【剣刃の洞】のギルドハウス
ギルド【剣刃の洞】で会議をしているらしく、普段は通らない道に足を踏み入れる。
……ここら辺は人間しかいないから来たことがなかったな。
少しの物珍しさを感じてキョロキョロと見回していると、若い男女が二人連れで歩いているのが多いのに気がつく。
こんなに若い男女ばかりというのは珍しいな。と思っていると、マスターが俺に説明する。
「この通りは若い恋人達がデートをするのによく利用しているそうだよ」
「……デート?」
「意中の異性や恋人と二人で遊びに出歩くようなことだよ。カルアやシャルとは……まぁ、するような場所はないか」
「そうだな。まぁ、カルアとは時々、夜に散歩に出かけたりはするが。日中はな」
店にはマトモに入れないし、街中を歩いても不快な思いをするだけだ。
今は隣にそこそこ有名なマスターがいてくれているおかげか何もないが、カルアやシャルと二人なら暴言や侮辱が幾らでも飛んでくるだろう。
「ん、案外カルアともちゃんと仲良くしてるんだね」
「今日も応援に来てくれたし、一応ちゃんとやれてるかと。……まぁ、普通の恋人がどうとか分からないけどな」
「……私は恋愛経験がないから、あまり上手く助言は出来ないな……。こういうところでデートをするのが人間では一般的らしいけど、そういうわけにもいかないしね」
「また夜にでも来てみようかな」
「……お店空いてないし、意味がないんじゃないかな」
まぁ、いつもとは違う散歩の道を選ぶのぐらいはいいだろう。
俺がそう思っていると、マスターは不思議そうに首を傾げながら俺に尋ねる。
「夜歩くのって楽しいの?」
「まぁ、街中なんて昼間に堂々とは歩きにくいからな。散歩するとなったら夜中ってだけだ」
「や、やっぱり、手とか繋いだりするの?」
「少しぐらいはな」
「……お、大人だね。案外」
カルアとはまだだが、シャルとはキスもしているが……マスターには話さない方がいいか。
「こうカップルばかりだと、俺達も勘違いされてしまいそうだな。……知り合いに見られていなければいいが」
「見えないと思うよ。歳も離れてるしね。もうすぐ会議の会場に着くよ」
見えないだろうか。……まぁ、見えないか。最近シャルとイチャイチャしていて感覚がおかしくなっているが、普通はこんな年齢差で恋人にはならないものだ。
マスターに続いて【剣刃の洞】のギルドハウスに入る。
うちのギルドよりも少し汚れていて酒の匂いがキツいが、子供の落書きのようなものは見当たらない。
なんとなく刺々しい空気を覚えるが、決して俺に向けられたものではなさそうだ。
「【剣刃の洞】は剣士が多く在籍しているギルドでね。訓練施設が充実してるのが売りなんだよ。初心者にベテランの探索者を付けたりして探索することで行方不明者や死亡者も少ないし、いいギルドだよ」
「子供の姿はないな」
「それは普通のギルドはそうだよ。ほとんどのギルドは10割に近い人数が男性だし、うちみたいにほとんど男女が同数で、ギルド内での結婚が活発なのは珍しいよ。そもそも、子供が産まれたらギルド全体で育てるみたいなのは迷宮鼠特有だしね。……というか、うちの場合はギルドで手伝わないと育てようがないから」
そういうものだろうか。まぁ、体力差で男の方が有利だから探索者に男が多いのは当然だし、迷宮鼠のようなハグレものを集めているわけでもなければ男の方が多くなるか。
剣士然とした格好の男に奥の部屋へと案内される。
まだ他には人が来ていないらしく、案内をした男を除くと俺たちだけだ。
机の上にある札に迷宮鼠と書いてある席に着き、マスターとの話を再開する。
「割と迷宮鼠特有のものは多いから、色々と見て勉強するのはいいかもね。特にここは良いギルドって有名だから」
「……良いギルド、か」
「うん。施設も充実していてベテランと新人が繋がりが多い。その分、教えたり施設の維持にお金を出したりでベテランの負担が大きいけど、決して負担を苦に抜けていったりすることはないし、多分居心地がいいんだろうね」
そうなのか。あまりいい雰囲気には見えないが……いや、そもそも家庭的な迷宮鼠の方が珍しいか。あくまでも仕事場なわけだしな。
普通に子供が走り回っていたり、子供がギルドマスターをしている方が妙なのは間違いないか。
マスターの話を聞いていると、扉が開いて先程戦った【炎龍の翼】のギルドマスターのダマラスが入ってきた。
「ん? おお、ランドロス、当然だけど予選突破してたな。おめっとさん」
「……ああ、そういや、ギルドマスターなら来るよな。ありがとう」
ダマラスは机の上にあった【炎龍の翼】の札を手に取って、俺の隣に来て机の上に置き、俺の隣にあった札と交換する。
……それありなのか。
「あれだけ連戦してよくこんなところに来る体力あるな。俺が勝ち上がってても魔力不足でまけてたな。というか、あの対戦相手の操作、露骨すぎないか?」
「おかげで勝ったのに微妙な気分だ」
「迷宮鼠の嬢ちゃんもおめでとう。優勝もいけそうだな」
「ありがとう」
「それで何の話をしていたんだ?」
「このギルドがいいところだねって話だよ」
「あー、珍しいぐらいちゃんとまとまってるよな。でも、俺のところもいいぞ。ランドロスも入らないか?」
ダマラスは机に肘を置きながら俺の方に目を向ける。
「ん、引き抜きは遠慮してほしいね。それに、ランドロスはこちらに可愛い恋人がいるから移籍はしないよ」
「そりゃ残念」
まぁ社交辞令だろう。……いや、半魔族の俺に社交辞令を言うだけでも珍しいし、悪い気はしないな。
マスターが俺の服の袖を引いてから、ゆっくりと説明する。
「……【炎龍の翼】は少人数ギルドの見本のような形態をしていてね。六人の固定パーティを組んで、それがギルドって感じなの。ギルドハウスはなくて、みんなで同じ家に住んでるって感じだね」
「依頼とかは受けないのか?」
「基本的には探索での取得物を売って生計を立てているみたい」
「まぁ、依頼って効率悪いしな。受けるけど」
「それは依頼の種類と空間魔法が問題だけど……。まぁ、強い探索者ならではだね。ダマラスは迷宮国でも一、二を争う実力者だし」
ダマラスは机にグッタリと項垂れて「まぁ、今日ボロ負けしたけどな」と俺の方を向く。
「怪我一つ負わされずに、武器を弾き飛ばされて場外にぶん投げられるとか、流石に実力差が離れすぎていて笑うしかなかったわ。あんなのガキの頃に師匠に挑んであしらわれた時ぐらいだぞ」
「そこまで実力差はないと思うけどな。こちらの空間魔法に慣れていなかったというのが大きいだろうから、もう一回やれば結果も変わりそうだ。……いや、もう一回どころか、予選ではなく本戦の決勝戦とかなら、お互いの手の内もバレているから拮抗すると思う。本選より狭い予選の舞台なのも俺の有利に働いたしな」
それを言ってから、ダマラスと共に深くため息をつく。
「あー、ランドロスとは決勝戦でバチバチにやり合いたかったな。負けるとしても、もうちょっと抵抗は出来た気がする」
「決勝戦の方が良かったのは同感だ。……これから勝っても「そりゃ勝てる相手だしな」としか思えないし、優勝出来ても達成感がなさそうだ」
「敗者復活戦みたいなのがあったらなぁ……あー、もったいねえ。来年も出ろよ?」
「考えておく」
マスターは不満そうに俺を見る。
「男の子同士、仲良さそうで嬉しいよ」
「あ、悪い。こっちで盛り上がって」
「移籍はやめてよ?」
「するわけないだろ」
ちょっと仲良く話せた程度で。そもそも迷宮の高層に登りたいとは思っていないので、他のギルドに入れたとしても迷宮鼠の雰囲気の方が性に合っている。




