エンツォの過去
直接的な表現は避けていますが、暴力的な描写があります。
「やめて!やめてください!カリスト様!」
「うるさいっ!」
何度も何度も叩かれる幼い男の子と、酒の匂いをプンプンさせて鬼のような形相で彼を叩き続ける男。そして、それを止めに入る若い女。
アレグリーニの屋敷では日常となってしまったその光景。
彼女が間に入り、男の子を庇うように抱きしめたことで叩かれるのは彼女になる。
「お願いします、カリスト様。これ以上は、エンツォが……」
「チッ」
それに興が冷めてしまったのか、カリストと呼ばれた男は手を止めた。代わりに、彼女の髪の毛を乱暴に掴んで引き寄せる。
「それなら、ヒメナ、お前が相手をしろ」
「は、い……」
ヒメナは立ち上がり、カリストの後をついて行く。
「お母さん!」
「大丈夫よ、エンツォ。さぁ、早く宿題を済ませなさい」
優しい微笑みをエンツォに残して、ヒメナはカリストの寝室へと消えた。
――そんな出来事が来る日も来る日も続いて、エンツォが17歳になって間もなくしてそれは起きた。
その日、エンツォが授業を終えて家に戻ると使用人が何人か真っ青になって震えていた。そして、何があったのかと問う前にそれは聞こえてきた。
『いやぁぁぁっ!やめて!誰か、だ――っ』
母親の――ヒメナの悲鳴。最後は誰かに押さえつけられたかのように途切れた。
「母さん!?」
ヒメナが長年、カリストに無理矢理抱かれているのは知っていた。それでも、こんな風に悲鳴を上げて抵抗することは1度だってなかった。
「坊ちゃま!」
使用人の制止を振り切り、階段を駆け上がる。その間にも、くぐもった悲鳴と楽しそうなざわめきが聞こえてきて嫌な予感に足が震えた。
「母さん!」
勢い良くカリストの寝室に入ったエンツォの目の前に広がっていたのは、見るに耐えない光景だった。ボロボロに破かれたドレス。布切れが床に散らばり、使用人が何人も母親に群がって、カリストがそれを楽しそうにソファに座って眺めている。
「な、にを……している!?」
「エンツォ、無粋な真似をするんじゃない。今からがいいところなのだ。それとも、お前も混ざりたいのか?」
信じられない父親の言葉と、使用人たちの卑猥な言葉に笑い声。耐えられなかった。いや、どうやって耐えればよかった?
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
自分の身体の中から湧き上がる怒りに任せて、叫んだ。
何が起こったかなど、わからなかった。気づいたら、部屋は嵐の後のように散らかり、使用人たちは血まみれで倒れていて、自分が殺したのだと理解するまでに時間がかかった。
「お、おま、え……」
苦しそうなうめき声が耳に届いて視線をやると、カリストが床を這って後ろへと、エンツォから遠ざかろうとしていた。恐怖に支配された表情。
それを見たら、思わず笑い声が漏れた。自分は壊れてしまったかもしれない。
上着を脱いでベッドに横たわるヒメナに掛けてから、ゆっくりとカリストへ近づいた。自分の足音と共に、喉にひっかかったような悲鳴を上げるカリストを見るとゾクゾクした。
今が復讐のときだと、本能が告げている。
壁にたどり着き、逃げ場をなくしたカリストの目の前に座って目線を合わせる。
「父さん」
「ひっ――」
初めて呼んだかもしれない。この憎い男を父親だと思ったことなど1度もなかった。
「お、俺は悪くない!悪いのはヒメナだ。あいつはずっと俺を騙していたんだ。16年もずっと。大体おかしいじゃないか、どうしてお前が生まれた後、子供ができなかったんだ。俺に、生殖能力がないだと?ならお前は誰の子だというんだ!」
エンツォは声を上げて笑った。
「なんだ、そっか」
「やっぱり」とか「どうして?」とか、いろいろな感情が混ざっているけれど、結局一番は……
「でもさ、良かったよね?俺たち親子じゃなくて」
「良かった、だと?」
ぐるりと部屋を見渡したエンツォは壁に掛けてあった剣を手に取ってカリストの元へ戻る。
「うん、良かった。これから殺す男に少しでも同じ血が入っているなんて思っていたら、さすがに躊躇しちゃうだろ」
そんなことは、心にも思っていなかったけれど。
「や、やめ――っ」
「バイバイ、“父さん”」
剣を下ろすには十分過ぎるほどの重さになっていた憎しみ。そしてそれは、真紅の薔薇となってエンツォを慰めた。
動かなくなった目の前の男の側に剣を落とせば、ゴトッと鈍い音がした。
特に何の感情も沸かなかった。いや、安心……というのだろうか。これで、ヒメナも自分も解放されたのだ。
「母さん、母さん」
放心状態でベッドに仰向けになったままのヒメナの身体を揺する。
「母さん?」
ヒメナの身体を起こしてやると、ヒメナの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「ぅぅ、っ……オ…………」
「か、あさん?大丈、夫?」
おかしい。ヒメナには自分が見えていない。いつも優しい眼差しをエンツォに向けてくれるその瞳は虚ろで、エンツォを通り越してその後ろを見ているような……
そして、ギュッとエンツォのシャツを握る。
「どうして、どうしてなの?」
「母さん?」
「オビディオ様――っ」
そう、叫んでヒメナの身体の力がガクッと抜けた。
「母さん!母さん!」
オビディオは、ヴィエント国王の名前だ。そしてヒメナの妹であるマリナの夫。その彼がヒメナを?それなら自分は、彼の……?それなのに他の男に嫁ぐのを黙って見ていたと?
遊び、だった……?妹が本命だった?
「母さん!どういうことなの?」
エンツォがヒメナの身体を揺らし続けると、ゆっくりヒメナのまぶたが上がっていく。
「母さ――」
「あなた、だあれ?私はヒメナよ。あなたのお名前は?」
「え……?」
そう言ってエンツォにニッコリと笑ったヒメナ。笑い方や仕草が、幼い子のそれのようで。無邪気にエンツォを見つめるその瞳は、変わらず深い海のようなダークブルーなのに。自分と同じ色なのに。
ドクン、と先ほどの感情がまた沸きあがってくる。
「俺は、エンツォだよ」
自分はうまく笑えていただろうか。ヒメナが、自分がつらいときでもエンツォに笑いかけてくれたように。
「エンツォ?いい名前ね」
「うん。大好きな母さんがつけてくれた名前だからね」
大好きな人。エンツォの唯一の心の拠り所だった。いつだって笑顔を向けてくれた。やっと、自由になれると思ったのに。
すべてを奪われた。ヒメナは想いを寄せていたオビディオに、その恋心を利用されたのだ。捨てられて、乱暴されて、愛してもいない男に無理矢理抱かれて、使用人にまで襲われて。
――心を、閉ざしてしまった。壊れてしまった。
すべての始まりが、オビディオにあるのなら。大切な人を壊されたこの絶望を、同じ苦痛を与えてやる。
アレグリーニ家の虐殺事件は有名になった。
エンツォはヒメナと共に実家に戻った。に義務教育を終えていたエンツォは貴族の跡取りが通う経営学や政治学などを学ぶ専門学校へと通っていたが、クラドール養成学校へと転校した。
今更アレグリーニ家を再建することにも興味はないし、クラドールになればヴィエント城へともぐりこめる。そして、オビディオに直接会うこともできる。それがどんなに狭き門だとしても、成し遂げてみせる。
それに養成学校には呪文修行の場もあるから、それも勉強することができる。
心の壊れてしまったヒメナを治したい、その方法を見つけたい、と言ったらヒメナの両親も学校の講師も皆がエンツォに優しくしてくれた。
ただし、エンツォには監視がつくことになった。いくら偽装したからといって、犯人が見つからないうちは疑われるのは当然。今はまだ、記憶を見られるところまでの捜査はされていない。人権の問題もあるから、そこまで踏み切るにはかなりの証拠が揃うか、自白がないと許可が下りないのだろう。
母親も乱暴されてエンツォ自身もあの後、争いで傷を負ったようにみせていたし、階下で震えているだけだった使用人の証言もある。カリストの残した金を分け与えた彼女たちもカリストに乱暴されたことがあるらしかったからすんなりと協力を受け入れてくれた。
だが、それも時間の問題――それをどうやって切り抜けるか考えていたときだった。エンツォすら知らない“犯人”が捕まったと、自白した彼らの記憶にはきちんと事件のことが描かれていると、知らせが届いた。
カリストとずっと損な取引を強要されていた貴族の男だった。その男が雇ったという暗殺者も一緒。
そしてすぐに、エンツォに会いに来た人物がいた。
「やぁ、君がエンツォ・アレグリーニ?」
誰も使っていない教室で呪文の鍛錬をしていたときのことだ。部屋に入ってきたのは同じ授業をとっている男子生徒。無愛想なエンツォに話しかける生徒はほとんどいないし、彼もその1人だったはず。
訝しげな視線を投げると、彼はクスッと笑った。
「ごめん、ここに入り込むのにちょっと彼の姿を真似てみただけだよ」
パッと彼の姿が光って、次にそこに立っていたのはルミエール王国の王子……ユベールだった。カリストが父親ではないので本当は赤の他人であるが、表向きは従兄弟にあたる。
「なぜ、こちらに?」
「君に協力してもらいたくて、かな」
ユベールはクスッと笑って教室の机の上に座った。
「叔父さんを殺したのは君なんでしょ?」
「何をおっしゃっているのですか?犯人は捕まっています」
エンツォはチラッとユベールを見て、また自分の手元に視線を戻す。
「そうだね。不思議じゃない?いるはずもない犯人が捕まるなんてさ。しかも、記憶までちゃんとくっついてる」
その言葉に、エンツォは顔を上げた。
「まさか、貴方が?」
「ふふっ!やーっぱり君が殺しちゃったんだ?」
しまった、と思ったときには遅くて。しかし、ユベールはニッコリとその美しい顔に笑顔を浮かべた。今はまだ幼さの残る表情、けれど、ゾッとするような美しさを持っていた。
「心配しないで。君に罪を問うつもりなら犯人を仕立て上げたりしない、そうでしょ?」
ユベールは「よっ」と声を出して机から降りた。
「王家専属のクラドールになって城に入るつもりなんでしょ?」
「……」
エンツォは答えなかったけれど、ユベールはそれを肯定と受け取ったようだ。
「君はさ、オビディオ様に復讐したいの?」
「――っ!俺のことを知っているのですか?」
カリストはエンツォが自分の息子ではないとあの日に知ったようだった。しかも、本当の父親のことは誰か検討もついていないような口ぶりだったのに。なぜ、ユベール王子が知っているのか。
「叔父さんは、なんていうかちょっとバカだったからさ。あんなに女遊びが激しかったのに、誰も妊娠しないって普通変に思うでしょ?」
大きな目を細めてクスクスと笑うユベール。
「でも、母上は気づいてたよ。だから君が叔父さんを殺しちゃった後、僕に教えてくれた」
「伯母さんが?」
エンツォは今や手を動かすことを忘れてユベールの話を聞いていた。
「うん。エンツォはオビディオ様の子に違いないって言ってた。ほら、君の母親の父親はオビディオ様の側近でしょ?母上は父上と一緒に何度か交流会に言ったことがあるらしいんだけど、2人とも恋人みたいに仲が良かったって」
本来側室は王と外に出ることはないが、ユベールの母親はかなり気に入られていると聞いている。よく公務にも彼女を連れていると言う話は有名だし、交流会に行ったのも本当だろうと思えた。
「でもさ、今はマリナ様ととっても仲がいいしさ。レオも城で裕福な暮らしをしてる。君がこんなに頑張ってお勉強している間も」
そう言ってユベールがエンツォの机にあったノートをつまんで持ち上げる。
エンツォはグッと奥歯を噛み締めた。
オビディオは何も知らずに暢気に城での生活を楽しんでいる。兄弟であるはずの、対等であるはずのレオも、両親に愛されて……
「それにさ、ヴィエントの王妃って“初めて”じゃなきゃダメなんでしょ?あれって面倒だしさぁ、すでにお手つきだったヒメナとはちょっと火遊びしたかっただけなんじゃないかなって」
だから、ヒメナの恋心を利用したというのか。
「それで、どうなの?復讐するの?」
「ええ。そのために、俺はここにいるのですよ」
低く響いたエンツォの声。それに満足したようにユベールはパン、と手を叩いた。
「そっか。じゃあ、本題!」
「本題?」
ユベールは頷いて、呪文を唱えた。パッと彼の身体が光って、少女の姿になる。淡い栗色の髪の毛が肩の辺りで少しウェーブがかっていて、瞳は綺麗な翡翠色だ。
「僕ね、欲しい子がいるんだ。リア・オルフィーノっていう、ヴィエント城の王家専属クラドール、リベルトとクラウディアの娘」
その姿がリアなのだろうと、エンツォはすぐに理解した。そしてまた、パッと身体が光ってユベールに戻る。
「ルミエールでよく紛争が起こるのは知ってるでしょ?クラドールが足りないんだよね。ていうか、数だけいても役に立たないみたいな?」
ユベールは肩を竦めてみせた。
「リアはまだ7歳なんだけど、才能のある両親の血を受け継いでいてリア自身もかなり高い技術を持ってる。これからも、もっと成長すると思う」
優秀なコマが欲しいということか。エンツォをヴィエント城へ潜り込ませ、彼女を攫う機会を伺いたいと言われているのだ。だが……
「ご存知の通り、俺はまだ鍛錬を始めたばかりです。何年かかるかわかりませんよ」
クラドールとして1人立ちするまで少なくとも6年。王家専属を目指すならばもっとかかるだろう。
「もちろん待つよ。僕が王になる頃に優秀なクラドールとして手元に置きたいんだ。現場で使えない成長過程をルミエール王国で過ごさせても邪魔なだけだ。それに、10年くらい待つと良いことがあるかもしれないし」
育てる手間は省きたいらしい。先ほどから無邪気な顔をして酷いことを喋っているルミエール王国の王子に、その国の気質が表れている気がした。
華やかな暮らしを満喫する上流階級と、それとは正反対に貧しい暮らしを強いられる庶民。裕福な者は貧しい者を理解できない。
何にせよ、それはエンツォには関係のないことだ。エンツォはとりあえず頷いて質問を続ける。
「では、良いこととは?」
「レオはリアのことが好きなんだよ。10年経ったらリアも17歳。レオとリアが婚約することになったらそれこそ素晴らしい舞台になると思わない?」
リアがレオにとってこの世で1番大切な人になるとき。形式的にも、実質的にも。
「その2人を引き離したら、ヒメナとオビディオ様の再現ができる。息子がそんな目にあったら、オビディオ様だってヒメナとのことを思い出して罪の意識に苛まれるかもだし。あぁ、彼への復讐は薬を盛るも剣で貫くも好きにすればいい」
とにかく、ユベールは成長したリアが欲しいということなのだろう。あとはエンツォの好きにしていいと言っている。
「協力は惜しまないよ。僕はこれでも結構役に立つと思うよ。さっきの呪文も今のルミエール王国では僕しか使えないし、赤い瞳の所有者も最近手に入れたんだ」
赤い瞳――水属性のクラドールに稀に見られる能力だと教科書には載っていた。神のような能力を持った者が本当にいるのかと少々疑っていたが……
「それを使って彼らの記憶を?」
「君は賢いね。そうだよ。脳細胞を直接弄って記憶を元から変えられる。悪い話ではないでしょ?」
ユベールはそう言いながらエンツォの目の前まで歩いてくると手を差し出した。
「わかりました。仰せのままに」
エンツォはその手をとった。
***
――リアは床に膝をついて呼吸を整えていた。額には汗が滲んでいる。
「くっは、はっ、はぁっ……」
人の記憶を見ることは体力がいる。本来、自分にはないものを取り込むようなものだからだ。
「わかった?これが、俺の復讐の理由」
「ちがっ――」
言いかけて、グッと髪の毛を引っ張られて立ち上がらされる。そしてまた、首を掴まれた。その手を引き剥がそうと両手で掴むが、力の差は歴然だ。
「溺愛する君の記憶から自分が抜け落ちて、他の男に恋をして……自分の元に連れ戻した矢先に精神崩壊。最初のシナリオさ」
力の籠もった右手とは対照的に、左手が優しくリアの頬をなぞる。
「まさか、レオ本人に見つかっちゃうとは“予想外”だったかな。ま、バックアップに侵食の呪いをかけておいたのは正解だった」
リアは遠くなりそうな意識を必死につなぎとめる。
「レオも君の好物を出してあげろと言っていたし、特に怪しまれることもなかった。あの呪い……リア、君を焚きつけたのは誰だった?」
その言葉に、リアの喉がヒクッと動き、エンツォが愛おしそうに彼女の唇をなぞる。
食事をしないリアに好物を並べて、“私たちはリアを知っている”と暗に告げていた。カタリナならば、シェフにメニューの提案をできる。
それに、あのとき食事が喉を通らないのなら飲み物をと……今考えてみれば“追いうち”をかけてきたのはカタリナだった。
「愛する人に殺されるって、これ以上にない悲劇だろ?」
リアの首に強く圧力がかかる。
「……っ」
「それなのに、オビディエンザを使われたのも“予想外”でさぁ……あいつは、愛する人にそんな扱いはできない、なーんていうタイプだと思っていたのに」
エンツォの指が唇からスッと降りて、リアの心臓の辺りで止まる。
「記憶がないのに、レオに心を許していく君を見ているのもムカついたし」
「――ゃっ」
リアの身体がピクリと跳ねる。エンツォの手が、膨らみを撫でたからだ。その手は緩々と下へ下がってお腹の辺りで止まる。
「俺に想いを寄せながらレオとキスをして、レオに抱かれて、子供まで孕んで……さ」
そのエンツォの表情に、リアは精一杯力をこめて、身体を捩り、エンツォの腕を引っ張った。しかし、エンツォの手に力がこもってリアの動きが止まる。
「ゃ……め、て」
掠れた声。ちゃんと声が出たかも、よくわからない。リアの頬に涙が伝う。
「交流会は、前座っていうか……成功すればラッキーくらいで。『素晴らしいパーティ』だっただろ?」
エンツォは相変わらず楽しそうに笑う。
「結局失敗したけどさ、レオと君の子の存在を確実にできた」
確実に2人の子供の存在を知る。レオを苦しめたい、すべてを壊したい、と。そう言った彼がリアの中の命を認識する意味は、ひとつしかない。
(いや……)
「4カ国会議でレオとセストが留守にするってわかっていたし、今日が楽しみだった」
その言葉と共に、エンツォの左手に風のエネルギーが集まっていく。
「――っ」
「朝、君が部屋に居なかったのには驚いたけど。まさか鍵がかかっているレオの部屋にいるとも思わなくて時間がかかっちゃったな。これも子供の力?……まぁいいや。焦らされた分、フィナーレは派手に行こうか?」
リアの爪が腕に食い込むのも気にすることなく、エンツォは涼しい顔でリアを見下ろしている。リアを見つめるその瞳は無機質なダークブルー。
「城に戻ったら、存在すら知らなかった自分の子が殺されていて、最愛の人も心が壊れている」
エンツォの高笑いが部屋に響いた。
「最高だ!」
(いやっ……レオ、レオっ)
リアの瞳からはとめどなく涙が零れて、首を掴むエンツォの右手を濡らしていく。
「可哀相に、リア。レオと恋に落ちたせいで、俺に利用されるんだから。あぁ、お腹の子を殺したら、俺が記憶を開けるまでもなく狂っちゃうかもね?」
「ぐ、ぅっ」
エンツォが呻くリアを見つめながら、フッと笑った。
「さよならだ」
その言葉と共に、エンツォの左手の風が嵐のようにうねった。
(レオ!)
ドン、という鈍い衝撃。
部屋中に風が吹き荒れ、窓やシャンデリア、時計に写真……すべてが宙を舞う。リアはそれを涙でぼやける視界の中、遠くの出来事のように見つめた。
「レ、オ――っ」




