第104話
「ねぇ、お母さん。おかしいとこない?」
「ないわよ。きっと今日は、世界で一番あなたが綺麗よ」
姿見に映る私は、完璧に作られたものだった。母と母のお友達などによって。
私としては、もっとシンプルであまり派手じゃないものが良かった。
「……もっとシンプルなのが良かったのに」
ぼそりと呟く私に、母はクスクス笑うだけで取り合ってはくれない。
「綺麗綺麗っ」
私は母の着せ替え人形みたいなものかもしれない。
「青君。喜んでくれるわよ」
「そうかな?」
「そうよぉ」
青の名前を出されてしまうと、それ以上の文句は言えなくなってしまう。
青が喜んでくれるのなら……。
そう思ってしまうのが乙女心というものだ。いくつになっても、どんなに一緒にいても私の乙女心は消えないだろう。青といるかぎり私は乙女のままなのだ。どんなに年老いたとしても。
コンコン。
ノックの音に母が返事をすると、ドアの向こうから青の声がした。
「どうぞ」
青が入ってくるのと入れ替えに、母が気をきかせて席を外した。
姿見の前で佇む私を見て、青は足を止めた。
「青?」
「ふっ、今、息出来なかった。あんまりに紅が奇麗だから、呼吸することさえ忘れてたよ」
くつくつと可笑しそうに笑うと、私の元に青が近づいてくる。
私と同様、着飾らせられたのであろう青の姿は、まるで王子様のようで、青が王子様であるのなら、私はお姫様なのであって、でも私はお姫様って感じのタイプではないので、二人並んだらつりあうのかしら、などと頭の中でくだらないことを考えながら、一歩一歩近付いてくる青の姿を夢見心地で見ていた。
その光景は、夢か幻かと疑いたくなるほどに美しかった。
青は白いタキシードがよく似合う。
漸く私の前に辿り着いた青に、大事に抱き締められ、私の心臓は壊れそうに高鳴っていた。
「紅。とっても奇麗だよ。やっとこの日が来た。やっと紅が俺の奥さんになってくれる」
今日、この日、私は青の妻になるのだ。
母達の着せ替え人形にされ、出来上がった純白姿の私は、見た目だけで言えば、本当にお姫様みたいで、自分ではないみたいだった。
普段、あまり堅苦しい服に袖を通さない青も(学校の改まった行事の時しか着ない)、今日は純白タキシードがきまっている。
いつも以上に胸が高鳴るのは、普段は見ることのできない青のこんな姿を見れたからなのだ。
「今日から青の奥さんなんだね」
名取さんと奈緒さんに会って話したあの日から、3ヶ月が経っていた。
私としては、秋くらいの挙式になるだろうと思っていたのに、秋が来る前に挙式となったのは、全ては母の行動力の賜物である。
私と青が結婚を決めてからの母は、予想通り、行動の速さと言ったら目を見張るものがあった。私達が何もしなくても、着々と決まって行くのだった。
私も青も母がそうしたいのならと、あまり口出しをしなかったのだが、ドレスに関しては、もっと口出ししておけば良かったと今更ながらに後悔している。
だが、こうして、青が奇麗だと褒めてくれるのなら、ちょっと派手なこのドレスも悪くはない。
結婚行進曲のオルガンのメロディーが鳴り響いた。
扉が開かれ、一斉に出席者たちが私に注目した。
席の一番後ろの位置に緊張気味な様子の健二さんが私を待っていた。
健二さんが手を差し出し、私はその手を取った。そして、二人並んで歩きだした。
ヴァージンロードを健二さんと歩きたいとお願いした時、健二さんは涙した。健二さんは戸籍上、私の父ではないかもしれないが、私の中で今、あなたのお父さんは誰ですか? と聞かれたら、健二さんだと答える。健二さんとヴァージンロードを歩きたかった。
その話をしている間、母は健二さんの隣りでひっそりと泣いていた。
出席者の拍手の中を私と健二さんはゆっくりと一歩一歩歩いて行く。
見ると富ちゃんが涙しながら微笑んでいた。聡さんが富ちゃんの背中をそっと撫でていた。富ちゃんは4月に結婚して、お店で盛大な二次会が開かれた。その時の富ちゃんも息を飲むほどに奇麗だった。
その前の列にはななちゃんとオジサンがいた。ななちゃんは一生懸命拍手をしてくれていた。オジサンはまるで自分の娘を嫁に出すように、むせび泣いていた。ななちゃんがそんなオジサンを少々呆れ顔で見ている。
名取さんと奈緒さんが微笑みを浮かべて私を出迎えてくれていた。二人の笑顔がとても嬉しい。
あの後、奈緒さんから絵本の感想を頂いた。涙で最後まで読むのに苦労したと言ってくれた。必ず一日一回はあの絵本を読んでいるとまで言ってくれた。両親を想って悲しくなる時、必ずあの絵本を開くのだと。
マスターが満足そうな微笑みを向けている。私のお兄さんみたいな人。私の大好きだった人。私が悩んでいる時、必ず肩を押してくれる人。私を好きだと言ってくれた人。マスターには、感謝の想いしか見当たらない。心強い私の味方。
お父さんが、マスターの隣りでひっそりと隠れるように私を見ていた。
隠れなくてもいいのに。お父さんは、私の本当のお父さんなんだから。一時は本当に憎いと思ったこともある。だけど今は、お父さんにも感謝している。私の為に沢山無理をしてくれていたことを、今の私なら理解できるから。もう、責めたりしない。
一番最前列に、母と桔梗さん、お母さん、紫苑さんが並んでいる。
桔梗さんとお母さん、紫苑さんと私と青、この5人で今は暮らしている。お母さんの表情は、日に日に明るくなり、桔梗さんが言う元気だった頃のお母さんに戻りつつある。もう一度教壇に立ちたいと言う意欲も出て来ている。
紫苑さんは、ななちゃんとこの会社で社員として働くことになった。こっそり紫苑さんから聞いた話では、紫苑さんの夢は今村先生のような作家になることなんだそうだ。恥かしいからみんなには口止めされているけど。きっと紫苑さんなら出来るような気がする。
目を上げると、青がそこにいた。
ヴァージンロード。その道はまるで私が今まで歩いていた人生の道。
今、私は健二さんの手から青の手を取る。
ここからは、二人新しい道を青と行くのだ。
大事そうに私の手を取る青を見上げる。
青となら何があっても大丈夫。
私達の未来は、とても輝いているように見える。
ねぇ、青。そうでしょ?
私には、沢山の気の良い仲間がいる。味方がいる。見守ってくれる人達がいる。
そして、私には青、かけがえのないあなたがいる。
あなたがいる……。
~~end~~
ここまで付き合って頂き有難うございました。
何の気なしに始めたこの話が、私の作品の中で一番長い話になりました。私としても予想外でした。
評価及び感想を頂けると嬉しいです。
少し長めに休みを取って、4月26日から新しい話を始めようと思っています。題名はまだ未定ですが、ファンタジー風の恋愛小説にしようと思っています。
よろしかったら、また読みにいらして下さい。
有難うございました。




