美味しいもの料理を作るために
「そんなわけで、魔王様は進軍を一時止めてくれるそうです」
「いやどんなわけですか!?」
「はっはっは。私の説得の賜物ですね」
魔王に頼んでみる、というジェイドの言葉は、果たされた。しかも、それは最高の結果となって。
どういうわけかはともかくとして、ジェイドは今しがた魔王に連絡を取り、あろうことか魔王軍の進軍を止めてもらったというのだ。それがどういうことなのか、素直に受け取るにはかなりの時間がいる。
「え、え、え? ホントに? お店を開くなんて理由だけで? え、わかんない。すんなり受け入れられない私がおかしいの? そもそも、どうやって魔王と連絡を?」
「秘密です」
ジェイドは、魔王様に今から連絡を取ります……と告げてから、少し離れた所でこそこそなにかをやっていた。その間に、魔王と連絡を取ったのだろう。
離れた位置にいる相手に連絡を取ること自体は、魔法でも使えば容易なことではあるが……
「いやいや、連絡手段は置いといて……え、えー……」
本当に、魔王軍が止まったのか。そもそも、お店を出したいから進軍を止めてくれ、なんて要求が本当に通ったのか確認する術はない。
もしかしたら、こちらを油断させるために嘘を……
「じゃ、次は食材の問題だね」
「そうですね。なにを作るかにもよりますが、私はヒスイが美味しいというらーめんなるものを、まず食べてみたい」
……そんな心配を、あの勇者はしていないようだ。
「あの、ヒスイ様? もっとこう、いろいろ慎重に……」
「あーアニーシャ。悪いんだけど、お城から食材うば……貰えないかな」
「今奪うって言おうとしました?」
ヒスイの頭の中は、すでに店……いや料理を作ることでいっぱいだ。アニーシャの心配なんて、微塵も感じていない。
というか、勇者の役目も果たさずに食材だけかっぱらおうというのか、この娘は。盗賊かなにかか。
「ダメです」
「ちぇ、あのときはいっぱいくれたじゃん。けち」
「暴れる誰かさんを鎮めるためにですねぇ!?」
けちと言われる筋合いはない。もし勇者としてのお役目を果たすためであれば、国も援助は惜しまないだろうが。
「はぁ……アニーシャ。私は無理やりここの連中に連れてこられたんだよ? なら私の頼みを出来るだけ聞くのが、せめてもの誠意ってもんじゃないの?」
「そ、それは……」
「ところでアニーシャさん、魔王様を説得できたら、そのもふ尻尾を存分にもふらせてもらえるという約束ですが……」
「そんな約束してませんけど!? なにを、あたかもあった事実のように捏造してるんですか! これまでの約14000字の中にそんな約束一言も出てこなかったでしょうが!」
ちょっと黙ってろ、と言わんばかりの視線をアニーシャは、ジェイドに向ける。というかこの男、だんだん本性を現してきたな。遠慮が無くなってきた。
ヒスイはヒスイで、まるで詐欺師でも相手にしてる気分だ。いや、彼女の言ってることは間違ってないし、誠意と言うならその通りなのだが……なんかこう、本人に言われると……
「ぜぇ、はぁ……」
「どうしたのアニーシャ、そんな興奮して」
「そうですよ、麗しい女性がはしたない。それとも、発情期ですか? それなら仕方ない、もふもふしますよ?」
なにがそれならで、なにが仕方ないのか。もう欲望だだ漏れだ。
……この数分で、ずいぶん老けた気がするアニーシャであった。
「誰の、せいだと……あと、ジェイドさんは離れてください」
「照れ屋ですね」
……ほんの数十分前は、もっと紳士だった気がするのだが、気のせいだろうか。とうとう、アニーシャには記憶障害まで起こり始めているのかもしれない。
「ま、だめって言うなら仕方ないか。ショッピングのお時間だ」
「しょっ……つまり……?」
「買い物だよ。ラーメン作るのに欠かせない麺。これの材料が小麦粉なんだけど、小麦粉がこの世界にあるのかどうか……いや、仮にも麺を使った料理なんだ、似たものはあると考えて良い。となると、小麦粉なるものを売ってる店を探さないと」
なにやら一人でぶつぶつ言っていたヒスイだが、方向性は決まったらしい。まずは、食材集め……そのための、買い物だ。
ちなみに、この世界に召喚された時に、52円の手持ちがあったが、世界が異なるため当然というべきか、使えない。なので、召喚された際にいただいたお小遣いを使うことにする。どのみち52円ではなにも買えない。
なお、52円の中にはギザ十があるが、本人は気づいていない。
「さてと、じゃ始めますか。異世界での初めての、買い物を!」
「イセカイ?」
「なんでもないです!」
そしてヒスイは、買い物を始めた。言葉は通じるが文字は読めないので、アニーシャやジェイドのサポートを受けながら。ジェイドには文字を読めないことを怪しまれたが、田舎者というお約束設定で通した。
他にも、ヒスイが出したお金があまりに高額過ぎて驚かれる一場面や、ジェイドが店のものをつまみ食いしたため買わざるを得なくなった一場面、ジェイドが店員の尻尾をもふり始めるという奇行に走る一場面等々があったが、割愛する。
「よっし、こんなもんかな。結構品揃えが多くて助かったよ。お肉にお魚、ネギに調味料なんかも」
「いやぁ、ホントに……よかったですよね。特にあの艶やかさは、あの店でしかお目に掛かれない一品で……思い出しても、涎が……」
「ジェイドさん、魔族ってこと関係なく豚箱にぶちこみますよ?」
互いに満喫し、満足な様子のヒスイとジェイドだが、その言葉の意味するところは正反対で違う。
奇行種ジェイドと、それを止めるのにいっぱいいっぱいのアニーシャ……結局、真面目に買い物をしたのはヒスイだけであった。
「そ、れ、でぇ……料理する場所なんだけどぉ」
ヒスイが、甘えたような声で、上目遣いで、アニーシャを見る。
「お城のキッチン、使えなーい?」
「その声やめてください虫唾が走ります」
「ひどい!」
とはいえ、食材が揃っても、料理をする場所がなければどうしようもない。そのために、食材が無理でもせめて城のキッチンが使えないかと思うのだが……
「それなら、私が借りている家に行きますか? 一通りの道具なら、ありますよ」
「え、ほんと!」
「!?」
ジェイドのまさかの申し出……ヒスイにとってはありがたく、アニーシャにとってはなんで魔族が家借りてるんだ、と目を丸くするものであった。




