1-①
「うーん、見つからないわね……。どこに行ったのかしら」
ある日の午後、私は屋敷の図書館でとある本を探していた。小さい頃読んだ絵本で、王女様が色んな国を冒険する話だ。
久しぶりに読んでみたくなって探しているのだが、最後に読んだのは十年近く前のことなのでなかなか見つからない。もしかすると、もう捨てられてしまったのかもしれない。
本棚の前でがっくりしていると、扉の開く音がした。
「お嬢様、何をしてらっしゃるんですか?」
「あ、サイラス!」
扉を開けて入ってきたのはサイラスだった。本棚の前で考え込む私を不思議そうに見ている。
「何か探していらっしゃるんですか?」
「ええ。昔読んだ『赤の王女の秘密の冒険』って本を探してるの。でも、なかなか見つからなくて」
「それならお手伝いします」
「本当? じゃあ、向こう側の本棚はまだ見てないから探してくれる?」
私がそう言うと、サイラスはお任せくださいと笑顔でうなずいた。
二人で広い図書館の本棚を探っていると、サイラスがふいに呟く。
「それにしても懐かしいですね。その本、お嬢様が昔よく話して聴かせてくれたものですよね?」
「覚えてるの?」
「もちろん。お嬢様が聴かせてくれた話ですから」
サイラスは楽しげにそう言った。
そうだ。あの頃の私は、お屋敷に年の近い子供がいるのが嬉しくて、しょっちゅうサイラスに遊んでもらっていた。
私には二人の兄がいるけれど、兄妹仲良く遊ぶような関係ではない。
厳しいクリスお兄様や、自由過ぎるディランお兄様と違ってサイラスは私にとことん甘かったので、調子に乗った私は屋敷ですれ違う度にサイラスをさらって延々と話に付き合わせていたのだ。
まったく、サイラスにも仕事があるというのに、あの頃の私は迷惑な子供だったに違いない。……なんだか最近も同じようなことをしている気がするけれど。
私は昔のことを謝ろうと思い、サイラスのほうに近づく。
「あの、サイラス……」
「本当に懐かしいな。あの頃のお嬢様は、沈んでいる私をいつも元気づけてくださいましたよね。なんて心優しいお方なんだと幼いながらに感動していたんです」
サイラスは口元に笑みを浮かべながら懐かしそうに言う。
「え? 私、いつも仕事の邪魔してたわよね?」
「とんでもありません! 私はお嬢様が笑顔で駆け寄って来てくれるのが、いつもとても嬉しかったんです」
「でも、私につき合ったせいで遅くまで働いたり、怒られたりしたこともあったでしょう」
私がそう言うと、サイラスはちょっと考え込んでから言った。
「そういうこともないわけではありませんでしたが……それはお嬢様のせいではありませんから」
「いや、どう考えても私のせいじゃない」
私がそう言うと、サイラスは目線を逸らす。
「小さい頃のお嬢様は自由奔放な方でしたが、用事があると断れば無理を言うようなことはなさらないとわかっていました。でも、私がお嬢様と一緒にいたかったんです」
サイラスが恥ずかしそうに言うので、なんだかこっちまで照れてしまった。
「サイラスは本当に甘いんだから」
「すみません、お嬢様の顔を見ていると肯定の言葉以外言う気になれなくて」
サイラスは困ったように笑いながら言った。
なんとなくふわふわした気持ちで本を探す。しかし、随分時間が経っても目当ての本は一向に見つからなかった。
「やっぱりないわ……。もう処分されちゃったのかしら」
「残念ながら、その可能性はありますね……」
「読みたかったなぁ。結末がうろ覚えだから、また読み返したかったのに」
がっかりして息を吐く。
「確か、主人公の王女様が最後は城に戻るんでしたよね」
サイラスは本棚の背表紙を指さして追いながら言う。しかし、その結末は私の記憶とは違うものだった。
「え? 違うわよ。最後に訪れた国があんまり素敵だったから、そこに住む終わり方だったわ」
「そうでしたっけ? ああ、でも確かにそんな場面も出てきたような気がします。城に戻ったのは途中の話だったかもしれません。私は実物の本を読んだことがないので、ちょっと朧気で」
「うーん、確かに城に戻るシーンの話をしたような気もするけど……」
なにしろ十年近く前のことなので、記憶が曖昧だった。どちらの場面もあった気がするから困る。どちらが正解なのか気になって、余計に元の本を見つけ出したくなった。
「ん……? あっ、お嬢様! これじゃないですか?」
本棚を真剣な顔で見ていたサイラスが声を上げた。駆け足で近づくと、彼の手には色あせた表紙の絵本が握られている。
『赤の王女の秘密の冒険』。確かに探していた本だ。
「これだわ! この表紙、懐かしい! タイトルが大分色褪せちゃってるからなかなか見つからなかったのね」
「よかったですね、お嬢様」
「ええ! ありがとう、サイラス。一緒に読みましょう」
私はサイラスの腕をつかんで、椅子のところまで引っ張っていく。
サイラスはちょっと動揺した顔をしながらも、大人しく腕を引かれている。




