ギルドマスター辞めるってよ
あれから二人は長い時間を話し合い、その決着がつく前に疲れて眠ってしまった。
ふたりをベッドの上に寝かせたあと、俺は床に転がって寝たのだが、床の寝心地の悪さのせいか、それとも緊張のせいか早くに目覚めてしまった。
ギルドに行ってもまだ誰もいないだろうと思いながら廊下を歩いていると、階段をパタパタと降りる音が聞こえて振り返る。
「あれ、ランドロスか。早いね」
「マスターも早いな。そんなに仕事が忙しいのか?」
勇者のせいでバタバタしていたので随分と忙しいのかもしれないと思うと、彼女は小さく首を横に振る。
「いや、そもそもの私の仕事はハンコを押すのとサインをするのぐらいだから、全然大丈夫だよ。ありがとう」
「……ならいいけど、あまり無理はしないでくれよ」
「うん。勿論だよ。そういえば、あの話はどうなったの? シャルちゃんが来たって聞いたけど」
「ああ……それは……上手くいったと言っていいのか、それともまとまらなかったというといいのか……。堂々と二股をすることになった……」
マスターは「えぇ……」といった表情で俺を見る。そりゃそうである。歳下の女の子ふたりを相手に二股だ。
そんな奴がいたら誰でも引く。俺でも引く。
「ま、まぁ……個人の自由だとは思うから、当人が納得してるなら私からは何も言わないけど」
「……ごめんなさい」
「いや、うん。ランドロスは案外気が弱いからね。色々あったんだろう。……そう言えば、闘技大会乗り気になってくれたんだね」
マスターはあまりその話を続けたくなかったのか、露骨に話題を変える。俺としても自身の恥を堂々と言い回る趣味はないので、相談に乗ってくれたマスターへの報告という体裁さえ保てたなら、話したくない話題だったのですぐに頭を切り替える。
「まあ……そうだな。ボチボチやっていこうかと思ってるよ」
「そっか、出来れば活躍してほしいかな。私もそろそろギルドマスターも降りるし、最後に本戦に出る仲間を見れたら嬉しい」
「まぁボチボチ…………」
俺が返事をしている途中でマスターの言葉がやっと頭の中に入ってくる。
「は、えっ……ギルドマスター辞めるって……。い、嫌になったのか!? 俺やミエナやイユリが甘えるから!」
「えっ、いや、そういうわけじゃないよ。大袈裟だね。ギルドを辞めるわけじゃないから、これからも甘えても大丈夫だよ」
「い、いや、甘えられなくなるのを危惧してるんじゃなく……な、なんで」
あまりに唐突な言葉に驚いていると、マスターは俺の様子にクスリと笑う。
「普通のギルド員に戻るだけだよ? 事務員になるお勉強をしようかなって」
「い、いや……マスターでいいじゃないか? い、嫌になったのなら仕方がないとは思うけど……」
「……思っていたより慕われてるね。ネネにも話したんだけど、びっくりしてたよ」
「そ、そりゃ驚くかと……理由を聞いても……」
マスターは窓を開けて風を取り入れながら、不思議そうに笑う。
「そもそも、私みたいな子供が長をやっている方がおかしいと思うけどね」
「いや、マスター以外のマスターなんて考えられない。……やっぱり大変だったのか?」
「いやいや、全然だよ。本当に名前だけのマスターだからね。……ん、一応半魔族のランドロスには話しておいた方がいいかな。一部の人にしか知らされてないことなんだけど。秘密だよ」
半魔族と、マスターがマスターである理由に何か関係があるのか?
マスターは微かに笑って、まだ明るくなりきっていない空の中、俺の手を引いてギルドの方に歩いていく。
「……ランドロスとは違って、ツノの生えた半魔族だったんだ。名前はシルガ・ハーブラッド」
マスターは寂しそうに、悔いるようにその名前を口にする。
「ツノの生えた半魔族は、母が魔族だったらそうなるそうだな」
「……そうなんだ。……そっか。何も知らないまま、会えなくなっちゃったな」
ギルドについて、薄暗いまま座る。
まだ他に誰もいないようで、俺が空間魔法で茶菓子と飲み物を取り出して机の上に並べるが、マスターはそれに少し口をつけただけだった。
「……あのね、私は……多分、君のことを騙しているんだ」
「……騙しているって? 多少騙されるぐらいなら構わないが」
「……そう思ってくれるんだ」
マスターは俺の言葉に目を伏せる。余計に苦しそうな表情に変わってしまい、俺は思わず口を挟んだ。
「いや、話すのが辛いなら話さなくても……」
「……ううん。ランドロスには話しておかないとダメだと思うんだ。半魔族というのもあるけど、私のことを信じてくれているから。これ以上……裏切りたくないんだ」
ポツリと、ゆっくりと、マスターは懺悔するように話し始めた。
「……私はね。間違えたんだ。どうしようもないぐらい……もう二度と取り返しがつかないほどに、間違えたんだ。間違えたから、ギルドマスターになったんだよ」
「……間違えたって」
「……裏切ったんだよ」
ゾクリ、と、その言葉が俺の腹に突き刺さる。裏切りという言葉は、俺には酷く重いものだった。
「仲間をね。裏切った。……だから、ランドロスが私にしている信頼は……私が騙した結果なんだ。私は信頼に値する人間じゃない」
「……それは、どういう」
マスターはゆっくりと語り始める。
ギルドマスターに就任するキッカケとなった出来事を。
「……私がまだ子供だった頃……いや、今も子供かな。何せ、ちょっと前にシルガというギルドメンバーがいたんだ。半魔族で、君とはちょっと違った性格だけど、陰があってね。でも、君と同じように優しくて……みんな好きだったよ」
「……俺はそんなに優しくはないが」
「優しいよ。……でもね、私は彼がとても苦手だったんだ。……私は、産まれつきこんな環境にいるからか、人というものを見るのが得意だった。おっかない顔をしているのに優しい人、ニコニコと怖い人、心の奥に傷を負った人」
マスターは怯えるように飲み物に手を伸ばして、こくり、と音を立てて飲んだ。
「……笑顔を浮かべて、残酷な人」
「俺はマスターがそんなに苦しいなら、話す必要はないと思う。もう辞める理由は聞かないし、何があっても裏切られたとか、騙されたとは思わないから」
マスターは首を横に振る。
「違うんだ。ランドロスが私を嫌わないって分かってるから、でも、抱えているのが苦しいから……吐き出したいだけなんだ。ただの甘えだから……嫌なら、聞かなくてもいい」
「……聞く。聞きます。聞かせてほしい。それがマスターの弱音なら、聞かせてくれ」
「……うん。ありがとう」
マスターは弱々しく頷き、俺に続きを話す。
「シルガは、やって来て一月もしないうちにギルドに馴染んだんだ。腕も立ったし、優しかった、それに本当にギルドのことを愛していたから。……私は彼のことが怖かった。人間を憎んでいるのだと分かっていたから、私には優しかったけど、他の人間はみんな嫌いだったみたいでね。……時々、すごく怖かった」
俺が頷くと、マスターは目を逸らしながら続ける。
「他の人は、彼の人間への憎しみや恨みに気がついていなかった。だから、私がなんとかしないとダメだと思って、彼の周りを探ったりしたんだ」
「……それで、何かあったのか?」
「……人間に対する復讐する計画を立てていたよ。闘技大会、沢山の人が集まって偉い人も集まるから、その日を選んだみたい。……今から丁度三年前かな。……もう、私がマスターになってから三年目になるのか」
マスターは懐かしむように、苦しそうにその時のことを振り返った。空はまだ薄暗く、歩いている人が誰もおらず、風が吹く音だけが聞こえた。
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