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風に恋して  作者: 皐月もも
After Stories
37/37

Lia's Concern

ルカのお話。やんちゃな男の子であります。

「まー、うーうー、きゃははっ」

「ルカ、そんなに急いだら転んじゃうよ」


おぼつかない足取りで自分の作り出した風を追いかけているルカの後を、リアが追いかける。

くるくると小さく渦巻く風は、意思を持つかのように城の廊下を進み、レオの執務室の前でパチンと消える。


「ぱー!」


ビタッと、ルカが重厚な扉に身体を張り付けて叫ぶ。

我が息子ながらとても賢い子が生まれたと思う。ルカはいつだって、レオとリアの居場所を把握しているようだ。

言葉もまだハッキリとは話せないが何を言っているかは皆がある程度理解できる。

お腹にいた頃から風となってリアやレオ、城の者たちと戯れていたのもそうだが、生まれてから彼の力は確実に強くなった。

いや、もともと強かったものが母親のお腹の中という制限を抜け出したことで表れたのかもしれない。


「ルカ、開けるぞ」

「ルカ、扉が開くよ。離れないと痛いよ?」


レオの声が部屋の中から聴こえてきて、リアはルカの手を優しく引き寄せた。ルカは嬉しそうに笑ってリアの足にくっつく。

ほどなくして執務室の扉が開き、レオが膝を折ってルカと視線を合わせた。


「ルカ、どうした?」

「ぱー!うーうー」


ルカはレオに向かって手をかざし、風を吹かせた。レオの黒髪がふわりと波立つ。


「ごめんね、レオ。ルカってば、全然言うこと聞いてくれないの」


執務室では、もちろん仕事をしていただろうレオ。その邪魔をしないよう、リアはルカに一生懸命言い聞かせたのだけれど、結局、ルカは子供部屋を半壊するという力技で母親を説き伏せた。


「また、修理が必要か?」

「ん……」


苦笑いするレオに、リアは眉を下げて頷いた。


「まったく、お前は元気が良過ぎる」


レオはルカを抱き上げて執務室のドアに鍵を掛けた。


「レオ、お仕事は?」

「後でもいい。それに、どうせルカが許してくれないだろ」

「う、うー!」


ルカはすっかりご機嫌になってレオの首にしがみつき、3人はそのまま中庭へと出て行った。



***



春らしい風が中庭に咲いた色とりどりの花を揺らしていく。


「ぱー!きゃははっ」


そんな優しい風に混じって吹く少し強めの風がルカのものだ。それを追いかける小さな渦はレオのもの。

リアはお気に入りの木の下に座って2人が遊ぶのを見つめていた。

ルカはどちらにも同じように懐いているようだけれど、遊ぶときはレオに相手をしてもらいたがる。

というのも、ルカがいつも風を使って遊ぶからだ。

水属性のリアが風を使えないことはルカも理解しているらしく、必ずレオのところへ行きたがる。

リアが水を使ってあやそうとしても、あまり効果はない。というか、興味が薄いようで……


「水、使えないのかな……?」


思わず呟いてみる。

今までルカが水を操っているところを見たことがない。ほとんどの時間をルカと過ごすリアが見たことないということは、使ったことがないのだと思う。

ルカは水属性と風属性のハーフ。それは間違いない。ならば、どちらの属性も使えるはずだ。

使わないのは、使えないのか、それともただ興味の問題なのか……

リアはフッとため息をついた。

ルカが生まれる前は――もちろん今もだが――彼の力の強さを心配していた。赤い瞳を受け継いでしまうのではないかと怖くて、“産んでもいいのか”と、ほんの少しとはいえ迷ったこともある。

だが、彼が水属性を使えないかもしれないという可能性が出てくると、それはそれで心配で。

使えないならそれでもいいと思う反面、何か彼に問題があるのではないかと……不安になる。

そんなことを考えるせいなのか、最近ルカと遊んでいると、ふと彼の瞳が赤く見えることがあって嫌な汗をかく。

でも、慌ててルカを引き寄せて覗き込む瞳はいつもレオと同じ漆黒で、急に焦りだしたリアをキョトンとして見つめてくるのだ。

考え過ぎ。

それはわかっているのだけれど……


「リア」


ふと、レオの影がリアにかかり、リアは顔を上げた。

レオは遊びつかれてうとうとしているルカを抱いていて、優しくリアに微笑みかけてくる。


「やっと昼寝の時間みたいだ」

「うん」


差し出された手に自分の手を重ねて、リアは立ち上がった。


「何を考えていた?」

「え……?」


ルカを寝室のベビーベッドに寝かせて、ソファでくつろぎながらレオがリアの顔を覗き込む。


「中庭で。ボーっとしていただろ?」

「あ、うん……」


思わず視線を逸らすと、クッと顎を持ち上げられた。額がコツンと合わさって、すぐに唇が落ちてくる。

リアの気持ちを探るようなレオの熱にじわりと溶かされていく。

リアがレオの背中に腕を回すと、レオは少し笑って……スッとリアの足をなぞった。


「――っ、レ――」


抗議が許されないのはいつものこと。

そのままソファに背中がついて、首筋に熱い吐息がかかった。


「レオ、お仕事っ――」

「後でいい」


そう言ったレオの手が、リアのドレスのリボンを解いた――


「レオ様、後では困ります」


ガチャリと扉が開いて、セストが肩を竦めた。リアはカッと身体が熱くなって身体を起こしたレオの背中に顔を押し付けた。


「お前は――」

「ノックは致しました。ルカ様がお眠りになったのなら、執務にお戻りいただきたいのですが?」


ニッコリと笑っているであろうセストの言葉に、レオが舌打ちをする。


「……すぐに行く」


普段より少し低い声。機嫌が悪い証拠だ。


「承知しました」


セストは頭を下げて部屋を出て行った。扉の閉まった音の後、リアはレオの腕にギュッと抱き締められた。


「続きは夜だ」

「――っ」


耳元で囁やかれ、リアはビクッと身体を震わせる。

レオはそんなリアに軽いキスを落としてドレスのリボンを直してくれた。


「しばらくルカも起きないだろ。お前も休んでおくといい」


そう言って、レオは部屋を出て行った。



***



――その日の夜。


「……ルカの風は水分が多い。水属性を持っている証拠だ。王家の血を濃く受け継いでいるから、今は風を多く使っているが、そのうち水も操れるようになる」


体温を分け合った後、レオはリアの頭を撫でながらそう言った。


「私の考えてること……知ってたの?」

「まぁな」


レオはリアの額にキスを落としてリアと向き合った。


「ルカは風を気に入っているから、使えないんじゃなくて、使わないだけだと思うが?」

「……うん」


リアが素直に頷くと、レオはフッと笑って唇を重ねてきた。

レオの熱に応えれば、レオの手がまたリアの身体の線をなぞり始める。


「ん……レオ、ゃ……っ」

「もう少しだけ……」


レオはリアの耳に掠れた囁きを落として、そのまま唇を首筋へ滑らせた。

冷め切っていなかった身体はすぐに燃えてしまいそうなほどに熱くなり、リアはレオの熱を受け入れた。


「このまま、俺のことだけ……考えて眠ったらいい」


甘い誘惑は、リアのためのもの。

リアはレオにギュッとしがみついて、夢を見た。



***



「ぱー、いうー」

「ルカ、今日は本当にダメ。レオは大事な会議中なの」


数日後、やはりいつもの時間にルカはレオに会いたがった。だが、今日はマーレ王国との外交会議が入っていて、少しスケジュールが違う。


「やぁっ!」


バフッと、リアの顔に風が吹きつける。


「っ、もう、ルカ!冷たいじゃない!」


リアは濡れた頬を拭って、ルカを叱る。

だが……


「……え?」


ハッとして手を見ると、確かに水滴がついていた。


「ル、カ?」

「うー?」


呆然とするリアを見て、ルカも不思議そうな顔をして首を傾げた。


「水……水を、使ったの?」

「う?」


リアはキュッと胸が苦しいような、身体の奥から湧き上がるような感情でいっぱいになった。


「ルカっ」


リアはルカを抱き締めて、頬を摺り寄せた。

力が使えて……良かった?良くなかった?

もう、どっちでもいい。

ただ嬉しい。ルカはちゃんと、リアの遺伝子を受け継いでいる。もしかしたらリアは……そのことが不安だっただけなのかもしれない。


「きゃは!まー」


ザバッ


「――けほっ」


突然、頭上から降ってきた大量の水にリアは咳き込んだ。今度は冷たいなどというレベルではない。

ルカもリアもびしょ濡れだ。

ルカは嬉しそうに笑って次から次へと水を弾けさせた。どうやらリアが喜んだのが原因らしい。


「ル、ルカ!もういいからっ」

「う、うー!」


リアが止めるのも聞かず、ルカの水遊びはしばらく続き……その日からヴィエント城は子供部屋半壊に加えて“洪水”にも悩まされるようになった――


『風に恋して』は番外編もこれで完結と致します。

移行しなかった番外編もあるのですが、それはいつか短編として書き直せたらいいなというサブキャラの物語なので……


最後までお付き合いくださりありがとうございました♪

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