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風に恋して  作者: 皐月もも
第七章:嵐が去るとき
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選択と結末

「エンツォ。調子はどう?」

「やぁ、リア。今日はいつもより気分がいいよ。天気がいいからかな」


しばらく雨が続いていたけれど、今日は気持ちよく晴れている。少し、風が強いけれど。

赤い瞳を使ってから数日でリアは回復した。エンツォもすぐに目を覚まし、今はリアが担当のクラドールとして彼を診ている。

エンツォの記憶は、あの虐殺事件の日のことを過去の“記録”通りに変えた。エンツォの出生についての記憶も閉じ、彼が純粋にヒメナを治すための鍛錬を始めたことになっている。そして王家専属クラドールになったが、事故に遭って1年ずっと昏睡状態、最近目覚めたということに。1人で歩くことが困難なのは、その後遺症だと伝えた。


「ねぇ、リア。今日、出かけたらダメかな?」

「え……でも、どこへ?」


エンツォに食事を差し出しながら、リアが問う。


「母さんに、会いたいんだ……」


最後に、そんな風に聴こえた。エンツォには余命のことは教えていない。けれど、彼もクラドールだから……たぶんわかってしまうのだろう。自分の命が長くないということ。


「うん。じゃあ、レオに頼んでみる」

「ありがとう」


微笑んだエンツォの笑顔は、とても純粋な少年のようだった。



***



立派な門、そこから伸びる1本の道。道の両脇には季節に合わせた花が植えてあり、客人をもてなす。奥には茶色の屋根の大きな屋敷。リアとエンツォ、そしてレオはレオの風で門の前に移動してきた。

ルカも面白がっているのか、自分が風を操れることが楽しいのか、レオを手伝うように出てきて先ほど消えた。

エンツォを城の外へ出すことにレオはあまりいい顔をしなかったけれど、リアがどうしてもと頼み込むと渋々首を縦に振ってくれた。レオが承諾しなくとも、勝手に出てきてしまっただろうリアのことをわかっているのだと思う。


「エンツォ、つかまって」

「いい。俺がやる」


リアがふらつくエンツォの身体を支えるために彼の腕を取ろうとすると、レオがそれを肩に回してゆっくりと歩いていく。


「レオ様……申し訳ありません」

「……」


レオは不機嫌そうに顔を顰めてはいるけれど、そのゆっくりとした速度に異母兄への優しさが感じられる。リアはそれを見てクスッと笑い、2人の後をついていった。


「まぁ……レオ様、エンツォ!それにリア様も」

「こんにちは。突然お邪魔してごめんなさい」


リアが丁寧に頭を下げると、ヒメナの母親は目を細めて微笑んだ。高齢のはずなのに、それを感じさせない容姿。テキパキとレオたちにお茶を出し、ヒメナを呼んでくるといって階段も軽く上って行った。

そしてすぐにヒメナが淡いグリーンのワンピースのスカートをはためかせながら階段を下りてくる。


「エンツォ!」


茶色の髪の毛を肩の辺りで揺らし、エンツォを見つけるととても嬉しそうに手を振ってくる。


「エンツォ!こんにちは。ずっと待っていたのに。私のことを忘れちゃったのかと思ったわ」

「やぁ。ごめんね。忘れていたわけじゃないんだ」


エンツォは少し困ったように笑ってヒメナの手を握った。自分たちの向かい側で再会を喜ぶ2人を、リアは穏やかな気持ちで見つめる。

2人のダークブルーの瞳と目元は本当にそっくりで、髪の色を黒く戻した今、エンツォは確かにオビディオの面影を映しているように思えた。

リアはチラッと隣に座るレオの様子を伺った。

興味なさそうに窓の外を見やってはいるが、リアと繋がれた手は先ほどからずっと強く握られている。


「ねぇ、エンツォ。どこに行ってたの?」

「ちょっと……そうだな、夢をみていたんだ」


エンツォは少し考え込むように目を伏せてから、ヒメナを見つめて言った。


「夢?夢なら私もみたわ。とっても素敵な夢だったの!」


そのヒメナ言葉に、リアは思わず握った手に力を込めてしまった。気づいたレオがそっと肩を抱き寄せてくれる。

ヒメナがみたという夢は、おそらく夢ではない。リアが記憶を見たときにヒメナにも見えたであろうオビディオとの約束のこと。それを、夢だと思っているのだ。


「そう。俺の夢は……残念ながらあまりいいものじゃなかったんだ」


エンツォの寂しそうな笑顔に、ヒメナが首を傾げる。


「怖かったの?」

「いや……でも最後は、母さんの笑顔だったんだ。それで、目が覚めた」

「そうなの?よかったわね」


ヒメナが無邪気に笑う。エンツォは「うん」と笑顔を返した。

それからヒメナとエンツォは会えなかった時間を埋めるように話に花を咲かせ、レオとリアは2人が満足するまでずっとそれを聞いていた。



***



城に戻ったのは日も沈んで外が暗くなる頃になってからだった。夕食を終え、リアは研究室でほんやりと天井を見上げてため息をついた。

リアは、本当にエンツォを助けられたのだろうか。エンツォの復讐に燃えていた感情を消した。それは正しかったのだろうか。ただ、レオとリアが助かるための手段ではなかっただろうか。

自己満足……


「リア」

「っ、あ……レオ」


急に声を掛けられて、驚く。しかし、振り向けばレオが優しい顔でリアを見下ろしていて。リアは椅子から立ち上がった。


「ごめんね、ノックした?」

「ああ、一応な。でもどうした?ボーっとして……」


リアの手元を見たレオが言葉を切る。医療用語はよくわからなくても、そのカルテがエンツォものだということくらいはすぐにわかるだろう。

しばらく沈黙が続く。


「……私、正しかったのかな?」

「リア……」


ポツリと漏れた呟きに、レオがリアの頬に手を添える。


「わからなくて……私はエンツォの感情を1つ、奪ってしまったから」


本来の理に背いてエンツォの中の“真実”を変えてしまった。復讐心――褒められる感情ではなくても、それは大切なエンツォの一部であったのではないか。

レオはリアの身体を持ち上げて机の上に座らせると、その身体を挟むように机に両手をつく。少し身を屈めたレオがリアを見上げて、リアがレオを見下ろしている。2人の身長差ではあまり起こらないこと。


「正しいかどうかはわからない。でも、エンツォはお前のおかげで残りの時間を心安らかに過ごせる。違うか?」


憎しみから解き放たれて、穏やかな時間を過ごすことができるのだ。呪文も薬も、使うことなく。


「俺は、何も知らなかった。何もできなかった。父上がエンツォのことを知っているのも、母上がずっと苦しい気持ちを抱えていたのも知らなくて……」


ただ与えられる愛の中で生きてきて、幸せを感じていた。他の、こんなにも身近な人が心に影を抱えていることなど気づけなくて。


「いいんだよ。それがオビディオ様の望んだことだもの」


リアがレオの頭を撫でてくれる。


「それに、レオは私やルカに愛を与えてくれてる。オビディオ様がレオやエンツォにそうしたように。レオもエンツォのこと、ちゃんと考えてくれてる」


エンツォを城に置いているのは、リアの願いだからというのが理由の大半を占めるのだけれど。


「私の選択が正しかったかどうかはやっぱりわからないけど、だからこそ最後まで見届けたいの」

「あぁ……俺も」


今まで知らなかった時間には到底足りないけれど。せめて、残りの時間を濃いものとして残したい。見届けたい。エンツォがレオをヴィエント王国の王として見ていても、レオは彼を“兄”として記憶に残すのだ。


「エンツォは、弟に愛されてるね」

「からかうなよ。お前だって、あいつのことが好きだと言っただろ」


レオがそう言うと、リアはクスッと笑った。


「なあに?ヤキモチ?」


レオはグッと顔をリアに近づけた。リアの呼吸の速度も、温度もわかる距離。


「そうだよ。お前はエンツォに肩入れしすぎだ……」

「レ――っ」


2人の唇が重なる。リアの後頭部に手を添えて深く求めていけば、リアもレオの首に手を回してくれた。


「んっ……私は、レオだけだよ。知ってるでしょ?」

「知っている。でも、それとこれとは別問題なんだ」


唇を離して、近距離で囁き合う。


「私のこと、信じてないの?」

「そうじゃない。信じていても不安だって言っているんだ」


レオはリアの唇を指でなぞった。リアの熱い吐息がかかってくすぐったい。


「それに、俺はお前がどんな選択をしてもそれを信じる。お前を最後まで支える」

「うん、私も」


そして2人は微笑み合った。


「レオ、愛してる。ずっと私に恋を運び続けて……」

「あぁ。恋も、愛も、幸せもすべてお前にあげるよ。何があっても、ずっと離れない。リア……愛してる」




なくしても、何度でも届けよう。


この想いを乗せて。


だから、その風に、恋をして――…



*END*


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