Secret First Kiss
「ねぇ、レオ。私に隠し事してるでしょ?」
「隠し事?どうした、急に?」
突然の質問。レオは隣に座ってじっと自分を見つめてくるリアを見つめ返した。
結婚式を終えて、他国への挨拶や式典のためにスケジュール調整をしていた公務もようやく落ち着いてきた。今日は久しぶりに1日ずっとリアと過ごせる日。
先ほどまで熱心に本を読んでいたリアが、ふとレオに向き直って真剣な顔をしたかと思えば隠し事をしているだろうと、なぜか断定的な質問をしてくる。
身に覚えのないレオは首を傾げた。
「心当たり、ないの?」
「……あぁ」
レオは少し考えてから頷いた。リアに隠す必要のあることはない。
「嘘つき。私が覚えてないって思ってるんでしょ?」
リアが拗ねたような声を出す。
「リア、さっきから何の話をしている?俺はお前に隠し事なんてしないし、する必要もないだろ?」
レオはリアの頭をそっと撫でて、そのまま髪を指で梳いた。柔らかい髪の毛がレオの指をくすぐる。
リアはじっとレオを見つめたまま。位置的に少し上目遣いになっているリアに、レオはクスッと笑う。睨んでいるつもりなのだろうけれど……
「そういうのは逆効果、って知っているか……?」
そっと唇を寄せると、リアの手がレオの口を塞いだ。
「いや。レオがちゃんと教えてくれるまでキスはしない」
リアは手を離して膝の上に置いた本に視線を戻してしまった。そしてレオはようやく“心当たり”とやらに気づく。
しかし、あれは隠し事にカウントされるのだろうか……?
「だって、お前あのときは熱があって……」
覚えていなかったから。だからいいと思っていたわけではないのだけれど、ただレオもわざわざ掘り返すことをしたくなかったのだ。
まだ、リアに想いを伝えていなかったから。
リアに、嫌われたくなかったから。
秘密のファーストキス。
そう、あれは……リアが初めて自分の意思で赤い瞳を使ってマルコを助けようとした後の出来事――
***
「レオっ、私――」
荒い呼吸と、ひどい頭痛のせいで顔を歪めたリアがレオの袖口を弱々しく掴む。
リアが赤い瞳を使って倒れた後、レオは彼女を抱きかかえて部屋のベッドに寝かせた。それから嘔吐を繰り返し、やっと落ち着いてきたところだ。
「ダメ、なのに……どうして、私……」
リアは少し混乱しているようだった。意識が戻ってからずっと「私の力は使ってはダメ」と、そればかりを口にしていたから。
「リア、もう大丈夫だから。お前は悪くない。ほら……水飲んで、眠れ」
高熱のせいで汗をかいているリアに水分を摂らせ、横たえようとする。けれど……
「レオ、ダメなの。レオ……っ、レオ!」
リアはレオにしがみついて泣き始めた。レオはそっとリアの背中を叩いてあやすようにする。
「わかっている。大丈夫だから、な?もう泣かなくていい」
「ぅっ……っく、レオ……っ」
それでも泣き続けるリアに、レオはその涙が零れ落ち始める目尻から涙の道筋を唇で辿った。小さい頃から、何度も何度も……リアにかけてきたおまじない。
チュッと、頬にひとつキスを落として顔を離すとリアは泣き止んでいて。けれど、涙を瞳にいっぱい溜めて、熱のせいで染まる頬と少し開いた唇から零れる熱い吐息に。
「レオ……」
そして、レオの名前を呼ぶリアに――
レオは考える時間もなく、リアの唇に自分のそれを重ねていた。
触れるだけ、けれど少し長いキス。そっと唇を離してリアを見つめる。吐息のかかる距離。リアはぼんやりとレオを見つめ返していた。
「リア……っ、ごめ――」
レオがハッと我に返って謝ろうとしたとき、リアはふらりとレオの胸に倒れこむように眠ってしまったのだ。
レオは大きくため息をついた。
とても、複雑な気分だ。リアが意識を飛ばしてしまったのは、具合が悪いせいなのか、それともレオにキスされたことがショックだったからなのか。
リアが目を覚ましたとき、どうしたらいいのかも……
謝るのは変かもしれない。先ほどは咄嗟に口をついて出たけれど、レオはリアが好きだから。ずっと、触れたいという衝動を理性で抑えていた。それが、ふと緩んでしまった。
リアの、レオを呼ぶ声に。
軽い気持ちではない。ずっと、今まで我慢できたことが不思議なくらい強く、リアを想っている。今の状況は“きっかけ”であっただけ。
レオはもう1度ため息をついて、リアをベッドに横たえた。
今までリアが完全な力の解放をしたことがなかったからわからなかったけれど、赤い瞳の副作用は相当つらいもののようだ。見ていられないほどに。
レオはリアの額にキスを落とした。こんなことで、リアの苦しみが軽くなるわけではないけれど、そう願いを込めて。
***
――あの後、目を覚ましたリアはやはり少し混乱していて、セストとレオはリアの覚えていること以外は話さないでおこうと決めた。リアの両親もそれでいいと言ったのだ。
だから治療中血が止まらないマルコの姿を見て力が暴走したのだと、そしてマルコは助からなかったと教えた。ただ、本能的に身体が覚えていることなのか、以前にも増して赤い瞳という自分の能力を恐れ始めた。それ以来、リアがその力を使ったことはなく、完全にコントロールできるようにと鍛錬も熱心にしていた。
レオとの“ファーストキス”も覚えていなくて、レオはまた複雑な気持ちになったのだけれど、そのときはやはり安心のほうが大きかった。嫌われたくないという気持ちがまだ強かったのだ。
「思い出したの」
リアがチラッとレオに視線を向ける。
「思い出した?」
「うん。記憶修正のとき……夢みたいにいろいろな出来事が再生されたから」
レオの問いに、リアが答えて本を閉じた。そしてレオに向き直る。
「レオ、ずるい。私はずっと、ファーストキスは……」
そう言いながら、リアの声が小さくなって頬も桃色に染まっていく。リアはレオから視線を逸らした。
「俺だって、あれはお前が覚えていないと思っていたからカウントしてなかった」
だから、2人のファーストキスはあの夜――レオが無理矢理リアの気持ちを聞きだそうとした夜の、強引に奪ったそれだった。今、この瞬間までは。
「でもね、覚えてなかったんじゃないよ……」
リアが小さく呟く。
「夢、だと思ってたの。すごくドキドキしたんだから……レオのバカ」
顔を真っ赤にして拗ねるように言うリアは、とても可愛くて。レオはクスッと笑った。これから母親になるとは思えないほど、リアが幼く見えてしまう。
「それって、俺のこと――」
「違うの!そうじゃなくて……っ、その、あっ」
慌てて取り繕うリアの唇を掠める。
「嘘つきはどっちだろうな?」
そっと唇を指でなぞっていくと、リアの呼吸が熱を帯びていく。
「レオ……」
「今は?ドキドキ、しないのか?」
クッと、リアの顎を持ち上げて視線を合わせる。
「……するよ。知ってるくせに」
「あぁ、知っている」
だが、リアをドキドキさせたくて……奮闘しているのはいつだってレオの方だ。リアはそれに気づいていないようだけれど。
レオはそっと顔を近づけた。リアとレオの唇が触れる寸前――
『んぅー』
ルカの声がしてふんわりと風が吹く。同時にリアがレオの胸を押し返した。
「ルカ、もう少し寝ていろ」
レオは眉間に皺を寄せた。先ほどまで眠っていたはずの息子はどうしてこういうタイミングで起きるのだろう。リアはルカが起きていると、なかなか触れさせてくれないのだ。
『ぱー?』
その声とともに、またふわりと風が吹いてレオの髪をなびかせた。
「レオ、もう離れて」
そう言ってレオの身体を押し退けようとするリアの手首を掴んでソファに押し倒した。リアの膝の上にあった本が音を立てて絨毯に落ちる。
『きゃはっ、うー!』
「別に、構わない。ルカも喜んでいるだろ」
「ダ――っ、んっ」
素早くリアの唇を塞げば、ルカが嬉しそうな声を上げてくるくると部屋の中を駆け回った。最初は抵抗していたリアも深くなっていく口付けに観念するかのように大人しくなる。
「……今の、何回目のキス?」
「そ、なの……わからないよ……」
長いキスの後、唇が触れそうな距離で問うとリアは熱い吐息の合間に答える。
もう何度も、数え切れないくらいキスをしているのに。
「俺も、わからない……でも、全然足りないってことは、わかる」
レオがもう1度更に熱く唇を塞げば、リアもそれに応えてくれる。そして、指を絡ませて握った手を……リアはそっと握り返してくれた。




