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風に恋して  作者: 皐月もも
第六章:風向きの変化
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告白

「ルカ……?」

「ああ、気に入らないか?」


夕食の後、2人はレオの部屋のソファで寄り添っていた。散らかっていた部屋は綺麗に元の姿に戻っている。セストがすべてやってくれたらしい。

久しぶりのゆっくりとした時間。話題の中心である2人の子は先ほどはしゃぎすぎたのか、眠ってしまったようだ。


「ううん。でも、ルカって確か……」

「ああ。この国の建国者、初代ヴィエント王の名前だ」


ずっと、考えていた。リアの中に自分の血を引いた子がいるとわかったときから。

男の子、女の子……それぞれの名前を考えていたのだが、リアが先ほど食事中に2人の子は男の子だと教えてくれた。母親だからこそわかるのだろう。

だから、初代ヴィエント王……その類稀な力と聡明な頭脳で混乱の世を収め、ヴィエント王国を創り上げたと言い伝えられる彼の名前を、と決めた。おそらく相当の力を持って生まれてくる我が子に、その力をヴィエントの繁栄と民のために使ってほしいという願いをこめて。


「強くて優しい王に育つように」


レオはそう言って、リアの頬にキスをした。リアはくすぐったそうに肩を竦めたけれど、微笑み返してくれる。


「うん、素敵」


そして、レオの胸に頬を寄せた。リアの癖だ。幼い頃からレオに抱きしめられるといつもこうして擦り寄ってくる。


「記憶は大丈夫か?」

「うん。元通りだよ、レオのことも全部思い出した」


リアがギュッとレオの背中に手を回して抱きついてくる。


「あのね、レオ」

「ん?」


レオはリアの髪の毛を梳きながら、彼女の話に耳を傾けた。


「……好き」


突然の告白。レオは息を呑んだ。

リアは、恥ずかしがって言葉にすることを嫌がる。レオが「俺のこと好きか?」と聞いても、「うん」としか言わない。「好き」と言ってくれたことは、レオの気持ちを受け入れてくれた夜と初めて肌を重ねた夜だけだと思う。


「ルカがレオの部屋に連れてきてくれたときにね、ちゃんと伝えようって思ったの。ルカのことも、言おうって」


結局、エンツォのことがあってレオは息子本人からその存在を知らされることになったのだけれど。


「怖くて、言い出せなかったの。でも、レオとの写真を見ていて、レオが私を想ってくれているんだって思ったら、私も自分の気持ちを伝えなくちゃって思えた」


リアがそっとレオから身体を離し、じっと瞳を覗き込んでくる。翡翠色の瞳に映る、レオの姿。リアは、ちゃんと自分を見ている。


「レオのこと、大好き。ごめんね……もう、絶対忘れたりしないから」


ゆっくりと、リアの顔が近づいてきて吐息が重なる直前……リアはもう一度「好き」と言ってくれた。そして唇が重なる。

リアからの口付け。

触れるだけの軽いキスだったけれど、リアからしてくれたのは初めてだと思う。


「リア」

「うん」


レオはリアの頬に手を添えた。

告白もキスも嬉しかったけれど……


「好き、じゃ足りない……リア」

「……愛してる」


レオに促されると、リアはとても綺麗に微笑んでその言葉をくれた。それが合図のように、2人の唇が再び重なって。熱くて深く、想いを伝え合うキスをした。

リアがレオの首に手を回して、レオもリアの身体を引き寄せて、隙間がなくなるほどにお互いを求める。


「リア、愛してる。ずっと、ずっと……もう長い間。これからもずっと……」


レオはリアの身体をソファに組み敷いて、更に情熱的に唇を寄せた。


「んっ、は…………んんっ」


リアの呼吸が荒くなって、苦しそうにレオの胸を押し返してきた。レオは唇を解放してそっと首筋から胸元へとキスを落としていく。


「レオっ、だめ……」


リアがピクッと震えて、レオの腕を掴んだ。


「リア」

「だ、だめだよ……?」


レオの熱のこもった呼びかけに、リアが頬をカッと染める。

「……」


情熱を秘めたレオの漆黒の瞳に見つめられて、身体が熱くなる。リアは少し顔を背けてもう1度「ダメ」と言った。けれど、自分でもそれがとてもか細くて……全く“ノー”という返事になっていないことがわかってしまった。

その間もずっと、レオの視線を感じる。


「ひゃっ」


黙ったままのリアの首筋を、レオの指が這う。その道筋が、火が灯ったように熱い。


「レオっ」


リアが涙目になりながらレオに視線を戻す。先ほどと変わらない、リアを求めるその瞳の色に。


(だ、だめ……)


そう思うのに。


「……っ、ゆっくり……し、て…………」


消え入るような声。レオの誘惑に勝てるわけがないのだ。いつだって、リアはレオの熱に浮かされてしまうのだから。


「あぁ……」


レオはチュッと頬にキスをして、リアを抱き上げた。

そして、奥の寝室へとゆっくり歩いていく。レオと肌を重ねるのは初めてではないし、本音を言えばリアもレオを求めている。

今は自分の身体にもう1つの命が宿っているからそのことが気がかりなだけで。体調はレオが気を分けてくれたのもあってかなり良いし、ルカも眠っている。

それでもやはり普段と違う身体なのは不安だ。

セオリーとしては大丈夫。たまに往診などで相談されることもあって勉強したことがあるからリアもそれなりに理解している。もちろん、レオも気をつけてくれるだろう。


「優しくする。ただ、お前の温もりを感じたいだけだから……」


リアがいろいろなことに思考を巡らせているうちに、身体が柔らかなベッドに沈んで、レオの影が落ちてくる。

そうだ……2人で気持ちを、絆を確かめ合う。そのための、時間だから。


「途中でやめてもいい。お前やルカを傷つけるようなことはしないし、お前が嫌なことはしないから。だから、少しだけ……触れたい」


レオの唇が額に落ちて、続いて瞼、頬、首筋を辿って心臓へ。


「いい、か?」


そして、レオがもう1度リアに問う。リアはレオの背中に手を回した。


「……うん。ルカが起きないように、してね?」

「あぁ」


リアの言葉にレオがフッと笑った。

そして2人は体温を分け合った。心も、身体も……初めから1つだったかのよう。ゆっくりと溶けていくように重なった――



***



――レオがリアの髪をそっと梳いている。

ぼんやりとまだ浮上途中の意識でそれを感じて重いまぶたをゆっくり上げていく。


「悪い……起こしたな」

「ん、平気」


リアはもぞもぞと身体を動かしてシーツの中でレオにくっついた。触れ合う素肌が気持ちよい。


「寒くないか?」

「うん。あったかいよ」


もう1度、目を瞑ればレオの鼓動の音がよく聴こえた。


「ん……くすぐったい、レオ」


レオの手がリアの身体をなぞり始めて、リアは身体を捩った。


「お前がくっつくからだろ」


レオがクスッと笑ってリアの耳元に唇を寄せた。熱い吐息が昨夜を思い出させて、リアの身体が熱くなる。


「ちょ、ちょっと待って……もう、だめだよ?ルカも起きちゃう」

「別に俺らが何をしているかわかるわけじゃないだろ」


そういう問題ではないのだけれど。

ルカは両親が仲良くしているのは感じるらしく、2人が寄り添ったりキスをしたりするととても嬉しそうにくるくると風になって飛び回る。

だが、子供のそんな笑い声を聞きながらするようなことではないし……


「本当にダ――あっ」


チュッと、レオの唇が胸元に落ちてくる。

「や、レオ――っ」

「レオ様、そろそろ起きていただかないと執務が溜まっております」


いつのまにか……寝室の入り口に立っていたセストに声を掛けられて、レオがピタリと動きを止める。リアはボン、と音が出そうなほど真っ赤になってシーツにもぐりこんだ。


「セスト、お前黙って主の寝室に入り込むな」

「申し訳ございません。何度もノックしましたのにお返事がなかったものですから」


セストは淡々と言い、部屋のカーテンを開けた。薄暗かった部屋が一気に明るくなる。


「リア様は、こちらをお召しになって湯浴みへどうぞ。侍女たちには待機させております」


シーツの中で丸まっているリアにも特に構うことなく、ベッドの足元に着替えをおいてレオに向き直る。


「レオ様もお着替えになって朝食をサッサと済ませてください。リア様に付きっ切りだった分、働いていただかないと」


確かに、リアが目覚めない間は急いで処理しなければならない案件以外はほとんど執務を行っていなかった。つまり、これからが大変ということだ。


「わかったから、お前はもう出ていろ」

「承知しました」


レオがため息をついて言うと、セストは軽く頭を下げて部屋を出て行った。


「レオのバカ……」


リアが恨めしそうにシーツから顔を覗かせる。怒っているらしいが上目遣いでそう言うリアは、怖くない。むしろ可愛いのだ。


「俺だけのせいじゃない」


無意識にリアが誘うからいけないのだ。


「もう……」


そう言って膨れるリアに、思わず笑みがこぼれる。元に戻った2人の距離を感じられる。レオはリアに触れるだけのキスをした。



***



――同じ日の朝、ルミエール城の数ある部屋の一室で。


「エンツォ、あとどれくらいなの?」

「1ヶ月ほどです」


その返答にユベールはつまらなそうに頬杖をついて「ふーん」と言った。


「じゃあ、僕が行ってもいいよね?」

「ですが貴方はもう……」


エンツォが眉を顰める。

確かな証拠を残してきていないとはいえ、ユベールがエンツォの復讐に加担していることはすでにバレてしまっている。王子がそれに関わっているということは、王国の問題になりかねない。

ユベールもそれは避けてきたはずだった。


「別に、僕がリアを欲しがってるのはレオもリア自身も知ってることだよ。昔からずっと求愛してたんだから」


クスクスとユベールは笑って立ち上がった。

いくら呪文でうまくやっても、その正体が明らかになってしまった今では何も関係ないということなのだろうか。


「でもさ、すぐに乗り込むべきだったよね……失敗しちゃった。まぁ、今日からやっとレオが公務を再開するっていうから近いうちに会いに行くよ」

「レオが……?」


レオに負わせた傷は、王家専属クラドールならば1日で治せる程度だったのだ。リアのことで公務欠席をしているのだと思っていた。だがここに来て、表向き体調不良ということで公務に顔を出していなかったレオがそれを再開する。その意味は……


「セストもなかなか優秀だってこと。あーあ、なんでヴィエントにばっかり良いクラドールが集まるんだろう」


ユベールはそう言って肩を竦め、エンツォはグッと拳を握った。


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