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ダニエルを探して 4

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 エルシーはフランシスとコンラッドとともにポルカ町にやってきた。

 ダニエルが、以前ポルカ町の西の端のあたりに住んでいたと言っていたことを思い出したエルシーがフランシスに教えたところ、何か手掛かりがあるかもしれないから行ってみようということになったのだ。


 フランシスが乗ってきた黒塗りの馬車は少々目立つので、ポルカ町の入口のところで馬車を停めて、ポルカ町の西に向かって歩く。

 修道服のままだと目立つので、エルシーは質素な麻のワンピース姿だ。フランシスもコンラッドも、詰襟の騎士服ではなく、シンプルなシャツとズボンを着ている。

 ポルカ町の西の端あたりは住宅街で、あまり裕福ではない人が住んでいるのか、小さな家がぎゅうぎゅうに詰め込まれたような窮屈な雰囲気だ。道は狭く、店も露店が目立つ。

 エルシーは目についた露店で蒸したジャガイモを注文して、その店主に訊ねた。


「人を探しているんですけど、ダニエルと言う名前の男性を知りませんか? 焦げ茶色の髪の、三十代半ばくらいの男性で、昔このあたりに住んでいた人なんですが」

「さてねえ……わしは去年このあたりに越してきたばかりだからね、昔のことはよくわからんよ」

「そうですか……」

「そこの突き当りの肉屋のおかみさんなら知っているんじゃないかな? 噂好きのやかましい人なんだが、生まれたときからここに住んでいるらしいからね」


 エルシーは店主が指さした方へ顔を向けた。露店が目立つこのあたりで、古いけれど建物の中に店を構えている肉屋だった。開け放たれている入口の奥に、ぶら下がっている腸詰が見える。


(腸詰美味しそうだけど……お金、あんまり持っていないのよね)


 エルシーは店主に蒸したジャガイモの料金を払って、お礼を言っていったん店から離れた。

 そして、財布の中身を確認していると、蒸したジャガイモを物珍しそうに見ていたフランシスが首を傾げた。


「どうした?」

「いえ、買い物もしないのにお店に入るのは気が引けるんですが、お肉が買えるだけお金があるかなと」

「なんだ、そんなことか。それなら……」


 フランシスはポケットを探って革袋を取り出すと、それをエルシーの手に乗せた。


「あまり持ち歩いていないが多少ならある。これだけあれば足りるだろう」

「ありがとうございま――って! 多すぎです!」


 エルシーは革袋の中身を確認してギョッとした。革袋の中には金貨が五枚ほど入っている。庶民は金貨なんて使わない。金貨で支払おうとしたらおつりがなくて逆に迷惑をかけてしまうだろう。


(杏をお土産にくれたけど、もしかして杏も金貨で払ったの!?)


 エルシーが困惑していると、それを見ていたコンラッドがやれやれと息をついて、エルシーの手から革袋を取り上げるとフランシスにつき返した。


「このあたりで金貨を出しても困らせるだけだと、前もお伝えしたじゃないですか。私が払います」


 コンラッドが財布から銀貨を一枚出してエルシーの手に乗せた。


「これだけあれば修道院にお土産を買って帰っても余るでしょう?」


 エルシーはホッとして銀貨を受け取り、コンラッドにお礼を言う。金貨を突き返されたフランシスは面白くなさそうな顔をした。


「どこかこれを両替できるところはないのか」

「宝石店にでも持って行ったら替えてくれるかもしれませんね」


 ポルカ町で一番高いものを打っている店は宝石店だ。先日泥棒に入られたらしいが、いつまでも店を休みにはしていないだろうから、そろそろ開けているころだろう。


「宝石か」

「あ、でも、フランシス様達が使うような高い宝石は置いていないと思いますよ」


 ポルカ町の宝石店は、あくまで庶民向けのものだ。金持ちの庶民が買うようなものでも、国王陛下であるフランシスや貴族のコンラッドは価値を感じないと思う。

 しかしフランシスは興味を引かれたようで、ここでの聞き込みが終われば後で行ってみようと言った。

 銀貨を握りしめたエルシーたちが肉屋の玄関をくぐると、いくつもぶら下げられている腸詰の奥から四十過ぎくらいのふくよかなご婦人が現れた。彼女がおかみだろう。


「いらっしゃいませ」


 肉屋のおかみは、エルシーの隣のフランシスとコンラッドを見て、途端に愛想いい笑顔を浮かべた。商売人はお金持ちを見分ける嗅覚が備わっているのか、どうやらお金の気配を感じ取ったようだ。


「腸詰を……ええっと、ここから、ここまでください」


 子供たちが充分お腹いっぱい食べられる量を計算してエルシーが注文すると、大量の注文におかみの機嫌はさらに良くなった。


「はいはい、包みますから少しお待ちくださいよ。たくさん購入いただいたので、ちょっとおまけしておきましょうね」


 にこにことそんなことを言いながら、エルシーの注文した腸詰を袋の中に入れていく。

 エルシーはおかみの仕事の邪魔をしないように、彼女の作業が終わるのを待って、先ほどと同じ質問をしてみた。


「ダニエル? ええ、知っていますよ」


 ダニエルと言う名前と特徴を告げると、おかみはあっさり頷いた。


「五年ほど前までねえ、この裏路地のあたりに奥さんと一緒に住んでいたんですよ。ダニエルのことは子供のころから知っていますけどね、奥さんと本当に仲が良くてね。だからあたしは、ダニエルが奥さんを殺したなんて、どうしても信じられないんですよ」


 エルシーは小さく息を呑んだ。

 フランシスが「やはりな」という顔をして頷く。


(じゃあ……ダニエルさんが本当に、逃げ出した囚人さんだったの……?)


 ショックを受けて言葉もないエルシーに代わり、フランシスがおかみに訊ねる。


「当時のことを何か覚えていないか?」

「そうですねえ……そうそう。確か、夜中に大きな音がしてね。そして明け方になって、ダニエルの悲鳴が聞こえたのを覚えていますね。何事かと思って様子を見に行ったら、ダニエルが血だらけで、奥さんは死んでいて……そのあと役人さんが来て、ダニエルを連れていっちまってねえ。ほかに誰もいなかったから、ダニエルが奥さんを殺したんだってことになって……ダニエルは違うって言ったみたいなんだけど、お役人さんはそんなことは聞いてくれないからね。そのままどこかの監獄に連れていかれたって噂だね」

「それから彼が戻ってきたことは……」

「まさか! 一度もありませんよ。ダニエルたちが住んでいた家もね、取り壊されて、今は新しい家が建っていますから」

「そうか……。わかった。ありがとう」


 フランシスが礼を言って、コンラッドがおかみから腸詰を入れた袋を受け取った。

 支払いを済ませて店を出ると、道を歩きながらフランシスが顎に手を当てる。


「ダニエルがこのあたりに潜伏している可能性は低そうだな。あの様子だと顔見知りも多いだろう。少し様子を見に来るだけならまだしも、滞在していたら誰かが気づく。エルシー、ほかに何か知っていることは……エルシー?」


 フランシスに話しかけられて、エルシーはハッとした。ダニエルのことがショックすぎて、少しぼんやりしていたようだ。


「えっと……、そう、ですね。お友達を訪ねてきたけど、お友達も引っ越していたって言っていました」

「友人か。引っ越したのならば、こちらも手掛かりは薄そうだな」


 これ以上ここにいても無意味だと判断して、エルシーたちはフランシスが用があるという宝石商のある大通りに向かった。

 宝石店の店頭の窓は泥棒に破られた後に板が打ち付けられたままだったが、店は開けているようだった。

 コンラッドは外で待っていると言うので、あまり広くない店内にフランシスと入る。フランシスは物珍し気に店の中をくるりと見渡した。


「あまり種類がないな」


 フランシスはそんなことを言ったが、田舎の町の宝石店なんてどこもそんなものだろう。エルシーは王都の宝石店に入ったことがないからわからないが、そちらはもっと煌びやかなのだろうと想像する。


「両替ついでに何か買ってやる。ほしいものはあるか?」

「え? そんな、買ってもらうわけには……」

「両替だけ頼むのは失礼だろう。いいから選べ。このあたりの髪留めなら、普段でも使えるんじゃないか?」


 フランシスがそう言って指さした先には、屑石と呼ばれるカットするほどの大きさもない小さな宝石を埋め込んだ髪飾りが並んでいた。銀細工が多い中、フランシスが鳥が羽を広げて飛んでいるような形の金色の髪飾りを指さす。フランシスの瞳と同じ緑色の石が羽のところにちりばめられていて可愛らしかった。だが、髪飾りの中で群を抜いて高い。


「お前の髪は銀色だからな。銀細工よりこちらの方が映えていい」

(でも、見た目は可愛いけどお値段は可愛くないわ……)


 値段はなんと、金貨一枚と銀貨二枚だ。このポルカ町に金貨が必要になる売り物があるなんて知らなかった。


「フランシス様、ええっと、こっちの小さな髪留めで――」


 なんとか安い方へ誘導しようとするも、値段を気にしないフランシスは店主を呼びつけて金色の髪飾りをショーケースから出させる。

 店主の説明によると、この髪飾りは本物の金合金らしい。道理で高いはずだ。

 店主から髪飾りを受け取ったフランシスがエルシーの髪にあてて、満足そうに頷く。


「よし。これにしよう。これなら普段使いも可能だろう」

(いやいや、金貨一枚以上もするものを普段使いとか無理だから!)


 王様は庶民の金銭感覚を理解していないようだ。こんな高いものをもらったところで、金庫に封印して永遠に取り出すことはできないだろう。

 それなのに、フランシスはあっさり店主に購入する旨を告げて、つけて行くから今よこせと言い出した。

 唖然としていると、フランシスが不思議そうな顔をする。


「どうした? 気に入らなかったのか?」

「気に入らないんじゃなくて……あんなに高いもの、つけられませんよ……」

「何を言っているんだ? お前たちに最初に支給したドレスなんて、あれの何倍もするぞ。平然と着ていたじゃないか」

「え!」


 王宮に到着して最初に支給されたドレスはそれほど高額だったのか。エルシーは驚愕したが、よく考えてみると、お姫様が着るドレスである。庶民の何百倍の値段がしても不思議ではない。


(いやいや、でも、わたくしはもうシスター見習いに戻ったし、高い髪飾りなんて……)


 やっぱり無理だと思ったのに、さっさと会計を終えたフランシスが、エルシーの髪に買ったばかりの髪飾りをつけて笑った。


「似合うな。今日はそのままつけていろ」


 フランシスが嬉しそうに笑うものだから、エルシーはいらないと言えなくなってしまった。

 フランシスにつけてもらった髪飾りにそっと触れて視線を泳がせる。


(こんな高いもの、本当に困る……のに、でも――)


 ちょっと、嬉しい。

 手放しで喜べないけど、誰かに髪飾りを贈ってもらうのははじめてのことで――、そのはじめてがフランシスからのプレゼントだと思うと、どこかくすぐったくて、なぜか照れてしまう。


「あの……ありがとうございます」


 視線を落としてぽそりと告げると、フランシスがまた笑う。

 フランシスと店を出てコンラッドと合流すると、コンラッドがエルシーの髪飾りを見て苦笑した。


「どうしますか? 帰りますか?」

「はい。腸詰を長く持ち歩くわけにもいきませんからね」


 ダニエルの手掛かりらしいものはほとんどなかったが、腸詰を購入してしまったので、長時間炎天下の下を歩くべきではない。

 フランシスもエルシーの意見に相違はないようで、エルシーたちが馬車が停められているポルカ町の入口に向かって足を向けた――そのときだった。


「セアラ様!」

「「お妃様!」」


 背後から聞き覚えのある声がして、エルシーは振り返って目を丸くした。


「え? クライド様? ダーナとドロレスも……」


 大通りを慌てた様子でこちらに向かって走ってくるのは、クライドとダーナとドロレスの三人だった。




お読みいただきありがとうございます!


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