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風に恋して  作者: 皐月もも
第四章:旋風と守りの風
15/37

侵入者

――それから数日後。

セストがマーレ王国から戻り、リアの部屋を訪れると彼女は眠っていた。セストの留守中に熱を出してから、レオが訪れても眠っていることが多いと聞いている。

熱はすぐに下がったとレオもイヴァンも言っていたのだが……


「セスト様」

「ああ、カタリナ。リア様はずっと眠っているの?」


セストの問いに、カタリナは困ったように頷く。


「はい。先ほどまで読書をしていらしたと思ったら、また眠ってしまったようで……」


カタリナの言葉通り、リアの枕元には開いたままの本があった。


「そう……」


セストはそっとリアのベッドに近づき、彼女の額に手を当てた。


(微熱……?)


ほんの少しではあるが、体温が高いように感じられる。


「ん……」


そのとき、リアが薄っすらと目を開けた。


「すみません、起こしてしまいましたね」

「あ……ごめんなさい」


リアはパッと起き上がると、セストに向き直る。


「レオ様から、リア様のところへ来るように言われたのですが……」

「はい。頼みたいことがあるんです」


そう、セストを見上げて言うリアの瞳はとても真剣だった。

「リア様、一体何を?」


セストは研究室に入って、迷わず奥の部屋へ入っていくリアを追いかけながら問う。

頼みたいことがある、と言ったリアのためにセストは研究室を開けた。奥の部屋はリアがよく使っていた研修室。治療の技術を磨くための場所だ。リアが棚からいろいろな道具を出し、テキパキと治療台に乗せていく。


「セストさんは、脳の仕組みについてどれくらい知っていますか?」

「え……?」


呆然とリアの様子を見ていたセストは急に問いかけられて呆けた声を出してしまった。


「あ、いえ、基本的なことは一応一通りわかりますが」

「では、記憶操作については?」


“クラドール”としてのリアが目の前にいる。久しぶりのその光景。


「本来の記憶に偽りの記憶を被せるように縫い付けることで、記憶を封じるのと同時に偽物を本物だと脳に錯覚させる、ですか?」


リアはセストの解答に満足したように頷き、台に並べた小さな球体に呪文で濾紙を貼り付けた。


「これが、そのモデルです」


そして、リアがセストと視線を合わせる。その痛いほどの眼差しの強さにセストは手に汗をかくのを感じた。

ああ、彼女は……


「この濾紙をキレイにすべてはがしてください」


レオは、リアが城で一番優秀なクラドールは誰かと聞いてきたと言っていた。セストだと教えれば会いたい、と。会ったなら頼みがある、と。そして……この状況。


「球体は綿でできています。その綿が少しでも濾紙についてきたり、濾紙が球体に残っていたり、破けたりしたらアウト。意味は、わかっていただけますよね?」


セストはゴクリと唾を飲んだ。

リアは本気だ。彼女はセストに記憶修正をマスターしろと言っているのだ。

球体は本物の記憶、濾紙が偽物の記憶。それらを完璧に分離する。それが第一段階。おそらく次は濾紙――偽物の記憶――を跡形もなく消し去ることを求められる。

とても、繊細な呪文治療。この模型のどれを崩してしまっても、脳に傷を作ってしまうことになる。


「リア、様」


セストが模型から視線を上げると、リアがフッと微笑む。

その意味は――

「思い出したいんです。何が本物で、何が作り物なのか、ちゃんと知りたい。それに……これ以上、待たせたくないの」


レオは、女神と人間の男の物語を知っていた。

自分の作った物語の続きだ。誰も知らないはずの秘密のハッピーエンド。

幼い頃、どうして2人が結ばれないのかと母親に聞いたことがあって、そのときに神様と人間は同じ世界に生きていないからだと教えてもらった。それなら、同じ世界に生きればいいと……男を精霊にした。

以前のリアがそれをレオにだけ話したのなら、彼は最初からリアの特別だったのだ。

そして、もう否定できない。リアはレオが好きだ。優しくリアを包んでくれる風の国の王に、恋をしている。

だから――

あるべき形へと、戻したい。すべてを思い出したい。

今、本物の記憶が自然に浮かんでくることがあればリアは迷わずそれを受け入れるだろう。けれど、それはとても長い時間がかかるように思う。リアとレオが過ごしてきた時間のすべてを封印されてしまっているようだから。

ならば、残された方法はただ1つ――記憶修正のみ。


リアの寂しそうな微笑みを見て、セストはグッと拳を握った。


「いつまで、ですか?」


セストはリアの目をしっかりと見つめ返す。翡翠色の瞳には、確かにレオへの想いが映っていてセストは今度こそそれを守らなければならないと強く思った。

レオはリアを守れなかったと、リアが姿を消してから自分を責めた。でもそれは、セストも同じことで……

王家専属クラドールとして、レオの側近として、エンツォに接する機会は多々あった。彼の計画を見抜けず、失踪を許してしまったセストもまた、自分を責めたのだ。

リアを連れ戻しても、記憶を失ってしまった彼女にレオが心を痛めるのを間近で見てきたのもセストだ。

そのリアが再びレオに恋をしている。レオのために――自分の主のために――記憶を取り戻したいと願う彼の大切な人。

レオに忠誠を誓う自分に、それを助けないなどという選択肢は初めからないに決まっている。何よりセストは、レオのそばで2人のことをずっと見てきたのだから。


「できるだけ……早く、お願いします」

「承知しました」


その日から、セストは少しでも時間があれば研究室にこもるようになった。

すべてはレオのため、彼と彼の婚約者のため――



***



「リア様、おはようございます」

「おはよう……」


リアが目を覚ますと、カタリナがいつものように朝食の準備をしていた。

ぼんやりとする頭で身体を起こし、シャワールームへと足を運ぶ。冷たい水で顔を洗うと少しだけ気分がスッキリした。

ホッと息を吐いて、テーブルにつく。パンケーキにたっぷりの蜂蜜がかけてある。淹れたてのミルクティーからは湯気が立っていて、リアはそれに口をつけた。


「セスト様から、研究室に来て欲しいとの伝言を預かっております」

「わかりました」


セストに記憶修正習得を頼んでからたった数日。もう第1段階をクリアしたのだろうか。やはり、リアの判断は間違っていなかった。

あの日、リアの前で1度試しにやってもらったときも、すでにかなりの精密さで球体と濾紙の分離をこなしてみせた。もし、セストに荷が重そうであれば精神的な分野に長けているらしいディノに頼もうかとも思っていたのだが。


「あの……もしかして、記憶を?」


カタリナがおずおずとリアに問う。


「はい。セストさんに頼みました。まだ少し時間がかかると思うけど、彼ならきっと出来ると思うから」

「セスト様は優秀なクラドールですからね」


リアの答えにカタリナが表情を緩める。


「私のことも、思い出してくださいね」

「うん……きっと、すぐに思い出せると思います」


リアが研究室に入り、奥の部屋へ進むと治療台の上にたくさんの球体と濾紙が散らばっていた。そのどれもが、完璧に分離している。


「すご、い……こんな、短期間で?」


リアが思わず声を出す。治療台の側の椅子に座っていたセストは立ちあがってフッと笑った。その笑顔には少し疲れが見える。


「リア様の頼みとあっては、手は抜けません」


セストの言葉にリアも微笑む。しかし、すぐに真剣な顔に戻った。


「では、次のステップですが……」


リアは治療台の上の球体と濾紙を再びくっつけて、くしゃくしゃに握りつぶした。でこぼこの歪な球体ができあがる。

セストの笑顔が引きつったように見えた。


「残念ながら……人の記憶がキレイな球体であることはありません」


これでもまだシンプルな形だと言える。


「今回は偽物の記憶を消す呪文もお教えしますから、同時に練習してください」


そう言って、リアは球体のひとつに手をかざした。すぐに球体と濾紙が分離し、濾紙が浮かび上がる。

「ディ・フジョーネ」


リアが呪文を唱えた瞬間、パッと濾紙が跡形もなく消えた。セストはそれを遠くの出来事のように感じた。

簡単に見えたけれど、気の練り方も、集中力も並大抵ではない。事実、一瞬の呪文であったのにリアの額には汗が滲んでいる。


「チャクラを擦り合せるように濾紙に入れるんです」


チャクラとは医療用語で気のことを差す。

セストは頷きながらも、改めて記憶修正の難易度に驚いていた。

理論的なことはリアが記憶操作されているとわかった時点で頭に詰め込んでいた。それでも知識と実践はまったく異なる。

元々器用なセストだが、球体と濾紙を分離させるのにこれでもかなり苦労した。執務の合間、睡眠時間を削っての鍛錬。ようやくコツを掴んだと思っていたが、甘かったようだ。


「無理を言っているのはわかっています。でも、貴方しか頼める人がいないんです。お願いします」


リアは呼吸を整えながらセストに頭を下げた。セストは力強く頷いて、早速鍛錬を始める。その横で、リアはセストに気の練り方などを丁寧に教えてくれた。

――その日の深夜。

リアは寝苦しさを感じて目を開けた。


(な、に……?)


何かがおかしい。

リアは違和感に部屋を見回すけれど、特に変わったことはない。それならば、リアの体調が悪いということなのか……

その原因を探ろうと目を閉じて意識を集中させる。


(――っ!?)


リアはバッと勢い良くベッドから降りて部屋を出た。その瞬間、リアの頭に激痛が走る。


「うっ――く、はっ」


その場に膝をついて片手を壁につく。


「っ、ぅ……レシストレ……っく、はっ、はぁっ」


抵抗の呪文を唱えると、少しだけ頭痛が引いた。

リアは這いつくばるようにして廊下を進む。ランプに火は灯っているけれど、太陽の光が差し込む昼間とは違って薄暗い。その上、頭に響いてくる声を聴くと不気味な迷宮に迷い込んだかのような錯覚に陥る。

抗わなくてはいけない。自分の中に、入ってくるこの“気”に。エンツォの……それに。

しかし、頭痛のせいでうまく気を練ることに集中できないために呪文の効果は薄いようだ。頭がガンガンして、一層大きく声が響いてくる。


――『リア。俺のことが好き、だろう?』


(違う!)


リアはグッと拳を握り、下腹部に意識を集中させた。水属性のチャクラの源――セントロと呼ばれる器官――はそこにある。できるだけ濃い気を練るように頭の痛みを忘れようと努める。


「……レシストレ、っ」


叫ぶように唱えるとスッと声が遠くなった。

その隙にリアは立ち上がり、出来る限り速く足を動かした。この状態は長く続かない。

レオは今夜留守にしていると言っていた。研究室へ行けば、誰かクラドールがいるかもしれない。いや、とにかく城の1階に行けば誰かに会える確率は高くなる。深夜とはいえ、働いている者もまだいるはずだ。

誰でもいい、助けを呼べる人に辿り着ければ――リアの意識が途切れるその前に。

しかし、ようやく階段までたどり着いたときには、また声が近くなって意識を保つのが精一杯の状態になってしまった。


(いや…………いや、誰か……レオっ……)


「レシ、ストレ……」


もう苦しくて呪文も途切れ途切れにしか口をついてでない。効果は半減以下。このままエンツォの気に意識を乗っ取られてしまえば、また記憶の拘束がきつくなってしまう。

忘れたくない。


(レオ……)


「リア様、ですか?」


その声に目を凝らすと階段下からイヴァンがリアを見上げていた。


「リア様!お加減が悪いのですか!?」


壁に背を預けて荒く呼吸を繰り返しているのがリアだとわかると、イヴァンは慌てて階段を上ってきてくれた。


「イヴァンさ……」


汗が額から流れるのを感じる。焦点がうまく合わせられない。だが、そのぼんやりとした視界でイヴァンがレオへの伝達をしたのが見えた。


「今、処置を……」


イヴァンがリアの手を取って脈を確認しようとして、リアはその手を掴んだ。

「リ、ア様?」


イヴァンは思いの外、強く握られた自分の手首を見つめ、それからリアへと視線を移した。苦しそうに眉を顰め、荒い息を吐き出しながらリアは縋るような瞳でイヴァンを見る。


「チャクラ、を……っ、う、ぐっ」


チャクラ――イヴァンは、リアは気が欲しいのだとすぐに理解した。先ほど階段下で微かに聞いた呪文は抵抗の呪文だったと思う。リアは何かに抗おうとしている。

状況は把握し切れていないが、リアが今、気をうまく練れない状態なのは明らかで、イヴァンのそれが欲しいと言っているのだ。

イヴァンは頷いて、リアの手を握った。


「承知しました」


目を閉じて集中する。

チャクラ変換は繊細なトラッタメントの一種。特にイヴァンとリアのように属性の違うチャクラを持つ人間間のそれは気をつけなければならない。異なる性質のそれを体内に大量に入れることは害にしかならないのだ。

幸い風属性と水属性の相性は良く、波長が合わせ易い。

イヴァンも完璧な変換ができるわけではないが、他属性に有害な影響が出ない程度の技術は持っている。

イヴァンはゆっくりとリアのチャクラを感じながら彼女の下腹部――水属性のセントロの位置する場所――に手を添え、丁寧にチャクラを送り込んだ。リアの波長に合うように自分のチャクラを変換しながら。そして――


「レシストレ」


リアがそう唱えた瞬間、イヴァンは浮遊感のようなものを感じた。ゾワッと身体の内部、内臓全部がざわめくような、そんな感覚が全身を駆け巡り、そして力が抜けた。


どのくらいの時間だろう、イヴァンはしばらくぼんやりと天井を見つめていた。


「あの……イヴァンさん、大丈夫ですか?」

「あ、はい。申し訳ありません」


リアの声にハッとして身体を起こすが、クラッと眩暈がして片手を床につき、もう片方の手で目元を押さえる。全身の力が抜けて廊下に倒れていたらしい。


「いえ、謝るのは私の方です。ごめんなさい、加減ができなくて……今、戻しますから」


そう言って、リアはイヴァンの胸に手を当てた。風属性のセントロが胸の中心に位置しているから直接送り込んでくれるのだろう。

それは、正確にイヴァンの波長に還元されている上に、イヴァン自身のそれよりも濃密に練られている。少量ですぐに眩暈も治まった。


「ありがとうございます。すみません、私の力不足です……」


リアの技術は桁違いだ。噂には聞いていたけれど、実際に処置を受けて身を持って知った。

自分の気を他人のそれに合わせることは高度な技術である。相性が良いとはいえ、他属性へのそれを寸分の狂いもなくできるクラドールがいるなんて。


「そんなことありません。私が使いやすいように、呪文も入れてくれたでしょう?」

「それは……」


イヴァンは完全にリアの気を再現することはできない。だから、せめて抵抗の呪文――最初からそれを混ぜて置けば、イヴァンの気とリアの気で効果が2倍になると思ったのだ。侵入しようとする1つの気に2つで対抗できるから。


「リア!」


そのとき、レオが息を切らせて階段を駆け上がってきた。今日は西地区の視察があるから帰りは朝になるかもしれないと言っていたのだが、先ほどのイヴァンからの連絡で急いで帰ってきてくれたのだと思う。


「リア、大丈夫か?」

「はい。イヴァンさんのおかげで……」


レオがリアに近寄って頬を両手で包む。


「お前、また熱が……」


そう言われてみれば少し体温は高い気がするが、ほんの少しであるし、最近それが続いているせいで慣れてしまったのか特につらくもない。


「でも、どうやって?」


確か今日向かったのは、西地区の中でも国境近く……すぐに帰って来られるような距離ではないはずだ。だからこそ、朝になってしまうかもしれないとレオは出かける前にリアに会いにきてくれた。


「あぁ……風を使って、帰ってきたから……」


一瞬で目的地まで辿り着ける呪文だが、人を運べるほどの風を巻き起こさなくてはならないために体力の消耗も激しいのだ。特に距離が遠いとそれに比例して疲れてしまうため、普段使うことはほとんどない。


「申し訳ありません。緊急事態だと判断しましたので……」

「いや、知らせてくれて助かった。とにかく、部屋に戻ろう。イヴァン、お前も来い」


レオに促されて3人はリアの部屋へと戻った。


「そう、か……今は?大丈夫なんだな?」

「はい」


リアの部屋、ソファに座り話を聞き終えてレオは息を吐いた。


「しかし、レシステンザもどこまで効果が持続するかわかりません」


イヴァンが自分の右手を見つめて言う。


「直接呪文を入れられていたら危なかっただろうな」

「間接的でもあそこまで強い気を入れるには、さすがにリア様に近い場所――たとえばこの城の中からでないと無理だと思いますが……」


先日リアがシャワー室に閉じこもったとき、イヴァンには簡単に事情を説明していた。

イヴァンやディノはリアとエンツォがいなくなって城に入れたクラドールだから、リアの記憶がないことにあまり違和感はないようだけれど。


「ああ、セストに調べさせていたんだが城には身元のしっかりした者しかいない」

「鍵を盗んだ侍女は……?」


研究室の鍵が盗まれた後、すぐに1人の侍女が捕まり追い出した。


「城への出入りを禁止したが……操られていたのだと思う」


やはりエンツォ本人が入り込んでいると考えるのが妥当だ。しかし、そうだとしたらどこに、どうやって潜伏しているのか。

城の警備はかなり厳しいし、セストの調べでも特に怪しい者はいなかった。レオもそれは確認している。呪文を使っていないときでも、集中すればその人間の気は感じ取れる。侵入者に気づかないことなどない……はずなのだ。

レオが考え込んでしまったとき、ふと肩に重みを感じて隣を見るとリアがレオに寄りかかって眠っていた。その頬に触れて、あどけない寝顔にフッと笑みが零れる。


「お疲れなのでしょう。私がリア様に気づく前にも、すでに何度か呪文を使っていたようですし」

「あぁ……」


強い呪文を使って疲れたのもあるだろうし、また熱もあるようだ。

レオはそっとリアの身体を抱き上げてベッドに運んだ。リアは少し身じろいだが、起きることはなかった。そのままシーツを掛けて額にキスを落とす。


「おやすみ……イヴァン、行くぞ」

「はい」


イヴァンもソファから立ち上がり、レオに続いて部屋を出た。


「あの、レオ様……」


リアの部屋を出たところで、イヴァンがレオに声をかけてくる。


「どうした?」

「リア様は……マーレ王国のご出身ですよね?」


イヴァンはそう言って、また自分の右手を見つめている。先ほどからずっと気にしていたようだったからレオも気になっていた。


「そうだが……?」

「先ほどリア様が呪文に私の気を使われて……その、私の中から気を受け取っていったときに風属性の力を感じたのです。リア様は水属性のはずですから、気になって……」


あのとき、イヴァンの身体に走った浮遊感のような感覚――風属性の呪術者から呪文を入れられるときの感覚と似ていた。たが、その後リアが気を送ってくれたときには、水属性特有の身体に水分が染み渡るような感覚で気が回っていった。

例えば両親のどちらかが風属性で、どちらかが水属性であるならば、その子供が2つの属性を受け継ぐことはある。しかし、リアの両親はどちらもマーレ王国出身で彼女は純粋な水属性のはずだ。


「リアが、風の力を?」


レオも怪訝な顔をしてイヴァンの話を聞いていた。


「はい……でも、私もかなりの量の気を送ってしまって意識を保つのが大変でしたし、私自身も呪文を使いましたので、思い過ごしかもしれません。変なことを言いました」


自分が呪文を使ったときのそれを感じただけかもしれない。イヴァンはそう思い直してレオに頭を下げた。


イヴァンと別れ、自室に戻ってきたレオはベッドの上でぼんやりと思考の海に沈んでいた。

エンツォはこの城にいるはず、なのに……どうして見つからないのか。もし、本当にエンツォがこの城にいるのなら、何か仕掛けがあるはずだ。

それに……リアから風属性の力を感じた、と言ったイヴァン。

リアが水属性であることはレオ自身よく知っている。幼い頃から彼女の呪文には強い水の匂いが含まれていた。風など、感じたことはなかった。

なぜ……?

そして明日――いや、今夜は交流会。先ほどあんなことがあった後で、リアを出席させたくない。エンツォが城にいるなら尚更。

しかし、それも許されない……

レオは大きく息をついた。考えることが多すぎる。

それに、風の移動呪文を使ったせいで身体が重い。普段、ここまで疲れることはあまりないが、西地区の国境付近からの距離はさすがに遠かった。レオが移動に風を使うのは他国の城へ公務で訪れるときくらい。その場合、城と城をつなぐ特殊な道が呪文で作られてあり、あまり体力を使わずに移動することが可能なのだ。

レオは片手で目元を覆って目を閉じた。

自分は……リアを守りきれるのだろうか、と。そんな不安を断ち切るように。



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