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風に恋して  作者: 皐月もも
第六章:風向きの変化
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無風

「――っ!」


レオはハッと目を開けた。

あんなことを考えた後だからだろうか、正に“その”夢を見た。リアがマルコを助けようとして赤い瞳を使った日のこと。

額に浮かぶ汗を拭って、レオは大きく息を吐いた。


(トラッタメントが、効いていなかった……)


夢に見たことで、記憶が呼び起こされる。ヴィエント王国で最も優秀なクラドールが止血すらできなかった。

確かにマルコの怪我はひどい状態であった。けれど、すぐに血を止めることができ増血剤を投与していれば内臓の修復も外傷もリベルトたちが手こずるような症状ではない。


(毒……)


マルコを貫いた剣には毒が塗ってあった。あの後、クラウディアがその毒の解析を行って、ヴィエント王国にはない種類のものだと言っていたと思う。それから解毒方法を研究し、今は同じことが起こらないよう対策もできた。

ルミエール王国から持ち込まれた新薬、というのは引っかかる。当時は反乱軍の民の起こした責任をルミエール王家は紛争を収めること、そして賠償金を払うことで一応の決着をつけたけれど……

何かを見落としているのではないだろうか。そんな思いに捕らわれ、レオはリアの手を握りながら考え込んだ。


レオが明るくなってきた部屋に気づく頃、セストがやってきて記憶修正を施した。

ディノとエレナも朝一で治療室に来たし、イヴァンは城下の診療所の手伝いの後、午後になってから気を分けに来てくれた。


「朝、昼、晩と3回にわけてやりましょう。ディノもイヴァンも他の仕事がありますから、来られる時にこちらに来てもらえるになっています」


セストがリアの点滴を変えながら言う。お腹の子に影響のないように調節はしてあるが、だからといって長く投与していいものでもない。


「大丈夫なのか?」

「もう2日ほどは大丈夫です。その後は危険なので点滴ははずさないといけないですね。それまでに、意識が戻られるといいのですが」


少なくとも意識が戻れば、記憶の混乱はあっても食事はできる。


『ぱー、んーんー!ふぇっうっ、うぅぅぅ』

「どうした?」


聞こえてきた我が子の声にレオが答える。なにやら愚図っているようだが……

どうも自分はこの“風の言葉”をうまく理解できていないように思う。リアとはうまくコミュニケーションをとれていたのだろうか。


『んんんー!うぅっ、まー』

「リアは大丈夫だ。必ず目を覚ます」


とりあえず、そう返事をしてみるが納得のいかない様子のその子はレオの周りをぐるぐる風となって回りながらうなり続ける。


『うぅぅー!』


レオは困りながらも、小さな風を起こしてあやしてやることくらいしかできなかった。



***



そして、数日後。


「意識が戻りませんね。リア様の体力も限界で、点滴もこれ以上は続けられません。これでは……」


セストが今朝の記憶修正を終えて呟く。気を分けに来ていたエレナも心配そうに眠ったままのリアを見つめている。


「セスト……」

「はい?」


レオは眉を顰めてリアをじっと見つめ、そしてその視線を彼女のお腹に移した。ここのところ、ずっと愚図っていた我が子。それが今日はやけに静かだ。


「今日、こいつの声を聴いたか?」

「――っ!」


レオの言葉でセストもハッとしてリアを見る。落ち着いている、ように見えるのだ。けれど、それはもしかしたら……


「エレナ、処置できる?」

「少しなら……でも、お腹の子の回復には足りないです」


セストは記憶修正を終えたばかりで処置ができる状態じゃない。エレナも気を分けてしまっているので長くは処置できないだろう。


「ディノとイヴァンに知らせます」


すぐにセストが紙を風に乗せて飛ばす。けれど、彼らは養成学校の講義に行っている。戻るのには少し時間がかかる。


「俺がやる」

「レオ様、しかし……」

セストが渋るのは、レオの力が強すぎるからだ。王家の血を引いた者は生まれつきそれなりの力を持っている。その後、成長と共にそれがどこまで強くなるかは個人差もあるが、クラドールとしての修練を積んでいない気――チャクラ――は繊細なトラッタメントに使える質ではない。

まして、チャクラ変換とは普通のトラッタメントよりも繊細な施術だ。


「こいつは俺の子だ。それなら俺の力にも耐えるだろう」

「ですがリア様は違います!」


レオはギュッとリアの手を握る。

そう、問題はリアがそれに耐えられるかどうか。お腹の子は確かにレオの子供だ。王家の血を継いでいることになるし、もちろん父親の力には順応を示すだろう。

けれど、リアは赤い瞳を持っていても普通の女性と変わらない。


「わかっている。だけど、リアはきっと耐えられる。あのときも、こいつのことを気にしていたから……」


レオがエンツォの風を吹き飛ばしたとき。目を開けたリアは真っ先にお腹の子のことを聞いてきた。

意識がなくても、本能的に身ごもっていることは理解しているはず。そして、我が子を守ろうと戦うだろう。少なくともレオはそう信じている。


「レオ様、セストさん……私のトラッタメントではここまでしかできません」


エレナが息を切らせて椅子に座り込んだ。


「あぁ、礼を言う。後は俺がやる」

「レオ様!」


セストがレオの腕を掴む。レオはその手を掴んでそっと引き離した。レオの力強い瞳にセストも手を離す。レオの真剣さが伝わったのだろう。

レオはリアの頬をそっと撫でた。


「いくぞ、リア。必ず……受け止めろ。お前と、お前の中の命のために」


額に口付けを落としてから、リアの心臓に手を当てる。本来はリアのチャクラの源であるセントロが位置する下腹部に入れる方が良いが、レオはそもそもチャクラ変換という繊細な技術を持ち合わせていない。

それならば……風属性のチャクラを水属性であるリアに入れるなら、紋章の刻まれた王家とのつながりのある場所しかない。そこからならば負担は少し軽くなるだろう。

レオは自分の風をできるだけ弱く送り込んでいく。


「――っ、はっ……うっ」


少しして、リアが苦しそうに呻き始めた。そして心臓に当てられたレオの手を退けようとする。苦しいのだ。


「リアっ、もう少し、もう少しだから……」


レオはリアの右手を左手で掴んでベッドに縫い付けた。指を絡めて、ギュッと握る。


「は、くっ……」

「リア、頼む。起きてくれ。目を覚ませ!」


レオがそう叫んだときだった。

 バン、と……いつかと同じ風が勢い良く吹いた。

棚に置いてあった薬ビンや本が落ちて、エレナとセストが咄嗟に呪文を唱えてそれらを受け止めていく。


『ぱー!』

「お前は……元気になりすぎだ」


レオは少し困ったように笑った。そして……ハッとしてリアの方へ視線を戻す。レオの手がかすかに握り返されたからだ。


「レ……オ、私……」

「リア!」

『きゃはっ!まーまー』


レオは身体を起こそうとするリアを手伝ってから、その細い身体を抱きしめた。温もりを確かめて、リアの唇を塞ぐ。


「ん、っ」


何度も何度も重なる2人の唇に……苦しくなってリアがレオの胸を叩く。レオはそっと唇を離して濡れた唇を親指で拭ってやった。


「痛いところは?記憶は?」

「えっと、少し頭が痛いけど……記憶が混ざっているせいなの」


リアがそう言うと、レオがホッと息を吐いた。そして、レオの背後で1つ咳払いの音。そんな効果音をつけるのは、セストしかいない。

真っ赤になったリアを見て、レオはセストを振り返る。その隣ではエレナが頬を染めてもじもじしていた。


「水を差すな」

「いえ、そんなつもりはありませんでした。すみません」


その笑顔が黒いのは気のせいではないと思う。


「まぁいい。イヴァンたちが戻ってきたら、記憶修正できるか?」

「そうですね。2人の気を分けていただければ、完全に修正が終わるかと」


セストが頷くと、リアが首を横に振った。


「ううん、もう大丈夫。セストさん、ありがとう。それに、えっと……」

「エレナです!ディーノ兄さんの妹です!」


リアの視線にエレナがピシッと背を伸ばして自己紹介をする。


「そっか。エレナさんもありがとう。あとは自分でできると思うから」


リアが2人に向かって微笑む。


「しかし、まだ体力が戻っていらっしゃらないのでは?」

「レオが力をくれたから、残っている分くらいなら平気。それに、自分の記憶だから余計な力は使わなくてもいいし」


リアはベッドから降りようと身体を動かした。


「リア。頭痛がひどくないのなら、先に食事をしろ」

「うん、じゃあ食堂に……きゃっ!?」


リアの足が床に着く前に、身体がふわっと浮いた。レオがリアを抱き上げたのだ。


「や、やだ!レオ、降ろして。自分で歩けるよ」

「ダメだ」


セストもエレナも見ているのに。それにお腹の子も風になって出てきている。正確に言えば“見えて”はいないのだろうけれど、両親の行動はわかるらしく先ほどから嬉しそうに笑ってリアたちの周りを漂っている。


「どうして――っ、ん!」


リアの抗議の言葉を口付けで飲み込まれる。


「どうしても」

「バ、カ……」


リアは熱くなった頬を隠すようにレオの胸に顔を埋めた。しばらくセストたちの顔を見られないだろう。そんなリアを見て、レオは満足したようにフッと笑った。そして扉へと歩いていく。


「お前たちもしばらく休んでいていい。食事をするなら一緒に来い。まとめて用意させる」

『もー!もー!』


もちろん、2人と一緒に風も移動していく。


「桃も好きなだけ食べるといい」


そんなレオと2人の子供のやりとりを初めて聞いて、リアは笑った。


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