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「ええっと、今日入っていた意見書ですが。『婚約者に近付く男がいるので殴ってもいいでしょうか。婚約者もなぜか満更でもなさそうです』」
「はぁ~、こんなんばっかり!」
「殴ったらいいのでは」
「殴ったら軽くて一週間の謹慎か。まぁいい。もう殴ったらいいじゃないか」
投げやりな三人。気持ちは分かる。
「暴力は良くないのではないでしょうか。それでは婚約者のご令嬢に嫌われてしまうだけでしょう」
ネメック侯爵令嬢が最もらしいことを言う。綺麗事だけどね。ウサギを「かわいそう」って私の前で言ったこと根に持ってるからね! 確かにウサギは可愛いけれども! いろんな価値観があるけれども!
ちなみにネメック侯爵令嬢、この間までおばあ様の体調が良くなかったらしい。だから春本やら男性同士の恋愛小説やらの時に早く帰って行ったのだ。おばあ様は元気になられたそうなので、私は容赦しない。もちろん、ケンカは売らないけど。
「じゃあ、君に婚約者がいたとして。言い寄った女性に対して何もしないのか?」
ボンボン王子が不思議そうに聞く。
「いえそんなことはありません。言い寄っている方と婚約者に注意しますわ」
「注意しても聞かなかった場合、どうされますか? この方もすでに注意はされたのかもしれません」
ピンク頭のことを思い出したので、私は思わず質問する。あのピンク頭、何回注意されても懲りなかったからね。
「それは……父に言います」
「お父様に言って『火遊びだから気にするな』『学生の間くらいいいじゃないか』なんて言われたらどうしますか? それか相手の家格が高ければ親同士でも言いづらいですよね?」
ボンボン王子は第一王子を思い出したのか目が泳いでいる。
ネメック侯爵令嬢はきまり悪そうに沈黙したままだ。沈黙って一番ズルいと思います。え、ケンカは売ってませんよ?
「バートラム嬢はどうすんだ?」
微妙な空気の中、アーロン様だけは楽しそうに話を振ってくる。
「そうですね、私なら衆目の中で相手を煽り、相手が手を出してきたところで大袈裟に転ぶなどして同情を誘って双方から慰謝料を分捕ります。ポイントは相手が先に手を出すこと、目撃者を多数用意することです。先に殴るなんてアホです、下手したら傷害ですよ」
殴って謹慎や退学になったらこれまでの努力がパーである。
「すげぇ!!」
「違約金もいけそうだ」
アーロン様とユージーン様はしきりに頷く。
「バートラム嬢はそれでいいのか?」
ボンボン王子は引きつった笑みを浮かべている。
「まず、言い寄ってくる相手を綺麗にさばけない婚約者など要りません。今回うまく追い払えても、次々に同じようなことが起きていずれ大きな過ちを起こす可能性が高いでしょう。異性関係で浮ついている婚約者と政略結婚など無意味、いえむしろギャンブルでしかありません。私と私の家にメリットを追求するなら、お金を分捕れるだけ分捕ります」
「すっげぇ。清々しいまでに金だ!」
「立ち回りとしてはいい考えです。婚約者の弱みを握って言いなりにするという手もありますね」
同意してくれるのはアーロン様とユージーン様だ。ユージーン様はなんか怖い事言ってる。
「殴りたくなる気持ちも分かるがな……よほど婚約者が好きなんだろう。それか独占欲が強いか、だな。じゃあこの件はスルーだ。人に聞く時点で殴る勇気はないんだろう。はぁ……なんでこんな恋愛沙汰ばっかり意見書で入るんだろうな……」
王子はブツブツ言っていたが、皆スルーした。
生徒会が案外早く終わったので図書室に行こうかとルンルン気分で生徒会室を出たところで、ある人物に捕まった。
「私と一緒にサロンに来てくれるかしら?」
疑問形にみせかけた命令。
廊下に仁王立ちしていたのは、この学園で知らない人はいないだろう。アンネット・バクスター公爵令嬢だった。あの第一王子の元婚約者だ。
ぶっちゃけ、嫌なんですけどね。私の頭はすでに図書室に行くモードなのだ。サロンに行くモードではない。ついでに言えば「お時間あるかしら?」くらい聞いて欲しい。基本的人権ってやつ?
「お一人では行きづらいでしょう。私も一緒に行きましょうか?」
生徒会室から出たばかりのところだったので、たまたま私の後ろにいたネメック侯爵令嬢がそう言い出した。え、これは親切心なの? さっきまでと同じで綺麗ごと? いや、その前にグルかもしれないわよね。
「え、嫌です」
すみません、うっかり素で答えちゃいました……。わざとじゃないんです……。悪気もないんです。
あれ、なんか嫁いびりする姑の言い訳みたいになっちゃった。




