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いつもお読みいただきありがとうございます!
ちょっと長めです。
さて翌日、案の定ユージーン様は筋肉痛でした。
「どうしてあの山に登ったのにそんなに平気なんだ……」
そんなに落ち込まれても。あの山って別に熊も出なければ猪もいなかったですよね。険しいところもあったけど、獣道だらけというわけでもない。
「田舎出身なので」
「まぁまぁ、ウィーちゃんは体力があるわねぇ素晴らしいわ! ユージーンは立つのもやっとだから今日は私と公爵家の領地の勉強がてらお出かけしましょう!」
「一緒に行きます」
「その足で?」
ユージーン様、足が生まれたての子鹿。どんだけお坊ちゃんなんだ。
「あの山はこの辺りでは結構険しいのよ。ユージーンがあれほど体力ないとは思ってなくって~。学園に入ってからなまってるわね」
公爵夫人は私と腕を無理矢理組んで連行しながら喋る。ドナドナ。
いつでもこのお方はテンションが高い。
ちなみに昨日の野イチゴは一部をジャムに加工中。朝食では野イチゴがパンケーキに乗っていた。朝からこんなに豪華なものを食べていいんですか!というほどの朝食内容でした。野イチゴパンケーキ、ふわふわのスクランブルエッグにシャキシャキのレタスとトマトでしょ? あとはハムやソーセージ。一生ここに住みたい。
「公爵夫人はお忙しいと思いますので、一人で見てきますよ?」
「あら、一日くらい大丈夫よ。明日は婦人会があるからそっちに顔を出さないとね」
逃げ場はないようだ。
馬車から降りてまず連れ込まれたのは、まったく縁もゆかりもない宝石店だった。私と宝石の縁遠さを舐めるなよ。なんなら、お金より宝石の方が縁がないんだぞ。サファイヤ・エメラルドという名前だけ知ってる、みたいなレベル。
「ふふ。どう? ウィーちゃん」
「目がつぶれそうです」
「え、目を開けてないじゃないの! ちゃんと見て」
「うぅ……なんかキラキラギラギラしてます」
「ふふふ。今日ウィーちゃんに見てもらいたいのはこれよ! 公爵領で採れるようになったダイヤモンドよ!」
「うぅ……ダイヤってあれですよね……今まで隣国からの輸入に頼っていたという」
縁遠い宝石の輝きに両目を手でふさぎつつ、指の隙間からキラキラをのぞく。直視したら目が死ぬ。なんでこんな大量にあるの。
別室に案内され、店長さんらしき方が手袋をつけて次々にネックレスや髪飾りをテーブルに出している。
「そうよ! うちで採れるようになって最近やっと加工できたの。どうかしら? これをうちの特産品にしていく予定よ! ユージーンに見せても面白くない反応しかしないのよぉ! これはいくらぐらいで売り出す予定とか、販路の開拓はっていきなりお金の算段ばっかりしてるんだから!」
指の隙間から見ると、店長さんが並べているのはダイヤのネックレスや髪飾りのようだ。まだ輝きに目が慣れないので顔から手を外せない。
それにしてもユージーン様、堅実。個人資産を相当持っておられるだけある。私、正直宝石よりお金の方が好き。
「ウィーちゃんはどお? あらやだ、ちゃんとしっかり見て」
自国で採れないと言われていたダイヤモンド。手を外そうとして――
「うっ。あまりの輝きに目がつぶれる」
「まぁ、それって宣伝文句かしら? 目を刺すような輝き? 目をつぶすような輝き? ちょっとワイルド過ぎるかしらね」
「金持ちの領地の鉱山でダイヤモンドが採れて、金持ちがさらに金持ちになる……。あぁ、世界って残酷だ……」
「ウィーちゃん。なにネガティブポエマーになってるの」
「うぅ。ダイヤの輝きがすごすぎて自分の矮小さが浮き彫りに」
「嫌だわ、ウィーちゃん。あなたはユージーンが見つけてきたダイヤの原石よ」
え、これって公爵夫人に口説かれてる?
「もしかして口説いてます?」
「おかしいわね、それはユージーンの仕事のはずなんだけど。昨日進展ないのかしら」
公爵夫人がネックレスを自身の首にあてる。首に皴がない……似合いますね。
「他の大ぶりな宝石ですと人によっては下品に見える時もありますが、これはとっても上品ですね。公爵夫人が身に着けると特に輝きが増します」
褒める。これは人間の基本。
「あら、ウィーちゃんお上手ね! でも上品っていうのは本当にそうなの! ドレスとの合わせやすさもあるでしょう?」
「はい。あれ、こっちは何ですか?」
部屋の隅に何かが積んである。こちらは眩しくない。
「こっちもダイヤモンドなんだけど、大きさがとっても小さいの。まだ原石の状態よ。ウィーちゃんみたいな感じね」
「ほぇー。これが原石」
これがあんなキラキラになるのか。ガラス玉やただの石にしか見えない。ってか私が原石なのは言い過ぎだろう。あんなキラキラになるわけない。
「加工ができるならこの小さいダイヤでブレスレットとかいいですね。ダイヤの価格ってよく分かりませんけど……」
バートラム伯爵家にあるめぼしい宝石はほとんど借金返済にあてられた。母が数点持っているだけだ。
でも、貴族がいつだって大きな宝石をつけているわけではない。普段使いできるっていいよね。
「あとは、原石から選べるって面白いですね」
「どういう意味かしら?」
「自分で選んだ原石がこんなキラキラに変わるっていいなって。指輪とかネックレスにするのに原石から自分で選んでお店で加工してもらうんですよ。愛着湧きませんか?」
「ははーん、ウィーちゃんも男を育てたいタイプ? ならユージーンはあのままでも大丈夫かしら。ウィーちゃんにビシバシ育ててもらえたらいいもの。そうよね、私が完璧にしてイイ男にする必要はないのね」
一体、何のお話でしょうか? 私はダイヤの話をしているのですが……。
「公爵夫人、私も詳しくお嬢様のお話を聞きたいです」
店長さんが助け船を出してくれた。お嬢様って呼ばれて全身痒くなりそう。
「庶民でもうちみたいに貧乏でも、頑張ってダイヤが買えたら夢があるなぁと。既製品に手が届かなくても、小さい原石から選んで加工してもらってアクセサリーにしたらそれはそれで思い入れができますし。二人で選ぶのもいいですね」
クラスのご令嬢が婚約者のプレゼントが気に入らないってよく愚痴っていたのよね。女性の好みがはっきりしているなら二人で選んだ方がいいよね。小さいダイヤが安いのならって話なんだけど。
「オーダーメイドに近い感覚でしょうか?」
「それだと高くなりますかね……そもそもダイヤは安くはないですし……」
「透明度の高くないもので、形を数パターンに絞り指輪かネックレスだけ、とすればそこまで値段は上がらないかと。オプションでいろいろ付けられるようにすれば……」
イケオジの店長さんがなにやら考えている。身のこなしが柔らかかったからあんまり気にしていなかったけど、イケオジだなぁ。
「むふふ。大丈夫よ、ウィーちゃん。ユージーンにはちゃんとダイヤの原石から選ばせるわ。なんなら採掘からやらせるわ。それで結婚の指輪を作ったらいいわよ。まぁ~なんだかロマンチックね」
さっきから公爵夫人と話がかみ合わないのはなぜでしょうか。
「私も旦那様に選んでもらおうかしら。そうしたらお茶会で『旦那様に選んでもらったの』って言えるわね」
あ、そこもマウントポイントなんですね。私、愛されてますよって?
「店長、ウィーちゃんの案はどうかしら。できそう?」
「面白いですね。選べるというのは顧客の満足度も上がりますから」
え、私の無責任な発言でそんなに真剣にならないでください!?
宝石店ではとにかく目が疲れた……。公爵夫人とは途中から話がかみ合わなかったし。




