修羅場
頭を流して着替えを済ませると、細かい髪の毛のチクチクした感触がなくなって少しサッパリとするが、心は重い。
髪の毛は軽くなったが、非常に気分は重苦しい。
着替えた後の服を自室に持っていくと、既に掃除は終わっていてシャルが椅子に座って待っていた。
「……では、カルアさんのところに行きましょうか。……さっきは人目につかないところと言いましたが、あまり感情的にならないように、ギルドの中で話した方がいいかもしれないですね」
「……ああ、そう、だな」
シャルにギュッと手を引かれて再びギルドに戻ると、落ち着かない様子のカルアが端っこの方にちょこんと座っていた。
俺達の姿を見たカルアは勢いよく立ち上がって、しどろもどろに俺達の方を見つめる。
「あ、えっと……どうぞ」
「……失礼しますね」
同じテーブル席に三人で座る。誰も口を開くことはなく、だからといって責められるべき俺から口を開いてペラペラと言い訳をするつもりにはなれない。
冷や汗がダラダラと流れるが、二人とも口を開くことはなくお互いの出方を伺っている。
「……あの、カルアさん。ランドロスさんと、ちゅーとか、されましたか?」
「いや……そういうのは、ダメだって、ランドロスさんが言ったので」
「……そうですか。恋人というわけでも、ないんですね」
「う、うん。そうですけど……」
微妙な空気の中、ゆっくりと進む会話。
ジクジクと胃にダメージを受けながら、なんとか間に入ろうと口を開きかけた瞬間、扉が勢いよく開いてドスドスと誰かが入ってくる。
「いやぁ、真っ先にランドロスの旦那に会いに来ようと思ったんですがね。ちょっとだけね、身嗜みを整えていましたら遅れてしまいましたよ。ハッハッハ」
いや、お前かよ。真っ先にって、シャルがこっちに訪ねてきてから結構時間も経ってるぞ。結構な時間髪を切られていたし、結構な時間、こうして三人で向かい合っていたぞ。
もう頼むから帰ってくれ、こんな状況で商人と話したくねえよ。胃が痛いんだ。胃薬だけ売って帰ってくれ。
「あれぇ、旦那、浮かない顔ですね。盃を交わした仲のアタシとの再会ですよ? もっと喜んでしかるべきかと?」
「……あのな、商人。今取り込み中なんだ。お前の相手をしている暇はない。帰れ、頼むから、帰ってくれ」
商人は俺の言葉を聞かず、俺達三人の様子を見て頷く。
「あー、旦那も悪い男ですねぇ。こんなべっぴんさんを二人も誑かすだなんて。まぁ、アタシも旦那に誑かされたと言えば誑かされていますしね。ハッハッハ」
商人はそのまま別のテーブルから椅子を持ってきて座る。
……なんで、居座るつもり満々なんだよ……!
帰れよ、帰ってくれよ……!
俺は切実に祈るが、商人は一切の空気を読まずに料理と飲み物を注文し出す。どこまでも自由か。
空気を読んだら爆発でもするのか。
「……まぁまぁ、そんな顔をなさらずに。カルアさんはお久しぶりですね」
「……お久しぶりです」
「ふむ……まぁ、状況は何となく分かりますよ。旦那が二股をかけて、それで修羅場になっているというところですよね。まぁでも、お二人とも怒るというよりかは心配とか不安といったご様子で、まぁひとりずつ考えていることを吐き出していくのがいいのでは?」
「お前が仕切るのかよ」
さっさと商人を追い返したいが、今の俺の状況で人に強く言えるはずもない。
「まぁまぁ、落ち着いてランドロスの旦那。ふむ、少し思ったんですが、みんな敬語でフランクさが足りないですよね。キャラも被りますし」
「そんなのどうでもいいだろ」
「いえ、そこは重要ですよ。ふむ、ではひとり口調を柔らかいものに変えるのはどうですか?」
「……どうでもいいだろ。もう帰れよお前……」
「旦那、そう言うなって、アタシと旦那の仲だろ? な、お茶でも飲んで落ち着けよ」
「お前が変えるのかよ」
もうやだこの商人。帰って、頼むから、チョコレートあげるから。
給仕の女性が気まずそうに飲み物と料理を置いていく。普段なら飲み物が先に来て料理が後に来るのに、今日は同時に来ている。おそらくあまりここに近寄りたくないから回数を減らしたのだろう。
微妙な空気の中、相変わらず商人だけが愉快そうに口を開く。
「まぁ、旦那もどっしりと構えたらどうです? 別に恋人ってわけでもないんですから、怒られる謂れもないでしょうに」
「……いや、二人同時に好きになるのは責められるべきだろう」
「まったく旦那は真面目なんですから。そんな好きだなんて言われたらアタシも照れてしまいますよ」
「なんで二人のうちにお前が入ってると思ったんだ?」
「やだなぁ、冗談ですよ、冗談。それで、旦那としてはどうするつもりなんです?」
「……可能な限り、二人が傷つかないようにしたいと思っている」
商人はうんうんと頷きながら、シャルの方に目を向ける。
「シャルさんは?」
「僕は、ランドロスさんが僕の物になったらいいです」
「カルアさんは?」
「私は……ランドロスさんと一緒にいたいです」
商人はうんうんと頷く。
「……これは、修羅場ってやつですね」
「だからそうだと言ってるだろ……」
もうこの役立たず帰って。さっきから何度も思っているが、帰ってほしい。
「最後にアタシの意見ですか」
「お前はどうでもいいよ……頼むから帰ってくれ……」
「アタシとしては二人とも娶っていただきたいですね。空間魔法の素養がある子供が産まれる可能性が上がりますし。この国だったら珍しい話でもないでしょう?」
「……いや、そんな簡単な話ではないだろ。俺は自分の好きな子が他の男とくっつくなんて耐えがたいぞ。シャルもそうだろう」
「はあ、自分は二人を好いているのに勝手な話ですね」
「自覚はしている」
俺が項垂れていると、カルアがおずおずと口を開く。
「あの、私は大丈夫ですけど……そういう家庭環境でしたので」
それに反応してシャルが言う。
「ぼ、僕は嫌ですよっ! ランドロスさんは僕だけのものです! 絶対に、絶対に、他の人には渡せないです!」
だよな……。普通は、そういう反応になるよな……。シャルは「しゃー!」とカルアに威嚇をし始め、カルアは気まずそうにそれを見る。
「ふむ……まぁシャルさんとしては納得出来ないのは分かりますよ。しかしですね……ここでカルアさんとシャルさんが、旦那を巡って争ったとします」
シャルは怪訝そうな表情で商人を見る。
ああ、シャルもついに商人が胡散臭い人間であることに気がつき始めた。良かった……。
「まぁ、旦那はどっちも好きと言っていますので、どちらかは負けることになりますよね? それでカルアさんが選ばれた場合、当然、シャルさんは選ばれないことになります」
「そ、それは、そうですけど……」
「それに、もしもう一人が現れたとしますよ? 旦那は半魔族ではありますが、まぁ色々とモテるわけじゃないですか。それで三人目がカルアさんのように「ほかの女の子がいても大丈夫」と言った場合、カルアさんと他の女の子の二人に対してシャルさんが一人で立ち向かうことになるんですよ? 圧倒的に不利ですよ」
「……ら、ランドロスさんは、僕のことを捨てませんもん! 僕のことが一番に好きなんです! 二人が相手でも、三人が相手でも、関係ないですもんっ!」
商人の言葉にボロボロとシャルが涙を流す。そのままシャルは立ち上がって、俺に抱きつく。
「ランドロスさんは、僕のです! 誰にもあげません!」
シャルの身体を抱き寄せ、ヨシヨシと背中をさする。……罪悪感がズシリと乗っかる。
どうしようと思っていると、カルアが口を開く。
「拐います」
「……えっ?」
「もしシャルさんが独り占めをしたら、ランドロスさんを誘拐して閉じ込めます」
「そ、そんなのズルいです! 卑怯です!」
「泣き落としの方がズルいですよっ! 私だって譲歩してるんだから、シャルさんも譲歩してくださいっ!」
「うう……」
……えっ、俺、誘拐されるの? シャルもそれに疑問を抱かないのか……?
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