一途な恋
私の婚約相手となっているケイは、容姿端麗、温厚篤実、才色兼備で……まさに完璧と言ってもおかしくない女の子だ。
故にケイに向けられる目はどれも憧憬と羨望ばかり。
この学園では少なくとも誰かに目で追われることは日常の一部となっている。
ケイは真面目で優しいから、私が本気で嫌がるようなことは決してしない。
でもそれはケイの根っからの性格で、私には周りより少し特別に接してくれているだけ。
だからケイは他の子にも優しいし、優しくしているのを見ると胸の内がチクチクする。
12歳になったばかりの頃の私は、まさか一人の人間にここまで気持ちを振り回されるなんて夢にも思わなかった……。
そういえばケイはどこに行ったんだろう。さっきから姿が見えないけど……。
「ユリアさん!手が止まってるよっ」
クラスの子に声を掛けられふわふわと浮いていた意識を取り戻した。
そうだ、今掃除中だった。
「あははっ、ローズ様がいないのが寂しくて、現実逃避しちゃったんじゃない?」
隣にいたもう一人が冗談まじりに言うと教室が笑い声に包まれた。
慌てて弁解しようとしても、ごちそうさまと軽くあしらわれてしまった。
「サボってた罰として……これっ、持って行ってね!」
笑顔でゴミ捨てを課せられてしまった。
王女の私がどうしてゴミ捨てなんか……。
確かにみんなが一生懸命に掃除を頑張っている時にぼーっとしてしたのは反省してるけど、王女としてのプライドや茶化されたことに納得がいかない。
ゴミは重いし、恥をかいたせいで顔がまだ熱い……。
こんなことになったのも全部ケイのせいだ。
一言文句言ってやらないと気が済まない。
アイツはどこに行ったのよ!
たまに独り言も零しながらようやくゴミ捨て場までたどり着いた。
久しぶりに重いものを持ったせいで腕はぷるぷる震えているし、手も真っ赤だ。
ケイは見当たらないし、こうなったら早々に寮に戻って新しく積み重なった本でも消化してやろう。
そうでもしないと、この荒ぶった心を静められそうにない。
いつも以上に足に地面を感じながら戻ろうとすると……
「…………?」
奥の方から声が聞こえた気がした。
他に理由があるわけでもなく、単に声らしき音の正体を探るために覗いてみた。
「っ―――!?」
音の正体はすぐに判明した。
けど、その光景が目に入った瞬間、私は建物に身を隠した。
理由は、探しても全然見当たらなかったケイを見つけたから。
そしてそのケイの目の前に、見知らぬ女の子がいたから…………
女の子は頬をイチゴのように赤く染め、少々落ち着きがないように見える。
ケイを見たと思えば視線を逸らし、左袖をぎゅっと握りしめている。
一体何をしているのだろう。
こんな人気がなく、何もないような所に二人っきり、で…………
疑問を設定しようとした私の頭は、疑問を明確にする途中で答えを出してしまった。
あらゆる本の中で幾度も目に流してきた光景が、今、目の前にある。
女の子のもじもじとした仕草といい間違いないだろう。
でも、だからこそわからないことがある。
ケイの今の立場は国内外に知れ渡っているはずだし、ケイの性格から考えて、結果がどうなるか誰だって容易に理解できるだろう。
それなのにどうして……。
「私、私はっ、ケイ様が好きです!!」
「……気持ちはすごく嬉しいよ。でも、君も知ってる通り私は――――」
「当然、ケイ様のお立場は存じております。ですが……この気持ちは、実らぬ一方的な恋だとしても、偽りにして忘れたくなかったのですっっ!!!」
女の子の涙ながらに振り絞ったような声は、静かなこの場所にのみ響き、雲のない空へと消えていった。
「ですので、どうかケイ様を想う人間がユリア様以外にもいたということを、たまに思い出していただけるだけで、一世一代の勇気を出し切った甲斐があったというものです。本日は私の身勝手な行いに時間を浪費させてしまい申し訳ありませんでした……」
「待って――――っ!」
女の子が反対側へ去っていこうと振り向きかけると、ケイは女の子の手を強引に引っ張り腕の中に沈ませた。
私は咄嗟に目を閉じそれ以上見ないようにした。
いや、見たくなかった。
目を閉じたのも本能的に自分が傷つくのを恐れたため。
そして、その恐れはケイが女の子の熱い想いに気が揺らいだ可能性を指していた。
分からなくもない、私だってあんなに強く気持ちを真正面にぶつけられたら、きっと気持ちに波が生じていた。
あの子は純粋にケイのことが好きで、ケイと同じ真面目で誠実ないい子に違いない。
対して私はまともにケイの気持ちを受け止めてやれず、羞恥心を言い訳に気持ちを伝えることもままならない。
この二人を比べて選べと言われたら大多数が女の子に票を入れるだろう。
ケイには本当はああいう子がお似合いなんだ。
私みたいなわがまま王女は……。
嫌だ………………嫌だ嫌だ嫌だっっ!!!
私だってケイが好きなんだから、こんなに自分の気持ちに素直になれるようになったのもケイがいたから!
離れたくない、どこにもいかないで…っ!!
「ケイ……私をまた一人にしないで……!」
「君の気持ちは私の器には余るくらいだ。本当に嬉しい。だからこそ……ごめん。私が君にしてあげられることはこれが限界。今日の事、そして君の事は一生忘れないよ。これからユリアとも仲良くしてくれると嬉しいな……」
「っ……ずるい、ずるいです……。そんなこと言われたら、あなたの事、より好きになってしまうじゃないですかぁっ……。あぁっ……あぁぁあぁあぁぁああぁぁっっ!!!!」
私は呼吸ひとつ立てずその場を後にした。
☆
渡り廊下で立っていると、しばらくしてケイが一人でやって来た。
「あれ、ユリアがどうしてここに……?」
「別にっ、ちょっと一人になりたかっただけよ」
「…………なら、どうして目元が赤くなってるのかな?」
「こ、これは……っ、そう!目にゴミが入っただけよっ。近くにゴミ捨て場があったじゃない??」
「目に悪いものが入るといけないから、あまりここに来たらだめだよ?」
ケイはまるで母親が言いそうなことを言うと、私の手を取り教室へと歩みを進めた。
同時に私はケイに少しずつ距離を詰め、肩に頭を傾けた。
「ふふっ、何かいい事でもあったの?」
「ううん、何でもないっ!」




