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主人公のエヴェリーナが十歳の頃の番外編です!
リスベリア王国の第一王子ジャレッド様の婚約者になり、二ヶ月ほどが経った頃。私は早く彼と仲良くなりたくて、いい婚約者だと思ってもらいたくて張り切っていた。
どうしたらいいのか考えて、まず思いついたのがプレゼントを渡すことだ。
何を渡そうか迷っているとき、家庭教師の先生からちょうどいい授業を教わった。私は執事のサイラスを探して廊下を走る。
「サイラス、この前先生から刺繍のやり方を教わったのよ! 見て、これ!」
私は広間から出てきたサイラスを捕まえて、持って来た刺繍入りのハンカチを得意げに見せる。
三日ほど前、家庭教師の先生から習ったのだ。時間内には終わらなくて、それからちまちまと自室で続きをしていたのだけど、昨晩ようやく完成した。
サイラスは私が手に持ったハンカチをまじまじ見つめると、感心したように言った。
「よくできていますね。これはお花ですか?」
「うん! ネモフィラの花をイメージしたの」
得意げに言ったら、サイラスはすごいすごいと褒めてくれた。
期待通りに褒めてもらえたので、私は満足してハンカチをしまう。
「あのね、私、ジャレッド様に刺繍入りのハンカチをプレゼントしようと思うの」
「ジャレッド殿下にですか」
「ええ、新しくドラゴンの刺繍をしたハンカチを渡そうと思って。喜んでくれるかしら?」
尋ねると、サイラスはうなずいた。
「きっと殿下も喜ばれるはずです。しかし、ドラゴンとは難しそうですね」
「お花の刺繍もできたし、きっと何とかなるわ。頑張ってみる!」
「頑張ってください、エヴェリーナお嬢様」
気合を込めて言うと、サイラスは笑顔で応援してくれた。
早速、その日からドラゴンの刺繍に取りかかることにした。
まずは書庫から本を引っ張ってきてドラゴンの絵を用意し、ハンカチに写す。それからハンカチを刺繍枠にはめ込み、写した絵の通りに糸を通していく。
お花の刺繍は結構うまくできたから、ドラゴンだって少しは難易度が高くなるだろうけれど頑張ればできるだろうと思ったのに、予想以上に苦戦した。
何度やっても細かい部分が絵と微妙にずれて、バランスが悪くなってしまうのだ。出来上がるのはなんとも不格好なドラゴンばかりだった。
うまくいかなくて、何枚も作り直した。時折指を針で刺してしまい、ハンカチに赤い染みができた。それでも諦めずひたすら刺繍をし続ける。
「あー、うまくできないー」
私はテーブルの上にハンカチを投げ出して、つい弱音を吐いた。こんなに難しいとは思わなかった。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「はぁい、どうぞー」
扉の向こうからサイラスの声が聞こえたので返事をする。
サイラスはお父様から預かった本を持ってきてくれたようだ。全て王子妃になるための本。難しいことばかり書いてあるので、見ているだけでうんざりしてしまう。
「また刺繍を頑張っていらしたんですね」
サイラスはテーブルの上に放り出された大量のハンカチを見ながら言う。
「うん。でも全然うまくいかないの。かっこわるいドラゴンばかりできちゃって」
「そうですか? どれも愛嬌があって可愛らしいですよ」
サイラスはハンカチを手に取って言う。
「でも、ジャレッド様に渡すにはもっとかっこいいドラゴンじゃなきゃいけないわ」
「私はいいと思いますけどね」
サイラスはそう言いながら、不格好なドラゴンを見てふふっと笑った。
「でも、失敗作よ。後でメイドに渡して掃除のときにでも使ってもらうわ」
「もったいないですよ。どれも頑張って作られたのに」
サイラスはそう言うと、悲しそうにハンカチを見る。まるでハンカチ一つ一つに同情しているみたいな顔だった。
「でも、こんなにたくさんあっても仕方ないし。サイラスが使うなら使ってもいいけど」
「え、いいのですか?」
「え?」
何気なく言うと、サイラスは予想外に明るい声を出す。
「いいけど、失敗作よ? そんなのが欲しいの?」
「はい。だって、どれもお嬢様が時間をかけて縫われたのですから」
サイラスはそう言って、放り出されていたハンカチを大事そうに手に取る。
「本当にいいの? そんなので。いらなくなったら捨てちゃっていいからね」
「そんなことはしません! ありがとうございます、お嬢様」
サイラスはそう言って嬉しそうに笑った。私は失敗作を押し付けたみたいで、ちょっと申し訳なくなってしまった。




