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行動目標 状況把握

二千十七年十月三日 午前六時三十分


 集団でいる事の心強さを改めて実感しながら眠りに着いたのだが、物音で目が覚めてしまった。

 気になって天幕から外へ出てみると、数人の自衛官と警察官が走って行った。

 その中に後藤先生、もとい、後藤三等陸佐(少佐)を見つけ、何があったのかを聞くことにした。

「なにかあったんですか?」

「東ゲートでトラブルらしい。人手不足なんだ」

「オレも行きます」

 東ゲートに到着すると、既に事態が収拾されたようで、血だまりがいくつかできていただけだった。

「ナナ?」

「ん? ああ、来たんだ」

 見慣れた顔を見つけ、声を掛ける。

「何があったんだ?」

「バリケードの補強作業中に何体かに侵入されたの。すぐに収まったんだけどね」

「あなたが収めたんでしょ」

 昨日の女性自衛官が会話に加わる。

「どういう事ですか?」

「だって他に人いなかったし」

 答えたのはナナだった。

「それでも、よ。民間人に銃を撃たせるわけにはいかないの。分かるでしょ?」

「それなんだが、少し、来てほしい」

 後藤三佐に呼ばれる。

「昨日指揮官と話し合ったんだが、やっぱり民間人に戦わせるわけにはいかない」

 やはり装備は没収だろうか。なんとなく分かってはいたことだが、やはり銃が手元に無くなるというのには不安がぬぐいきれない。

「装備一式は返還してもらう。しかし、だ。ここには自衛官と警察官、たまたま居合わせた民間の警備員をあわせても三十人もいない。少しでも戦力が欲しいんだ。かといって、君達を勝手に自衛官にするわけにもいかない。あやふやで悪いんだが、我々の協力者、ということにさせてもらいたい。もちろん装備は貸与する」

「いいんですか?」

 思いもよらない答えに、少し動揺しながらも答える。

「いいのよ。頼まれてるのはこっちなんだから」

「じゃぁ、お願いします」

 こうして、オレ達は自衛隊と警察等の混合部隊にはいる事になった。

「それじゃ、ここの指揮は私が任されてるから。よろしくね。そういえばまだ自己紹介してなかったわね。中央即応連隊所属の仙田ミスズ一等陸尉(大尉)です。よく緊張感が足りないとか言われますけど、そんなこと無いですからね。あなた達の装備は向こうのテントの中だから、取ってきてね」


 テントの中は武器庫になっていて、オレ達の物は端に避けられていた。

 弾倉を89式に差し込み、初弾を装填して安全装置を確認する。

 拳銃も同様にセットする。

「ここ、武器庫みたいだけど、少ないわね」

 ナナに言われ、テントの中を見回してみると、確かに銃や弾薬が少ないように思われた。

「むしろよくここまで集まった、とも考えられるけどな」

「確かにそうなんだけどね」


「こういうバリケードで確保された場所って、他にもあるんですか?」

「ええ。いくつか連絡がついている所もあるわ。ただ、どこも小規模で人員、武器も不足しているみたい」

「じゃぁ、合流して、戦力を集めた方がいいんじゃ……」

「確かにそうなんだけど、まだ危険を冒してまで移動しないといけないような緊迫した状態ではないみたい」

 仙田さんの話を聞いていると、どうやら思っていたほどの危機ではないらしい。

「っと、そろそろお昼ね。私はここで済ませるけど、あなた達はどうする? 一度お仲間のところに戻る?」

「わたしもここで頂く。もうすこし話していたいし。君はどうするの?」

「オレもここで頂くよ」

 と、自分も残ったはいいのだが、ナナと仙田さんは仲良さげに話しており、完全に一人で食べる事になっていた。

「やっぱり髪の毛は短いんですね」

「目にかかるとサイティングのときに邪魔になりますから。水月さんは前髪、少し目にかかるようですけど、邪魔じゃありません?」

「それが、前はヘアピンで留めてたんですよ? なのにピッキングに使われちゃって」

「琴平君に? 凄いじゃないですか」

「おかげで前髪が邪魔です。ハサミ持ってませんか?」

「うーん、持ってますけど、水月さんはそのままの方が可愛いですよ。そうだ、よかったらこれ、使ってください」

 仙田さんが取り出したのは、白い花をあしらったヘアピンだった。

「あ、ありがとうございます。でも、仙田さん、必要ないですよね? なんで持ち歩いてるんですか?」

「お守り……みたいなものですかね。貰ったものなんですけど、私じゃ使い道がなくて。誰かに使ってもらえた方がいいんです」

「そう、ですか。わたしからもなにかあげられるものがあればいいんですけど…………」

「いえいえ、いいんですよ」

「うーん、じゃぁ、これ、貰ってもらえますか?」

「「え?」」

 静かに会話を聞いていたオレだったが、ここだけは仙田さんと反応がかぶってしまった。

「メガネ、は、無いと困るんじゃ?…………」

「わたし、別に視力は悪くないんですよ? むしろかなり良い方です」

「じゃぁ、なんでずっとかけていたんですか?」

 仙田さんの質問に、ナナはすぐには答えなかった。

「…………昔、中学三年生の夏休みに、事件に巻き込まれて、ずっと地下に監禁されていたんです。それで、紫外線カットのメガネなんです。本当はもう何ともないのに、どうしても捨てられなくて。貰って、くれますよね?」

 仙田さんがこちらに目配せするが、オレも初耳だった。

 どういっていいか分からずにいると、仙田さんは何も言わずに受け取り、元々ヘアピンの入っていた胸ポケットにしまった。


「仙田一尉、後藤三佐がお呼びです」

 しばらく無言の時間が過ぎた後、仙田さんは本部テントへと行ってしまい、ナナと二人になってしまった。

 監視警戒要員なので、バリケードの外を見張る以外には特にやることも無く、気まずい時間が流れていった。


「あの、さ。聞きたい?」

 夜、テントに戻る前にナナが切り出した。

 ナナの過去に興味が無いと言えばうそになるが、聞いてもいいものなのだろうか。

「ううん、違うの。聞いて欲しい、の」

 断る理由は無かった。

 うなずくと、ナナは野外入浴セットのテントの方へと歩き出した。

 時間が微妙に早かったからか、他に人はいなかった。

 テントに着いた後もナナはすぐには話しださず、まず服を脱ぎ出した。

 どうしたものかと目を背けて考えていると、水音が聞こえてきた。

 ナナが何を考えているのかは分からなかったが、どうやらここで話すらしい。

「君も入りなよ。まだ誰も来ないから」

 しばらく迷ったが、このままでは話も聞けそうにないので、仕方なく反対側の湯船に、ナナに背を向けるようにして浸かった。

「ねぇ、こっち向いて」

 恐る恐る振り向く。

 湯気の奥に、ナナの背中があった。

 ナナがゆっくりとこちらへ振り向く。

 紳士なら再び目を背けるべきなのだろうが、オレにはそれが出来なかった。


 ナナの左肩から胸にかけて、大きな裂傷があった。




次回(予定)「VP」

更新は遅ければ9月になるかもしれません。

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