ノーブレット姉妹のけんか!?
あ、クロエさんだ……。
一人でベンチに座って、まるで魂だけが抜けてしまったように空を仰いでいる。
こんなクロエさんを見るのは初めてかもしれない。
まあ、高等部に上がってから忙しくなったし、あのクロエさんでも疲れが出ているのだろう。
でも、あの状態を他の生徒に見られるのも不本意なはずだし、声をかけてあげよう。
「クロエさん、大丈夫ですか?」
「…………え?あぁ、ユリアさんね、ごきげんよう……」
ごきげんよう………?
クロエさんってこんな挨拶してたっけ……。
「ふふっ、大分お疲れみたいですね。そうだ、先日知り合いからクッキーが送られてきたんです。よかったらどうぞ。甘くて美味しいんですよ?」
「ありがとう。はむ…………これは……私たちがよく知っているクッキーと同じような味がするわ」
一口だけ口に入れると、何かに気づいたように食べかけのクッキーを見つめた。
「そんな偶然もあるんですね」
「そうね。案外、私とリルがよく知っているクッキーと同じ、ということもあり得るかもしれないわね」
今のはクロエさんなりの冗談のつもりなのだろうか……。
とりあえず、少しだけでも笑顔が戻ってよかった。
「あの……何か悩み事があるなら、お話だけでも聞きますよ?私でよければですけどっ」
「…………ならせっかくだし、聞いてもらおうかしら……」
クロエさんは俯いて話し出した。
「実は先日、リルを怒らせてしまって……」
「えっ…………えぇっ!リルがクロエさんに怒ったんですかっ!?」
いけない、予想外な内容に大声を出してしまった。
「どうしてそんなことに……」
「放課後に屋上のテラスに呼び出されて……そこで、いつもとは言い方も雰囲気も違ったけれど、また私の事を大好きだなんて言い出すから、手の込んだ冗談を考える暇があるなら勉強をするようにと言ったのよ。そしたらあの子、突然大泣きしてしまって……。それ以来、口を聞かなくなったの……。ユリアさん、私は何か間違ったこと言ったかしら?」
いや~、いやいやいや……。聞く限り、リルは本気で気持ちを伝えたということで。
それを冗談と勘違いされた挙句、思い悩んだ期間のことを暇と一蹴されてしまったのだから、原因はクロエさんにある……。
でも、当の本人は悪気なんて全く見られないし、リルを心配しているようにも見える。
クロエさんって、私が思っていた以上に相手の気持ちを汲み取るのが苦手なのかもしれない。
リルの気持ちを本人がいない所で勝手に言うわけにもいかないし、上手く伝える方法がわからない……。
「話を聞いてもらえて、少し気持ちが楽になったわ。どうもありがとう、ユリアさん……」
「あっ……」
行ってしまった……。
あ~、何とかしてあげたいけど、どうすれば~!
「ユリア?一人で頭を抱えてどうしたの?」
偶然通りかかったケイが後ろから声をかけてきた。
「うぅ……ケイ~~」
ケイもベンチに座り、クッキー摘まみながら事情を話した。
「そっか、そんなことが……。クロエさんが話していた時に一緒にいてあげられなくてごめんね」
私の頭を撫でながら微笑む。
「謝らないで、ケイは悪くないじゃない。私もあの二人のことを知らなかったんだから」
「ありがとう、ユリア。本題に戻るけど、クロエさんにはリルさんの想いに気づかせることが、仲直りにも、もう一つの関係としても重要じゃないかな」
確かにケイの言う通り、リルの気持ちに気づかない限り仲直りのきっかけが生まれないし、仮に仲直りできてもその後も今までの姉妹関係のままだ。
「一つだけ私に考えがあるんだけど、ユリアに頼み事をお願いしてもいいかな?」
☆
~次の週の週末~
「で、考えというのがデート……」
「うん、気持ちを伝えるにはやっぱり過程が大事だと思うんだ。このデートでリルさんの魅力がわかれば、きっともう一度告白した時にクロエさんの反応も変わるはずだよ」
それは否定しないけど、私たちは尾行しなくてもよかったんじゃ……。
いまいち納得がいかず変装用の服を見ていると、二人が動いたとケイが合図した。
見つからないように物陰に隠れつつ、静かに観察する。
リルが少し前を、クロエさんが後ろから着いていく状態が続いている。
あんなに息が詰まりそうな二人の状況から、仲直りに持っていける自信が全く出てこない。
本当にデートでよかったのかと今更ながら不安になってくる……。
お、リルの足が止まった。
見ている先は……限定ストロベリークリームケーキ!?!?
そんな美味しそうなのが出ていたなんて知らなかったわ!
これは食べないと――――
「ユ、ユリア、落ち着いてっ。今度は私たちがデートしよ、ね?」
無意識に動いてしまった体をケイに抑えられ、何とかバレずに止まることができた。
リルがガラス越しに作られていくケーキを、口をポカンと開けながら見ている。
私と同様に食べたいのだろう。
少し離れたここからでも甘くてとろけそうな匂いがするんだから、目の前にしているリルは無理もないはず。
目を離していた隙に、クロエさんの姿が消えた。
ケイと周辺を探そうとしたとき、お店の中からクロエさんが紙袋を持って出てきた。
もしかしてリルのために買ってあげたのか。
リルは一瞬だけキラキラとした表情を見せたら、自分がクロエさんとどういう状態なのか思い出したようで、ぷいっと顔を逸らして先を歩き始めた。
もう、素直に喜べばいいのに、リルも結構頑固なところがある……。
しばらく歩いて行ったところで、町の中心部に入った。
そこの中央広場では、何かのイベントが行われているようだ。
ケイが受け取ってきたビラを見てみると、どうやら剣の実力を競うイベントらしい。
3位までの賞品に上から、大きなクリスタル、町の商品券一年分、大きな熊のぬいぐるみとなっている。
リルが一点に見ていたのは、予想通りぬいぐるみだった。
主催側の横に置いてあるぬいぐるみをじっと見つめたまま立ち尽くしている。
でもこればっかりは諦めようと思ったのか、会場とは反対の方向に歩き始めた。
すると、クロエさんがリルに紙袋を渡し、会場に歩き始めた。
もしかして……参加するつもり……!
なんだ……心配しなくても、クロエさんはリルのことが大好きだったんだ。
思い返せば、リルを大切な存在と言ったり、リルを守るために強くなったと言っていたのだから当然かも。
リルは幸せ者ね……。
「ケイ、お願いできる?」
「ユリア様の仰せのままに……」
胸に手を当て微笑むと、ケイも会場に歩いて行った。
ルールは配られたカードの数字が呼ばれた二人が勝負するトーナメント戦。
主催側が用意した木剣で、両腕と腹部につけた3つの木の小皿を先に割ったほうが勝ちというもの。何だか城の剣闘を思い出してしまう。
クロエさんの狙いは3位になること。よって私たちはクロエさんが3位になるように調整しなければならない。
理由はひとつ。クロエさんが強すぎて、優勝してしまう可能性があるから……。
そう考えると、今日は尾行をして正解だったかも。
イベントが始まると、ケイもクロエさんも次々と相手を倒していった。
何も知らない町の人たちは、二人の活躍ぶりに熱狂している。
戦っている時の二人の表情は、どことなく楽しそうだ……。
残りの人数が僅かになったのはいいが、クロエさんが完全にケイをマークしている。
時折向けられる視線が怖い怖い。
幸いにもまだバレてはいないようだ。
でもバレてしまった時を想像すると…………ひぃっ!
やめとこう……。
「あ、これは不味いね……」
ケイがそう言った次の相手は、クロエさんだった……。
「どうするのよ、ケイ!まだ3位にも入ってないわ!」
「こうなったら、クロエさんに賭けるしかないね……」
ケイは覚悟を決めたように中央に歩いて行った。
ここにいる誰もが注目していた二人が戦うとわかり、会場の熱気は今日一番の盛り上がりに沸いた。
熱気に押されたのか、クロエさんが以前にケイと戦った時の構えに入る。
あれは本気の構えだ。
獲物を狩るような目つきと体勢、いつ見ても怖い……。
合図が鳴ると、クロエさんが一瞬にして距離を詰めた。
同時に振られた木剣が、ケイのお腹に巻いた小皿を割る。
ケイは体勢を立て直そうと大きく一振りを入れて、クロエさんを後退させる。
この間、僅か数秒のこと。
クロエさんは前よりもさらに強くなっている。
ケイもそうだけど、クロエさんはどこまで強くなるのよ……。
今度はケイが攻めていき、繰り出される一振り一振りをクロエさんは確実に流している。
二人の剣捌きの速さを、木剣同士が当たる度に鳴るカカカカカンッと高い音が連続するのが物語っている。
クロエさんが距離を取り、ようやく観客側の私たちは戦況が見えるようになった。
ケイが左腕の小皿を割られていて、クロエさんは右手の小皿が割られていた。
お互いに息が荒くなり、様子を伺っているのか動かなくなった。
いや、口が動いている。
何か話してる……?
「あなた、ケイさんね……。はぁっ、どうしてここに……」
「はぁっ、ユリアから事情を聞いてしまって、っ……お二人の後を着けていました」
「ふふ、誰かがいることは把握していたから、最悪、リルを隠してこちらから仕掛けようと思っていたわ。それも考えだけで済んでよかった……。でも、黙って尾行されていたのは……ふふふ……」
「ユリアとも後でしっかりと謝ります!ですのでどうか落ち着いて…っ!」
「あの時の屈辱もぉ、ここで晴らさせてもらおうかしらぁ……っ!」
ひぃぃっ!今こっちを睨んだ!?
これってもしかしなくてもバレたということよね……。
クロエさんはさっきよりも木剣を振る速度が速くなり、振る度にぶんっと空気さえも切っているような音が離れたここまで聞こえてきた。
そして、ケイの持っていた木剣が宙に舞うと、ケイは観念したように右腕を差し出した。
審判からクロエさんの勝利の判定が出ると、観客から割れんばかりの歓声と拍手で溢れかえった。
戻って来るケイの顔は、少しにやついていた。
「ケイ、途中目的を忘れてたでしょ」
「だってクロエさん、殺気むき出しだったから、思わずね……」
「あと…………バレた……?」
「えっと……」
ケイは目を逸らして指で頬をかいた。
「私たちの心配をしてくれていたみたいね。ユリアさん……?」
「きゃぁあっっ!!ごめんなさいごめんなさい!!」
クロエさんはにこやかな表情で私の後ろに立っていた。
「人を化け物でも見たような反応をしないでほしいのだけれど。私はむしろ感謝をしているのよ。あなたたちが私たちを呼び出していなかったら、リルの笑顔を見る事もできなかったのだから」
そういえばリルはどこに……。
「リルならあそこよ。私が3位になった時点で辞退したから、景品を取りに行ったのよ」
本当だ。向こうでぬいぐるみを受け取ったリルが大喜びしている。
その姿を見るクロエさんもまた嬉しそうに微笑んでいる。
「私たち、先に帰りますね。リルの機嫌、直ってるといいですね」
「ええ、あの子も世話が焼くわ……」
その後、リルとクロエさんは無事に仲直りすることができたらしい。
それ以上については……聞かないことにした。




