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公爵家の護衛であるパトリックは顔には出さないものの、目の前の状況に混乱していた。
実は庭師兼影なのだが……ハイキングの時は護衛騎士として、そして今日は平民に扮して陰ながらユージーンとその婚約者の護衛をしていた。
今回護衛をしている人数ではあの状況で誘拐を阻止するのは難しく、さらに状況を把握するために一緒に攫われたのだ。
それなのにだ。
ウィロウ・バートラムは誘拐犯二人と顔見知りのようだし、ここにいるはずのないピンク頭まで出てきている、一体どうなっているんだ。
「復権ですか?」
「フッケン? フッキンよ! フッキン! ワタシのダーリンが王太子に返り咲くのよ!」
「学園の時にダーリンって呼び方でしたっけ?」
ウィロウ・バートラムの緊張感の無さはなんだ? アホなのか? 誘拐されているって分かっているのか? ペラペラとピンク頭と普通に喋ってるんじゃねぇ。
そもそも、俺を見る目が完全に疑いの目であるのも気になる。なんで?
公爵家の影だとバレていないなら、俺は巻き添えを食らって誘拐された哀れな平民男に見えるはずだ。
もしも万が一俺の特徴のない顔を覚えられていたとしたら、俺を見て「味方がいる」と安心するはずだろう。
それなのに、なんだ? あの猜疑心の塊のような目は?
しかも今は絶対俺の存在忘れてるよな。
「結婚の約束をしたからダーリンよ!」
「え? どこで約束したんですか……」
「ワタシたち、ヒミツの手紙のやり取りをしていたの! ちょっと! 早くこいつら殺して!」
パトリックの混乱をよそに二人の会話は続いており、同じく混乱していた刃物男をピンク頭は急かした。
第一王子の行方はまだ掴めていない。
とっくに死んでるのかもしれないが、死体が出ていない以上捜索は続いている。王都を中心に捜索していたので、まさかピンク頭がオールドリッチ公爵領にいるとは思わなかった。
ピンク頭は第一王子と一緒にいるか、実家が匿っているかだと思われていたからだ。
そんな中、パトリックとジョージが二人の護衛についていたのは長の判断だ。その判断が正しかったと言える。
「きゃあっ!」
パトリックがこれからどうしようか素早く考えを巡らせていると、ピンク頭の悲鳴が聞こえた。
「二人とも! 早く逃げて!」
パトリックは緊迫感?のある現場だというのに、顎が外れかけた。
ウィロウ・バートラムが手を縛られているにも関わらず、ピンク頭に体当たりして上にのしかかっているのだ。
え? ちょ、あんた。この状況で何やってくれちゃってんの!? ここはおとなしくユージーン様による救助を待つのが筋だろうが! ピンク頭も他も刺激せずに黙って待つのがセオリーだろ!?
「いったぁ!」
ウィロウ・バートラムは、自身を押しのけて立ち上がろうとしたピンク頭の足に今度は噛みつく。
まじでどうなってんの、この人?
誘拐犯二人はぽかんとしていたものの、刃物男めがけて走り出した。
仕方ないよな、そっちにしか出入口ないし。
パトリックは縛られていた縄を難なく抜けた。いつでも抜けられたのだが、タイミングをうかがっていたのだ。ちなみに、今のタイミングは最悪の部類だ。
誘拐犯二人が逃げたら、ピンク頭と刃物男はこんなことをしたウィロウ・バートラムに危害を加えようとする可能性がある。それは避けたい。
だが、パトリックの予想はあっさり裏切られた。
「てめぇぇ! 騙しやがったな!」
「薬代をよこせぇ!」
誘拐犯二人は逃げず、果敢に刃物男に襲い掛かった。
え、まじで? ってかそいつは刃物を持っているだけで金は持っていないと思うんだが。
頭の中で盛大にツッコミを入れながら、パトリックはウィロウ・バートラムの髪をつかんで引き離そうとしているピンク頭の首に手刀を入れて気絶させる。
「ぎゃあ!」
後ろで男の悲鳴が上がる。彼女の手に食い込んでいた縄を素早くほどくと、パトリックは刃物男を取り押さえに行ったが――パトリックの出る幕はなかった。
ケンさんだかゼンさんだか忘れたが、一人が切り傷を負っているものの刃物男は殴られて伸びている。
「あなたって味方だったんですね、ハイキングの護衛さん」
え、ピンク頭をのして縄まで解いたのになんで疑っているような目で見られてんの、俺。しかもハイキングの時の護衛ってバレてるし。特徴のない顔を覚えられるのは嬉しいような、影として悲しいような。
「お嬢ちゃん、なんで俺たちを逃がそうとしたんだ?」
誘拐犯が刃物男を縛りながら、そうしてもう一人はそう深くない怪我を止血しつつ他に協力者がいないか外を確認しながら、二人とも不思議そうにウィロウ・バートラムを振り返る。
「飴ちゃんの恩を返しただけです。私、食べ物の恩は忘れないので!」
なんなの、この人。そんな飴ちゃんって誇らしげに言うことなの?
しかも誘拐犯二人涙ぐんでるのなんで? どうして三人でヒューマンドラマやってんの?
パトリックの頭はキャパシティーをオーバーした。
頭はショート気味でも体に染みついた動きはできる。黙々とピンク頭を縛り、起きたらうるさそうなので猿轡を噛ます。他に敵の気配がないことはとっくに把握済みなので、外に出る必要はない。
「どうします? 荷馬車でお店まで戻ります?」
「敵の動きが分からないのでやめてください」
え、俺って常識的なことを言っただけだよね?
なんで三人ともそんな目で俺を見るわけ? しかもなんでこの婚約者さんは公爵家の護衛の俺よりも誘拐犯二人を信用してるわけ?




