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サロンといえば、すぐに思い出すのは肉だ。
つまりサロンに近付くと、あの日の肉の味が口の中に蘇ってしまう。まずい。いや、蘇る肉の味は美味しいんだけど、唾液の量が半端ない。
唾液を誤魔化すために部屋の調度品を見る。
げ、あの花瓶。有名な工房のやつじゃない?
飾ってある絵も有名な画家のやつでは? これだから金持ちは。
うちにある調度品はほぼ売っちゃって、母や弟がお遊びで描いた落書きならぬ抽象画とか私が狩った鹿の角を仕方なく飾っている。じゃないと壁の汚れが目立つからね。汚れ隠しよ。
ちなみに鹿とは、うちの畑を荒らしまくっていた鹿だ。
「ねぇ、あなた。卒業後はうちの公爵家で働かない?」
男爵令息の話じゃなかった? 話違いますやん。
「アンネット嬢、話が違いますよ」
ついてきたユージーン様が仕事をしてくれる。
「成績も良くて賢い方は今のうちに声をかけておかないと。成績だけじゃあ分からないでしょう? 座学だけできる者はいらないのよ」
「待ち伏せて先ほど会ったばかりでいきなりそれは失礼でしょう。それに、彼女には俺が婚約の打診をしていますから」
なんか今、幻聴聞こえたんだけど? 気のせいか。
私は深く考えず、第一王子の元婚約者アンネット・バクスター公爵令嬢を観察する。
角度によってはオレンジにも見える赤毛がとても目を惹くご令嬢。あと、会話から分かるがとても利発だ。これは第一王子が相手じゃあダメなはずだ。
サロンには取り巻きがぐるりといるのかと思ったら、この間私を呼びに来た左団扇の港持ちの伯爵令嬢しかいなかった。意外。彼女は黙って座っている。というよりこの二人には口を挟めないよね。
「そんな情報は入ってきてないわ」
「うちだって公爵家ですよ? 情報が洩れるようなヘマをするわけないでしょう」
「ふぅん、ホントならうちで働いた後結婚したらいいじゃない。箔が付くわよ」
「彼女はうちで経営にも関わってもらうのでバクスター公爵家の箔など必要ありません」
私が観察する横でアンネット嬢VSユージーン様の構図が出来上がっている。盛り上がってるね?
しばらく待っても終わらないので私は口を挟むことにする。おそらく、この二人はあまり仲がよろしくない。
「失礼します。本題なのですが、あの令息のおうちはどうなりましたか?」
「国に補助金を申請しているわ。あなたがいろいろアドバイスしてくれたおかげよ」
アンネット様は「そっちは本題じゃないけど……」とブツブツ言いながら答えてくれる。
別にアドバイスはしていないが……担当部署や書類の書き方くらいなら父が相談に乗るよと言ったくらいか。私も分かる範囲で伝えたけど。散々書類は見たからね。
「国の補助金は時間がかかります。他の家から借りたのでしょうか?」
「あの辺り一帯が大雨で山崩れや洪水が起きたから、近隣から借りるのは難しかったはずよ」
「いえ、私がお聞きしたいのは同じ派閥ということで支援する家はいなかったのかということです。たとえばバクスター公爵家ですとか」
ボンボン王子が動いているらしいけど、改正には時間がかかる。国から借りるより、他家から借りた方が早い。
「うちから派閥の末端の男爵家に貸すのはいろいろと面倒事が多いのよ。それに辺境の男爵家だから。支援して王家に変なこと言われたくないし」
公爵家がいきなり出ていくのは問題があるということか。あと、辺境の男爵家だけに王家から難癖をつけられる可能性があるかも、と。
王家はまともなら何も言わないだろうけど……あと、まともな貴族も何も言わないと思うけど……辺境の支援したらやれ戦争を起こす気かとかたまに言う奴いるのよね。第一王子の婚約がおじゃんになった後だし、いろいろ面倒なのねぇ。
それしても、それだけの理由で復興が妨げられるのは悲しい。復興は進むだろうけど、借金をどこからするのかによって内容や速度はかなり変わるからね。
「だからあなたのおかげで助かったわ」
王家は信用してないけど、補助金は申請させると。申請してもらえるものは貰っておくべきだけどね……。なんかモヤモヤするなぁ。やっぱり、うちがすぐ他家に支援してもらえなかったのがトラウマになってるのかも。借金取り怖いし。飴ちゃんくれる人もいたけど。
「男爵家の話は本題ではなかったの。あなたの領地のお隣の子爵家を告発する気はある? これと卒業後うちで働かないかという話がここに呼んだ本題なのよ」
「うちの隣の子爵家とアンネット様に何か関係がありましたか?」
「商売のとある分野で競合してるのよ」
なるほどね。競合を潰すチャンスと。生徒会で話した補助金不正を聞きつけたわけね。ネメック侯爵令嬢あたりが喋ったのかしら。あと、あの子爵家は派閥も違うもんね。
「参考までにお聞きしますが、公爵家で働くとなるとお給金はどのくらいですか?」
ユージーン様が隣で「え?」という顔をしている。いや、参考だって。王宮の給料は大体分かるけど、貴族家の給料は各家で全然違うから。
「このくらいよ。働きによってはさらに上がるわ」
アンネット嬢はささっとメモしてくれる。ささっと書いた割に綺麗な字だ。
私は思わず微笑んだ。
「安心しました。どちらもお断りします」
良かった。
確かに心を揺さぶられる金額ではあった。でも、私にも譲れないラインはあるのだ。
そのラインを踏み越える金額ではなかったことに私は笑ったのだ。
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