩時間と寝る前の時間に限られている。
それでもなんとか続けるうちに、ようやくドラゴンの刺繍が出来上がった。
「やったわ! ジャレッド様、喜んでくれるかしら」
私はやっとできた刺繍入りのハンカチを両手で広げて眺める。
すごい、結構うまくできたんじゃないかしら。元の絵と同じとまではいかないけれど、ちゃんとドラゴンの形をしている。
私は嬉しくなって、ハンカチをぎゅっと胸に抱いた。早くジャレッド様に渡したい。
***
「あの、ジャレッド様! 私、今日はプレゼントを持って来たんです」
それから数日後、王宮に呼ばれてジャレッド様と二人でお茶をする機会があったので、私は早速ハンカチを渡すことにした。
どきどきしながらハンカチの入った包みを差し出す。
「プレゼント? 何かな」
ジャレッド様は包みを受け取ると、にこやかに尋ねる。
「開けてみてください」
「これは……」
ジャレッド様は包みを開けると、中から出てきたハンカチをじっと見つめた。一瞬、その顔に蔑みのようなものが浮かんだ気がした。
「これ、君が作ったのか?」
「はい。家庭教師の先生に刺繍を習ったので、ジャレッド様にもプレゼントしたいなと思って……」
少し緊張しながらそう返す。もしかして迷惑だっただろうか。いくらでも良いものを手に入れられる立場のジャレッド様に、私が刺繍したハンカチなんていらなかったかもしれない。
しかし、そんな不安はジャレッド様が向けてくれた笑みで吹き飛んだ。
「ありがとう、大切にするよ。こんなプレゼントをもらえるなんて嬉しいな」
私はすごく幸せな気持ちになった。ジャレッド様が受け取ってくれた。大切にしてくれると言う。先ほど一瞬、彼の顔に蔑みの色が浮かんだように見えたのは気のせいだったのだ。
今までの頑張りが全て報われた気がした。
その日は、お茶会の間中ずっとはしゃいでいた。ジャレッド様は、そんな私を笑顔で見つめてくれていた。
***
ジャレッド様は、その後ハンカチをちゃんと使ってくれている。
お茶会から数日後にお父様と王宮を訪れる機会があったのだけれど、その際に私があげたハンカチを懐から取り出して見せてくれたのだ。私はとても嬉しくなった。
それからまた数日経ったある日、私は王宮でマナーレッスンを受けるように言われ、登城することになった。
レッスンが終わると、私は一度ジャレッド様に挨拶してから帰ろうと彼の部屋まで向かう。扉の前に立つと、中からジャレッド様の声が聞こえてきた。
「なぁ、これ人目につかないように捨てておいてくれないか」
中に使用人でもいるのだろうか。私は扉の前で耳を澄ます。
「いいのですか? 刺繍が入っていますけれど……これは手作りではないですか?」
「手作りだからだよ。そんなもの使えると思うか? エヴェリーナにはこの前一応持っているところも見せておいたから、もう捨てても問題ない」
「しかし……」
中から聞こえてきた言葉に思わず息を呑んだ。
刺繍入りのハンカチ……? 私があげた?
中からはジャレッド様の声と、戸惑うメイドらしき人の声が聞こえてくる。私の足は凍りついたように動かなくなった。
ジャレッド様は喜んでくれたのではなかったのだろうか。
この前城を訪れたときだって、笑顔で「大事に使っているよ」と見せてくれて……。
頭が真っ白になり、何も考えられなかった。それでも中から人が出て来そうな気配がすると、私は慌てて扉の前から逃げ出した。




