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風に恋して  作者: 皐月もも
第四章:旋風と守りの風
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交流会

――風が、吹いている。

誰かが、笑っている。

リアは誘われるようにまぶたをゆっくり開けた。いつもと変わらない部屋。


(夢?)


それにしてはリアルな感覚だった。声がすぐ近くで聴こえて……楽しそうな、笑い声。


「リア、やっと起きたのか」

「え……?」


その声に、顔を上げるとレオが心配そうにリアを覗き込んでいた。

ハッとして枕元を見ると、開いたままの本が無造作に置かれている。また読書の途中で眠ってしまったようだ。


「あ、ごめんなさい……」

「いや、構わないが、お前やはり体調が――」


レオの言葉にリアは首を横に振る。体調が悪いわけではない……と思う。ただ、とても眠いのだ。


「でも、ずっと微熱が続いているだろ?」


そう言って、レオがリアの頬に触れる。

そう……かもしれない。

いろいろなことがあったから、あまり気にしたことがなかったけれど……平熱に戻らない体温に、いつのまにか眠ってしまうほどの抗えない睡眠欲。

そういえば自分の――

リアはもう一度首を振った。


「大丈夫、です。ごめんなさい、今すぐ支度をしますから……」

「リア、体調が悪いなら参加しなくてもいい」


急いでベッドから出ようとしたリアの手を、レオが掴む。

交流会――半年に1回行われるというヴィエント王国の各地区の統治報告を兼ねた親睦会。その催しについて説明してくれたとき、レオはリアを参加させたくないと言っていた。貴族たちの手前、それが難しいとも。


「本当に、大丈夫です。昨日のことで疲れてしまったみたいで……それだけです。それに、私が行かないと貴方が大変な思いをされるでしょう?」


リアはレオの手に自分の手を重ねて微笑んだ。レオを安心させるように。

レオがリアのことを気遣ってくれているのはわかる。だが、それでレオの王としての立場を揺るがすような真似はしたくない。

レオへの気持ちを認めた今、リアもレオの役に立ちたいと願っている。それに、交流会に参加したら少しは記憶が刺激されるかもしれない。

そうしたら、リアは必ずレオを思い出すことを選ぶから。

「俺は、お前の身体と心の方が……」


レオが口ごもる。


「大丈夫です。レシステンザも昨夜掛けたばかりで、しばらくは弱まりません」

「リア、でも……っ」


レオが言葉を失ったように固まる。リアがレオに抱きついたからだ。


「大丈夫、です……ね?」


そう、耳元で優しく囁いてリアは身体を離した。レオはそっとリアの頬に手を滑らせる。


「情けないけど、俺は……お前のことを守れるかどうか、不安なんだ。心配なんだ、リア」

「はい……でも、私も貴方の役に立ちたいから」


リアがじっとレオを見つめる。そして、引き寄せられるようにどちらからともなく唇を重ねた。最初は軽く、だんだんと熱を帯びて、深く絡み合う吐息。


「ん、はっ……」


リアがギュッとレオの肩にしがみつく。レオもリアの後頭部に手を回し、その存在をしっかりと確かめるように熱を分け合った。


「リアさ……」


そのとき、リアの後ろで扉が開いてカタリナの声がした。

レオがゆっくりと唇を離し、カタリナを振り返る。少しの間、彼女は身体を固くして立ち尽くしていたが、ハッと気づいたように頭を下げた。


「あ、も、申し訳ございません!あの、でも……そろそろお支度を始めませんと」

「あぁ、わかっている。後は任せる。俺は控え室に居るから」


レオが身体を離してリアの唇を拭ってくれる。リアは熱くなった頬を隠すように俯いた。それを見てレオがフッと笑い、こめかみにキスを落としてくる。

リアはますます頬が火照るのを感じた。カタリナが、いるのに……


「また、後で」

「は、はい……」


だが、レオはそんなことを気にする様子もなくリアの頭を撫でた。リアがなんとか頷くと、またクスッと笑って部屋を出て行ってしまうレオ。

残されたリアはどうしたらいいのかわからず、とにかく頬の熱を逃がそうと両手で包んだ。自分の手は、少しひんやりとしている。


レオが部屋を出て行って、カタリナが今日のために用意してあったドレスやアクセサリーを並べ始める。カタリナの後ろから入ってきた何人かの侍女が、それらをリアに身につけて髪型や化粧を整えて。

1時間後、淡い水色のドレスを纏った“ヴィエントの王妃”がそこにいた。

左の胸元には水色のバラ飾り、胸下の切り替え部分は白いリボンでスカートはレースやシフォンがふんだんに使われたプリンセスライン。

トルソーからスカートへと広がる部分は右側が長く、ドレープを寄せ、裾には白いレースでアクセントがついている。そこから下はレースやシフォンがふんわりと重なってボリュームたっぷり。

ふんわりと巻かれた髪を緩く結い上げ、輝くティアラをつけるとカタリナはほうっと息を吐いた。


「お綺麗ですわ、リア様」


カタリナにニッコリと笑いかけられて、リアは困ったような表情になった。


「あ、あの……」


スカートはボリュームがあって可愛いが、その分上半身のラインが強調されているような気がして恥ずかしい。


「リア様はスタイルがよろしいのですから、恥ずかしがることはないですわ」

「そ、う……ですか」


リアの言いたいことを察してカタリナが言う。どちらにせよ、もうドレスを着替える時間もない。


「さぁ、参りましょう?レオ様もお待ちです。きっと今夜は素晴らしいパーティになりますわ」



***



「まぁ!リア様よ!」

「おお、美しい」

「少しお痩せになったみたい。やはりご病気で……御可哀想に」


レオとともに会場へ入ると、すぐに2人に気づいた貴族たちの囁きがリアの耳に届く。

自分は体調を崩して故郷のマーレ王国で静養していたことになっていると話を聞かされていたから驚くことはないが、それでも自分の記憶にない人々が自分を知っているというのはやはり心地良いものではない。


「大丈夫か?」

「はい……」


レオが小さく聞いてきて、リアは頷いた。レオはそのままリアの手を引いて中央まで歩き、挨拶をした。レオが礼をするときは、リアもそれに倣う。


そして宴が始まった。

たくさんの貴族たちが次から次へとレオの元にやってくる。


「リア様、お元気になられて良かったわ」

「はい、ありがとうございます」


リアはレオの隣で微笑み、彼らの対応をする。といっても、ほとんどレオが話をしてくれるため、当たり障りのない返事をしながら笑顔を返す……それだけで良い。


「リア様、お久しぶりでございます。もうお身体はよろしいのですか?」

「えぇ……ご心配をおかけしました」


「ああ、レオ様、リア様、お久しぶりでございます」

「こんばんは」


――…

「リア、本当に大丈夫か?顔色が良くない」


貴族たちの挨拶が少し途切れたところで、レオはリアの手を引いて会場の隅へ連れてきてくれた。そこに並べてある椅子に座り、リアは気分を落ち着かせるように息を吐く。

どうやら人に酔ってしまった様だ。元々、大勢の人に囲まれるのは得意じゃない。それに今日はなんだかやけに匂いが鼻につく。振舞われる料理やアルコールの匂いに、香水……たくさんの匂いが混ざっていて、胸が苦しい。いや、胃がムカムカする、という表現が正しいのだろうか。


「ごめんなさ……人がたくさんで、少し酔ってしまったみたいで……」

「いや、もうほとんど挨拶も終えたし部屋に戻ろう」


その言葉に、リアは首を横に振った。

挨拶を終えたとはいえ、主催者であるレオが抜けるのは良くないだろう。


「少し、外の空気を吸ってきますから……貴方は戻ってください」

「でも……」

「大丈夫です。本当にちょっとだけ……すぐ戻りますから。ほら、あそこの方が貴方を探している」


リアがそう言って視線を向けると、レオもそれを辿って振り返る。確かに、その老夫婦はレオを見つけるとパッと笑みを浮かべて近づいてくる。


「ベルトラン卿……」


邪険にはできないその人に、レオはかすかに顔をゆがめた。


「私のことは心配しないでください」

「……わかった。でも、本当にすぐ戻って来い。いいな?」


リアは弱々しく微笑んで頷くと、レオの元を離れていく。その後姿を見つめながら、レオは言い知れぬ不安に駆られた。

何だろう。これが嫌な予感、というのだろうか。

やはり止めた方が――


「レオ様」


そう思ったけれど、それはベルトラン卿に遮られてしまった。レオはすぐに社交用の笑顔を貼り付けて彼らに向き直る。


「ベルトラン卿、奥様も、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


彼らの話が長くなることも、わかっていたのに――


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