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風に恋して  作者: 皐月もも
第五章:嵐の襲来
20/37

風のいたずら

――ガタガタと、激しい音で目が覚める。


(ん、何……?)


まだ夢心地のままリアが身体を起こすと、窓が激しく揺れていた。だが、すぐにそれが止まり、今度は自分の身体を中心に風の渦が巻いた。


『んー!んー!』


一瞬、リアの身体がふわっと浮いた。ほんのわずかな慣れない浮遊感、そしてポスッとベッドの上に戻る。


「な、何?」


リアは驚いてベッドのシーツを掴んだ。


『うううー!』

「どこ、に行くの?まだ朝早いよ……」


いつもなら遅くまで眠っているはずの我が子はリアをどこかへ急かす様に声を響かせる。朝日がその頭をようやく覗かせるような早朝。


『んー!』

「わかったから……ちょっと、待って」


どうも愚図る我が子にため息をつき、リアはベッドを降りて夜着の薄いワンピースの上にガウンを羽織った。

すると、風が背中からリアの身体を押すように吹く。それに促されるように、リアは部屋を出た。


早朝であるため、城の廊下にはまだ誰もいない。シンと静まり返った広い空間は、少し不気味な感じがした。

風の吹くまま歩いていく。そしてリアがやってきたのは、一枚の扉の前。


「こ、こ……?」

『うー!』


入れ、ということらしいが……


(ここはダメだよ)


城の一番上、重厚な扉の奥は、レオの寝室だ。いくらリアがレオの婚約者だからといって、本人の許可もなく入ることは憚られるし、鍵がかかっているはずだ。


『んーあ!』


ガチャリ、と。扉が少しだけ開く。


「え……わっ!?」


そして強めの風がリアの背中を押し、リアは部屋の中へと入った。その後ろで扉が閉まり、鍵がかかった音がする。


「……ダメ、って言ったでしょう?」


リアは怒って振り返り、扉に手を掛ける。

けれど……開かない。鍵を力いっぱい回しても、ビクともしないのだ。


「もう!いたずらしないで」

『きゃはっ、んー』


リアが少し強く言っても、その子は満足したように笑い、リアを更に奥へと誘った。

王の部屋。

それはとても広い部屋だった。ソファやテーブルはリアの部屋にあるものよりも更に大きく、高価に見える。装飾品もたくさんあり、サイドボードの上には写真が飾られている。


「あ……」


リアとの、写真。

意外、だと思った。レオは……漆黒の瞳の印象が強いせいか、少し冷たい感じがするから、こんな風に写真を部屋に飾るのを想像したことがなかった。

もちろん、この城に戻ってきてからのリアに対するレオの態度から……そんな外見の印象とは違って優しく、リアには甘いということも、もう知っているのだけれど。

幼い頃から、成長を辿るように飾られた写真。最後のものは、1年前なのだろうか。リアの左手の薬指に指輪が光っている。

リアは最初の、リアとレオが一番幼い頃の写真を手に取った。こんなに小さな頃から彼は自分を想ってくれていたのだろうか。いつか昔話をしてくれたとき、レオは初めからリアに惹かれていたと言った。

でもそれは、ハッキリとした恋心だったのだろうか?それとも、もう少し成長してから?この写真の、いつから?そして、リアはいつからレオに恋をしていたのだろう。


『最初、お前は俺の気持ちを受け入れてくれなかった』


レオはそう言っていたけれど、それはレオを好きじゃなかったわけではないと思う。そうでなければ、こんな心からの笑顔でレオの隣に立ったりしない。


「怖かった、のかな……」


リアは臆病だ。自分でもよくわかっている。それはきっと、恋に対しても同じだったのだろう。レオへの気持ちを自覚した今だって、レオの瞳に映るリアを求める情熱に困惑することがある。

まだ恋をしたこともなかったリアは、知らない感情に翻弄されることが怖かったのだと思う。

ひとつずつ写真を順番に手にとっては戻し、そんなことを考えていく。


(もう少し……)


もう少しで、思い出せそうなのだ。今なら、自分はきちんと本物と偽物を分けられる。レオとの思い出を取り戻せる。

それに、セストももう少しで記憶修正をマスターできそうだ。まだ偽物の記憶を残さず消すのに不安が残るけれど、それもすぐにコツをつかむだろう。

自力で思い出すにしても、セストに記憶修正を施してもらうにしても、あと少しだ。

レオを待たせている。けれど、リア自身もそのときを待っている。記憶などなくてもレオのことは好きだし、もしも再び記憶を失くしたとしてもリアはレオに何度でも恋をするだろう。

だけど、レオと過ごしてきた大切な記憶はやっぱりこの心に留めておきたい。


「好き……」


そういえば、レオの前で言葉にして言ったことはなかった。昔の自分はちゃんと伝えていただろうか……

ちゃんと伝えなければいけない。レオのことが好きなのだと。

リアはお腹に手を当てた。

そして……この子のことも。

『まー』


そんな風に写真に目を奪われていると、声に呼びかけられる。甘えたように自分を呼ぶ声は、きっと……


「眠いの?」

『んー』


ふわり、と。また背中を押されて奥の部屋へと進めば、大きなベッド。リアの部屋のものとは違い、天蓋はついていないがやはり大きい。

リアは引き寄せられるように近づき、そっと横になった。

夜も明けないうちに出発してしまったのだろう。綺麗にベッドメイクされたそこからは、彼の温もりは感じられなかったけれど、彼の香りに包まれてリアはそっと目を瞑った。


『ぱー』

「うん……パパの、匂いだね……」


レオの腕に抱かれているような不思議な感覚だ。


『んーうー』


眠たげな声に、リアも眠りへと誘われていく。

その眠りから覚めたとき、何が待っているのかも知らずに――



***



ふと、風が止んでリアはハッと目を開けた。


「……?」


いつもと違う視界に戸惑ったものの、すぐに今朝の出来事を思い出す。自分は風に導かれてレオの部屋にやってきたのだった。眠っているうちになのか、布団の中へともぐりこんでいたリアはなんだか恥ずかしくなって急いでベッドを抜け出した。

ベッドメイキングをし直し、そっと寝室を出てリビングスペースに入る。窓から差し込む光は暖かく、日も高い位置に上っていた。

またかなりの時間眠っていたらしい。少しお腹も空いている。

リアが自室を抜け出したことで、カタリナが心配していないだろうか。毎朝決まった時間に朝食を用意しにくるカタリナは、リアがいないことにすぐに気づくはずだ。

お腹の子もまだ眠っているのか静かであるし、もう鍵は開くかもしれない。そう思い、扉へと足を向けたとき――コンコン、とノックの音が響く。

セストはレオとともに出かけただろうし、レオが留守なのは城の皆が知っているはず。一体、誰がレオの部屋に訪れるのだろう。


「リア様?リア様、いらっしゃいますか?」


焦ったようなカタリナの声。少し身構えていたリアはホッと息をつく。


「はい。ごめんなさい、あの……」


どう説明すればいいのだろうか。鍵の開かないはずのレオの部屋に自分がいることは明らかに不自然だ。咄嗟に返事をしてしまったことを後悔する。


「ああ、良かった!朝食を用意しに伺ったらいらっしゃらないから、心配したんですよ!城中をお探ししました」


その声とともに、ガチャガチャと鍵を回す音が聞こえる。とりあえず、カタリナは不審な点に気づいていないらしい。

「あの、リア様……鍵が……」


どうやら外からは開かないらしい。リアは扉に近づいて鍵を回した。けれど。


「内側からも、開かない、です……」


朝と同じように、鍵は固定されたようにビクともしない。


「そうですか」


外から聞こえたカタリナの声。リアは違和感を覚えてじっと扉を見つめた。


「カタリナ?」

「大丈夫ですよ。今、開けますね」


なんだか、抑揚がないように聞こえる。


「あ、開けるって――っ」


その瞬間、リアは弾かれたように扉から離れた。それと同時にパン、と乾いた音がして重い扉が開いていく。リアは部屋の奥まで戻り、じっと扉が開いていくのを見つめていた。足が、震える。


「ああ、リア様。ご無事で良かったです」


そして、完全に開いた扉から部屋に入ってきたカタリナはニッコリと笑顔を浮かべた。


「カ、タリナ……ど、どうして?」


カタリナはリアの護衛だと、レオが話してくれたことがあった。侍女としてそばにおき、いざというときには戦闘に対応できる。

けれど、彼女は剣術しか扱えないはずだ。だから、今朝の“いたずら”を解くことはできないはずで……

震える声で問いかけるリアに、カタリナは笑みを深くした。


「あら……私のことも、『思い出して』いただけたのではないですか?」


――『私のことも、思い出してくださいね』


いつか、カタリナがリアに言った言葉。そこに隠された意味に……どうして気づけただろうか。

お腹の子が“いたずら”をしたのだと思っていた。

そうじゃなかった。昨夜、レオがいなくなると知って泣き出したことも、早朝カタリナが来る前にリアを部屋から連れ出したことも、全部……リアを守ろうとしたのだ。

だって、今の、呪文を使ったときの気は――


「エンツォ――」



「ふっ……ククッ」


堪えきれない、とでも言うように笑い出した目の前の“カタリナ”は、だんだんと髪が金色に染まり、蝋が溶けるように肌の表面が剥けていく。脱皮するかのように変わっていく姿を、リアは呆然と見つめていた。

そして、リアの記憶と一致する姿が現れる。

輝く長い金髪を1つにまとめ、ダークブルーの瞳がリアを真っ直ぐに見つめている。女性と見紛うほどの白い肌に中性的な顔立ち。すらりと長い足は濃紺のズボン、シャツはいつだって長袖。

リアが想いを寄せていた“エンツォ”が……目の前で笑っている。


「リア、君には思ったより手こずらされたよ。本当は、研究室に誘い入れたときに君が精神崩壊をおこしてレオの絶望する顔が見られる予定だったのにね?」


クスクスと笑うエンツォの目は笑っていない。


「どうして?ずっと、私の……」

「ああ、ずっと君のそばにいたよ?最初から、ね」


変化の呪文は、確かに得意な者がいる。けれど、それでも自分の気を完全に隠して2ヶ月以上も他人の姿を保ち続けることができる人間を、リアは知らない。

レオもリアも、城の中の誰一人、気づかなかった。

「俺は変化なんて小賢しい呪文は使っていない。憑依だよ。本物の……本人の身体を使うんだ。常に気を使う必要もないし、実際に動いている身体は俺じゃないから……誰も気づかない」


エンツォの言葉に、リアが息を呑む。

デペンデンシア――憑依の呪文。理論的に不可能だとされている呪文で、使えたとしても倫理に反する。養成学校で教えることもしないし、その存在すら知っている者は多くないだろう。


「どう、やって……?」


乾いた喉から押し出すようにしてやっと出てきたのはその一言だけ。

言い伝えには、生贄の身体に自分の精神をもぐりこませて、その者になりきることができる呪文だとしてあるが、人の意識は簡単に排除できるものではない。

身体と心は密接につながっていて、他の精神が丸ごと入り込もうとすれば普通、健康な人間からは拒絶反応がでるはずだ。

それに、1つの身体に2つの精神が入り込むことは不可能だ。単純にキャパシティを超えているだけでなく、意識が衝突してしまう。つまり……

「ねぇ、カタリナに君の護衛は務まっていたの?剣術だって俺の方がうまかった」


エンツォは、カタリナを殺めた。


「あぁ、誤解しないでくれ。俺は殺すつもりはなかったんだ。ちょっと身体を借りようと思っただけで、後で返そうと思ってた」

「何を、言って――」


信じられない。これが、エンツォ?


「本当だよ。ただ、初めて試した呪文だったし俺の理論もうまくハマらなかったみたいでさ……」


そのときのことを思い出したのか、エンツォがククッと笑った。


「君も察している通り、2つの精神が1つの身体に共存することは難しい。だけど、片方の精神を限界まで小さくすることでそれを可能にできると思ったんだ」


エンツォが両手の人差し指と親指でそれぞれ大小の丸を作る。


「カタリナの意識と俺の意識。2つの精神って、“光と影”みたいだと思わない?」

「やっぱり、ユベール王子も……」


リアの言葉にエンツォがニッコリ笑う。


「正解。ユベール王子に光の呪文を使って影を濃くしてもらったんだ。つまり、俺の意識が勝るようになった」


両手を重ね、右手の輪を小さくして左手の輪の中に入っているように見せるエンツォ。

「拒絶反応、は?」

「レフレクシオン」


反射の呪文――知識だけならば、リアにもある。


(そういう、こと……)


リアは拳をグッと握った。

光の呪文でカタリナの意識を陰らせ、更に反射の呪文でカタリナの意識に近づけたエンツォのそれを、カタリナの身体へと入れる。カタリナの身体はエンツォを受け入れたが、今度はほんの少し混ざっていた本物のカタリナの意識に……拒絶反応を起こし、カタリナの意識は死んでしまった。

意識が死ぬということは、(ニクタイ)を動かすものがなくなったということだ。もしかしたらエンツォがカタリナの身体を捨てた今こそ、カタリナが本当に死んでしまったというべき瞬間だったのかもしれない。


「私も、同じように隠されていたの?」

「そ。便利な呪文だよねぇ。何にでも効果があるだって」


エンツォは手を解き、「俺も使えるようになりたいなぁ」と言いながら、ソファに座った。


「まぁ、流動性のもの――気を隠すのは大変らしいんだけど、属性感知はある程度の距離がなければ出来ないわけだし、そんなの俺がレオたちを監視していれば解決だろう?」


つまり、エンツォは町で診療所を営んでいたリアに会いに来る傍ら、カタリナとしてずっとこの城にいたということ。


「ふふっ、リア、可愛い顔が台無しだよ。ほら、笑って。俺の話、楽しくない?」

「何が!?」


ちょっと遊んできたとでも言うように語られた人を殺めた話の、何が楽しいというのか。


「何って、そうだなぁ……」


エンツォは少し考えるような素振りを見せてから、リアに視線を向けた。


「予想外のことが起きるときは、楽しいよ?」

「予想、外?」


じっと、エンツォの視線がリアに絡まる。そしてエンツォを笑みを深め、リアのお腹を指差した。


「そ。例えば……リア、君がレオの子をその身体に宿していることとか、ね」

「――っ」


その瞬間、リアの身体がビクッと跳ねた。


「レオもセストも鈍いよね?まぁ、何度も体調を崩していたからわかりにくいっていうのもあったし、君も頑張って隠していたしね」


スッと、エンツォの瞳が鋭くなる。


「桃を残さず食べたとき、そうじゃないかって思ったんだ。君がレオに抱かれた日から計算しても、君の身体の周期は止まっていた。そうだろ?」


カタリナとしてリアの側にいたのなら、彼もそれに気づいて当然。


「抵抗の呪文には風の力が混ざっていたし。まぁ、あのときはイヴァンとかいうやつが手助けをしていたから、判断に迷ったけど。100%確信したのは交流会のとき」


突風がリアを救ったときのことだ。


「俺もちょっとイラ立っていたからさ、もうバレてもいいかなって結構大胆に行動したつもりだけど。カタリナの信頼は厚いんだね?皆、ユベール王子を疑ってくれた」


エンツォはクスクスと笑って、金色の髪を指に巻きつけて遊んでいる。その瞳は刃物のような光を称えてリアを見つめたまま。


「じゃあ、ノエ将軍も、あの花も……」

「ユベール王子がノエ将軍になってカタリナに花束を渡した。目撃者を作っておかないとノエ将軍に疑いの目がいかないだろう?」


なんという呪文なのだろう。こんなにも簡単に人を欺ける。それをユベール王子が使える。だが……


「でも、呪文使用時に放出する気は隠せないはずだわ」


体内の気の色や属性を誤魔化しても、使用中の流れ続ける気にも呪文をかけることは不可能だ。

常に流れ続ける気は見えなくても形を変える波のようなもの。元々定まっていない色や形を同じようにコントロールするには、同じように光の波長も常に変えなければならない。

身体の内側にも外側にもレフレクシオンを使い、同時にその外見をした者として怪しまれないように振る舞う。更に流れ出る気に当てる光も調節し続ける。マルチタスクなんてレベルじゃない。


「そうだね。でも光は“反射する”ものだ。ユベール王子の気は光属性」

「鏡……?」


リアが呟くように言うと、エンツォは笑みをこぼした。


「やっぱり君は優秀だね、リア。俺の風でユベール王子の周りに壁をつくる。まぁ、鏡の役割を付加するためにちょっと薬を使わないといけないんだけど、それに弾かれてユベール王子の気は外には出ない」


一定の範囲内に閉じ込められる気。その範囲外に居る者には察知できない。その壁がユベール王子の近くにあればあるほど、気を察知できる者は減っていく。

レオやセストが反射の呪文について知っていたとしても、呪術者本人の気が隠せないと思っているだろうから、ノエ将軍を疑わざるを得ない。

「あの花には何の呪文を?」


何かまたうまく仕掛けをして、リアに勘付かせないようになっていたのだ。そう思って問いかけたのだが、エンツォはフンと鼻で笑った。


「呪文じゃないよ」


それを聞いたときのリアの困惑した表情が面白かったのか、エンツォはまた笑う。


「品種改良だよ。綺麗だっただろう?苦労したけど、マルディーレとオーメンタールは色も綺麗に混ざってくれた」

「だから……見たことのない花だったの」


新種の花というのはあながち間違いではない。観賞用に作られたものではないけれど。

マルディーレ――呪いの花。その鮮やかな赤い色はとても美しく人目を引くが、毒を持っており危険な花だ。特に、呪いに反応してその力を増幅させる。

オーメンタールは効果を高めるための白い花をつける薬草。クラドールがトラッタメントを施す際によく使われる。

呪文はかかっていない。元々リアにかかっていた侵食の呪いに反応したマルディーレとその効果を更に高めるオーメンタール。

品種改良で形も色も全く別のものになっていたから気づけなかったのだ。

「どうして……どうして、こんなことをするの?」

「そんなの決まってる。復讐だよ。母さんが壊れたのはあいつのせいだ」


エンツォが吐き捨てるように言う。


「まぁ、あいつは俺が手をかける間もなく死んだけど。レオもさ、俺と違って将来が約束されていて、苦労も知らず、俺の存在すら知らず……暢気に恋愛にまで溺れて」


クッと、またエンツォが笑った。


「俺らは兄弟のはずだろ?母さんとレオの母親も姉妹だったんだろ?それなのに、なんでこんなに扱いが違う?」


その笑顔が……リアの心を締め付けた。


「母さんも俺も、あの忌々しい成金の屋敷で苦しんだ。挙句の果てに母さんは心を閉ざして。俺の、大切な、たった1人の――っ!」


エンツォが左手をサイドボードに向けて、同時にパリンとガラスの割れる音がする。写真立てが1つ、床に落ちた。リアがレオとレオの両親と一緒に写っていた写真。


「この力を使うたびに虫唾が走る。俺に王家の血が流れていると思い知らされる。黒い髪も、だ」


エンツォはグッと自分の長い髪を握った。綺麗な金色に輝くそれ。彼は、父親の面影を消したくて染めていたのだ。


「この、ダークブルーの瞳だけは母さんと同じだ。愛する人に捨てられた、可哀想な母さん……俺が代わりに復讐してやるとこの瞳に誓った」

  

「違う!オビディオ様はヒメナ様を見捨ててなんていない。2人は愛し合っていたのよ」


だからこそ、マリナは心を痛めて2人を結びつけた。でも、それは……未来に、エンツォの心に、影を落としてしまうことになってしまって。

リアは唇を噛んだ。どうしたら、エンツォは救われるのだろう。


「愛し合っていた?でたらめを言うな!」


エンツォが叫ぶ。瞳に映るのは、憎しみ、と呼ぶその感情。


「ならばどうして他の男の元へ行かせた?あいつが母さんを捨てたからだろ!だから母さんは……っ!」


一瞬だった。リアの目の前にエンツォが立ち、思い切り首を掴まれる。


「っ、ぐ……」

「いいよ、リア。どうせ最後だし、君には見せてあげるよ」


エンツォが小さく呪文を呟き、風の渦が彼の口内に渦巻いていく。

そして――


「んんっ!」


それを口移しで体内に入れられる。身体の中がゾワリと粟立って、気持ち悪い。風が全身を駆け巡って、脳を揺らすように吹き付けた。その波のような振動と共に、流れ込んでくる映像と音。

エンツォの、悲しい記憶――


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