1-②
サイラスを椅子に座らせると、私も隣に腰掛けて本を開く。
懐かしい話にうっとりしながら読み進めた。サイラスも興味深そうに本を眺めている。
「あっ、この街の話好きだったのよね。お兄様に行ってみたいって駄々をこねたら、そんな街が実在するわけないだろってばっさり言われちゃったわ」
「クリス様は現実主義者ですから」
「夢がなさすぎるのよ、お兄様は。あ、この話も懐かしい!」
後半まではうきうきした気分でページをめくっていた。しかし、終わりに近づくにつれ、物語はどんどん悲しい雰囲気を纏っていく。
こんな話だったかしら……? と思いつつも読み進めていると、物語は主人公の王女が訪れた国の盗賊に見つかり、一緒にいた幼い少女をかばって死んでしまうところで終わってしまった。
私は呆然と最後のページを見る。
「え……、これで終わり?」
「こんな終わり方でしたっけ……? 全く記憶にないのですが……」
一緒に本を見ていたサイラスも、困惑顔で言った。
「嘘よ、もっと楽しい話だったはず……」
そう言いながら表紙を見ていると、だんだん記憶が蘇ってきた。
ああ、そうだ。私はこの話が大好きで、何度も読み返しながらゆっくり読み進めていたのだけれど、どきどきしながら読んだ結末はバッドエンドだったのだ。幼い私はかなりショックを受けた。
途中まで話を聞かせていたサイラスも、結末を知ったら同じように悲しむと思った。
そこで私は話を捏造することにした。自分で考えたため結末には一貫性がなく、あるときは城に戻る終わりだったり、あるときは別の国で楽しく暮らす終わりだったりした。
サイラスと結末の記憶が食い違っていたのは当然だ。
「思い出したわ……。私、この結末が嫌でサイラスに話すときは話を作り替えていたの……」
「そうだったんですか。それで最後の場面が曖昧だったんですね」
「ええ。なんだかごめんなさい……。長い時間つき合ってもらったのに」
こんなことなら探さないほうがよかったのかもと思いながら謝ると、サイラスは首を横に振った。
「いいえ、お嬢様と懐かしい話ができてよかったです」
「でも、なんだか後味が悪いわ。子供の頃の思い出が崩れちゃったみたいで」
「確かにちょっと悲しい終わり方で、残念でしたね」
サイラスは苦笑いしながら、慰めるように言う。
「けれど私はお嬢様らしいと思いました。お嬢様は、悲しいお話を幸せな結末にできる才能があるんですね。とても素敵な才能です」
「え……」
「お嬢様がいたら、きっとどんな物語も幸せな話にできますね」
サイラスにそう言われたら、がっかりしていた気持ちが急に晴れてきた。
考えてみれば、私は絵本の物語だけでなく、実際の人生まで巻き戻りなんていう荒業を使って書き換えてしまったのだ。才能なんて言われると、ちょっとおかしいけど嬉しい。
「えへへ。そうかも」
「そうですよ、きっと」
「サイラス、何か悲しいことがあったらいつでも私に言ってちょうだい! 私がその才能でひっくり返してあげるわ!」
誉め言葉を真に受け、調子に乗って私は言う。サイラスは頬を緩ませて言った。
「もうすでに何度もひっくり返してもらってます」
「え、ええ? そう? いつ?」
サイラスは遠くを見ながら懐かしそうに言う。私は首を傾げた。サイラスは、巻き戻りのことを知らないはずだし、一体何のことだろう。
サイラスは「秘密です」と笑うだけで、教えてくれなかった。私はわざと不満顔を作って見せる。
もう一度手元の絵本の表紙を眺める。さっきまで悲しく見えていたその表紙が、なぜだか今はとても優しい色をして見えた。




