文化祭当日!
学園は現在、9月末に開催される文化祭の準備で慌ただしい空気に包まれている。
授業時間は通常より短縮され、完成形が出来始めているクラスもある。
各クラスの趣向を凝らした出し物と道具が廊下や教室の隅に見られるようになり、本番が近づいていると思うと胸の高鳴りと同時に、自分たちのと比べてしまい絶対に成功させなければと身が引き締まる。
私たちのクラスの出し物は劇だ。私がお芝居なんて……と最初は未体験なことに不安を覚えつつ練練習に臨んていたが、みんなの真剣な姿勢に後押しされ、出来る限り練習に集中した。
これが功を奏したのか劇の準備はほぼ万全にまで仕上がり、あとは衣装と舞台セットの完成を待つのみとなった。
私の前でのケイは、私をからかったり弄ぶことが多く、そこだけを切り取って見ると不真面目な少女だ。
でも実際は、根が真面目でしっかり者、みんなが見ている前では私に抱き着いたり変に絡んできたりすることはない。
気を使ってくれているのだろうけど、その優しさが妙なギャップを生み、私の調子を狂わせる時もしばしば…。
そんなケイは、この劇の練習時は真面目にというか、気迫に満ちた芝居を見せた。
芝居だと分かっていても内容が恋愛物なだけに、日常で言われるとかなり羞恥心を煽られるような台詞があったりするわけで……。
時折、真っ直ぐな目でその台詞を言われると、思わず動悸が激しくなる。
よりにもよってこういう時にケイは顔色ひとつ変えずにそつなくこなし、私だけが勝手に緊張している。
これでは私だけが過剰にケイを意識しているようでバカみたいだ……。
劇には大勢の観客が入るだろう。なぜならケイのファンたちが来るはずだからだ(劇をちゃんと見てくれるといいんだけど……)。
よって本番までにはいちいちドキッとしないようにしなければならない。
私はこの意思を強く抱えたまま、本番ギリギリまで練習に励んだ。
☆
そして迎えた文化祭当日。学園はいつもの落ち着いた雰囲気を忘れ、生徒たちの創作による色彩豊かな賑わいに包まれた。
一般の人も招き入れ、屋外では様々な出店が並び、生徒たちのパフォーマンスで学園全体の熱気をさらに沸かせる。
そのころの私はというと……
「ユリアさん大丈夫?顔色が悪いよ?」
「一度保健室で休んだほうがいいんじゃ………」
「……大丈夫。少し気分が落ち着かないだけだから……心配してくれてありがとう…っ」
鳴りやまない動悸に胸を押さえていた。
どうして今まで人前に出る事に何も躊躇いもなかったこの私がこんなに緊張しているのか。
しかも一般人なんてパレードやケイとの買い物で散々接点あったはず、それがどうして……。
私はただ劇で練習した芝居を見せるだけなのに……!
この間、今日までの練習した記憶が頭の中に流れた。
台詞は覚えられても自然な動作と発言に移せなかった苦労。ケイに何度も心配された悔しさ。そして、みんなとこの日まで作り上げてきた劇……。
絶対に失敗したくない。それなのにそう思えば思うほど体が震える。
私、このままだとみんなの努力を無駄にしてしまう…っ!
私の震える手を横で見守っていたケイがそっと取り、手の甲を優しく撫でた。
「大丈夫大……丈夫だよ。私がついてるから……」
「ケイ……?」
「まだ私たちの出番まで時間あるし、少し回ろっか」
ケイはみんなに出番までには戻ることを伝えると、私の手を握ったまま外へと連れ出した。
「ちょっと待ってケイ!どこに行くの!?」
「ふふ、いいからいいから」
そう言って連れてこられたのは綿菓子の出店だった。二人分をもらうと一つを私に差し出した。
「私たちは劇があるのよ!こんなことしている場合じゃっ…!」
「まあまあ、ユリアも食べてみなよ。おいしいよ?」
ケイは何を考えているのだろう。私たちは劇の中で最も重要な役、本番前だから集中しないといけないのに……。
私は早く食べ終えて劇場に戻ろうと考えながら一口含んだ。
「……………………おいしいわ……っ!ケイ!これすごくおいしい!」
「だね。私もこんなに美味しい綿菓子を食べたの初めてだよ。次は向こうの方見に行ってみようか」
続いて泡が入ったジュースにミニゲーム、ゴーストハウスとケイは目についた場所へ私の手を引っ張っていった。
楽しい……さっきまで緊張で胸が苦しくなっていたのが嘘みたい……!
「あ、今日初めてユリアが笑った。緊張してるユリアもかわいいけど、やっぱり私は笑ってるときのユリアが一番好きだよ」
「もしかしてケイ、私の緊張をほぐしてくれようとしたの……?」
「あのまま本番を迎えても、きっと劇どころじゃなかっただろうからね。それに、ユリアと初めての学園デートを早く味わいたかったし」
「デートって……っ……もうっ!!」
いつものようにケイに弄られていると、校舎の鐘が鳴った。時間からして、いよいよ私たちの出番が回ってきたという合図だ。
「さあ、行こうか、姫……」
「っ………うん!」
~1ーA 劇『囚われの姫と名もなき剣士』・終盤~
「おぉーーーほっほっほっ!!こんなに愛らしく麗しい姫をこのわたくしが手放すとでも??」
「それなら、無理やりにでも取り返すのみっ!たぁーーっ!!!」
「ぐはぁっ…………くっ…………!このわたくしが…………こんな少し顔立ちのいい剣士なんかに…………あぁ、ユリアンヌちゃ……わたくしは、貴方を愛し、て……がくっ」
はぁ、ようやくこれで劇が終わる……。
途中、監督だったはずのカトレアさんが急遽姫を誘拐した貴族役で出演するというハプニングがありながらも、無事に幕を下ろせそうだ。
あとは剣士役のケイが眠っている姫の私にキスするフリをして起き上がるだけっと……
「あぁ、こうして改めて見るとなんと美しい………」
ん?こんな台詞なかったはず……まさかケイ、ここにきてアドリブ!?
「私の貴方への愛は日々積もるばかり………この思い、いかにすれば貴方に届くのか………」
いい加減にしてよ!!私は早く終わらせたいのよ!!
と心の中で必死に叫ぶ。
「今、私に出来るのは、これが精一杯…………」
ケイはベッドに横になっている私を抱き起し、私の唇にキスをした。
フリでもなく、大勢の人が見ている前でキスをした。
それも私の唇に押さえつけるように強く、長く……。
当然ケイのファンたちであろう人たちの悲鳴のような声が聞こえた。こんなアドリブの連続でやる気も何もないけど、続けなければ終わらない……。
「貴方様がわたくしを助けに来て下さったのですね…………お礼に私に出来ることならば何なりと………」
「それでは、私と共に永遠の契りを………」
こうして、長かった幕が下ろされた。
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「ケ~~~イ~~~~~!!!!」
「だって、眠っているユリアが本当に綺麗だったからつい……」
「何がついよ!!あんなに大勢がいる前で……ゴニョニョ……っするなんて!!!」
「ふふっ、てことは、人が見てないところでならいいってことかな?」
ケイは私の下あごに指を添え、くいっと自分の顔の向きに合わせた。
控え室のみんなはまたしてもキャーッ!と顔を赤くした。
「なっ!!ち、違うっ!!」
すると廊下からドスンドスンと重そうな音が近づいてきた。
「ちょっとケイさん!!お話が違いましてよ!!!本来ならわたくしがユリアさんの唇を……くぅ~~っ!!!」
「本来も何もカトレアの出番は元から無かっただろ。それにしてもお前ら本番であんなサプライズ見せるなんて、やっぱり結婚するやつらは違うな~」
「~~っ!!!もう私二度と芝居なんてしないからっ!!!」




