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「お嬢ちゃんがカッコよくてもう少し若かったら惚れてたぜ」
「ほら、飴ちゃんってうわ! 溶けてる!」
「当り前だろ! ずっとポケットに入れてんだから!」
「お二人の家族には良い医者を見つけておくんで」
「お嬢ちゃん、そんなこたぁしなくていいぜ」
「そうだ、危ないことして手っ取り早く金を稼ごうとした俺たちが悪いんだ」
「一番悪いのはピンク頭たちですから」
「いや、乗っちまった俺たちも悪いからな」
「婚約者かっこいいんだからこれから仲良くしろよ!」
ケンさんとゼンさんが騎士に連れていかれる前にそれぞれと話して抱き着く。
手にはもらった溶けかけた飴。なぜか心には共闘した達成感。
二人が騎士に連行されていく後ろ姿にうっかり涙が出た。ちょっと情緒不安定かもしれない。
「なんで俺は叩かれたのに、誘拐犯とは抱き合っているんだ?」
「いやー、こんな藁だらけの小屋でキスって嫌じゃないっすか、普通」
「そうですよ、坊ちゃん。デリカシーの無さが原因でしょう」
「泣きたいのは俺の方ですよ、なんで誘拐犯よりも護衛の俺の方が信用されてないんすか……」
「なんかやらかしたんじゃないの?」
そんな声が後ろで聞こえるが、スルーした。
怪我がないかマリーさんにしっかり確認されて、荷馬車ではない馬車に乗って公爵邸に戻る。さすがにまた仕立て屋に行って試着の続きします、なんてことはない。
行きは誘拐されて興奮してたけど、帰りの馬車ってこう……ユージーン様を叩いてしまったせいか気まずいですね。ここは、空気を読まず寝てしまうべき?
「ピンク頭がペラペラ喋った家にはもう騎士を向かわせている」
「早いですね」
「第一王子もすぐ見つかるだろう」
ピンク頭は私にモヒカンにされそうになったせいか、それとも自分の立場が危ういと悟ったのかペラペラ協力者の名前を挙げていた。
呆気ない。なんというか、こう、もうちょっと第一王子やピンク頭には頑張ってほしかった。ピンク頭にはあんなにペラペラ喋らないで欲しかったし、なんなら第一王子がカッコよく助けに来るとかさ……。
なぜか敵側にカッコよさを求めるウィロウ・バートラム。
「そういえば聞き覚えのある男爵家の名前がピンク頭から挙がっていた」
「ピンク頭の実家ですか?」
「いや……辺境の男爵家だ。災害の被害にあった」
「もしかしてルドヴァー男爵家ですか?」
「そうだ、あの目安箱に投書をした男爵令息の家だ」
「そうですか……」
「ピンク頭の話では、災害補助金の遅れが今の王への不満になったんじゃないかと」
私にはそれが何よりもショックだった。
あのルドヴァー男爵令息を焚きつけて投書をお願いしたけど、第一王子に加担するほど彼の家が不満を抱えていたとは思っていなかった。
「ウィロウのおじい様は領民を守るために借金をした。それは誰でもできることじゃない。誰だって国を恨むだろうし、金を貸してくれなかった他の貴族を恨むだろうし。それが今回のようなことに繋がることもある」
「はい」
「とりあえず帰ったら災害補助金に関する新しい部署の件でケネス殿下を急かしてやろう」
ユージーン様は気を遣ってくれているのか茶化したように言う。
「誘拐された恨みがあるので殿下を三発殴りたいです」
ピンク頭には十分やり返したからいいかな。ボンボン王子にはモヒカンになってもらおうか。
「アーロンに殿下を抑えててもらうか。多分ネメック嬢も許可をくれるさ」
ユージーン様が流れるように私の手を取り、顔を近づけてくる。
「キスで誤魔化す気ですか?」
「そうじゃないっというか、なんで俺が叩かれたのに誘拐犯とは抱き合ってたんだ」
「あの二人はうちに来てた借金取りだったんで。飴ちゃんくれたこともあります。懐かしさとあの場のノリですね」
「ノリか……」
「一応私も怖かったんで。人間性の分かる知り合いがいて嬉しかったといいますか……変なテンションでしたね」
よく考えたらピンク頭の足に噛みついたり、髪の毛引っ張ってモヒカンにしようとしたりって冷静じゃなかった。
「悪かった。未然に防げなくて」
ユージーン様にまた抱きしめられる。小屋では藁や古臭い臭いで分からなかったが、ユージーン様もちょっと汗をかいているようだ。ボンボンのこの人でも慌てたり、焦ったりしたのかなぁ。その様子を見れなかったのは残念だけど、ちょっとだけ嬉しい。
「キスしてもいいか?」
「わざわざ聞くんですか」
「誤魔化すなと言うからだ。さっきは叩かれたし」
「さすがにあの小屋でファーストキスっていうのはムードがないですよ。一応、私乙女ですし? あの時は緊急戦闘モードでしたし?」
「まぁ、それもそうだな……とにかく無事で良かった。ほんとに……焦った」
顎にユージーン様の指がかかる。
ムードに流されたというか、ちょっと余裕のないユージーン様にほだされたというか。今度は叩かずに大人しく目を瞑った。
ゴチッ
馬車の揺れでお互いの歯がぶつかる。
「いったぁ……」
「ぶぶっ」
あまりの決まらなさに痛がった後、二人で笑う。舗装の悪い道を走る馬車の中でキスはするもんじゃない。




