変質者
ミエナに「粗ツノ」と煽られながら、魔族達の姿が見つからないようにユタネラの家に向かう。
「粗ツノさん、魔王様じゃないなら何なんですか?」
魔王じゃないと分かった瞬間に呼び方が酷いものに変わった……。いや、粗ツノが悪口なのかどうかも分からないが。でもなんか傷つく。
ツノ生えてないけど。
「魔王に恩義があるというだけだ。そもそも、三人ともこのままだと野垂れ死ぬだろ。殺す気があればとっくに殺しているし、捕らえる気があれば先程の食事に毒でも盛る。少なくとも敵ではないと思ってくれるとありがたい。まぁ……敵かどうかもヤドウに詳細を聞いて決めてからでいいが」
俺がそう言うと、少女達はふたりでコソコソと話し始める。
「この粗ツノ、はぐらかしたよ。さっきも名前名乗るの嫌がってたよ。このよわよわ粗ツノ」
「でも、敵意がないことは確かみたいです。粗ツノさん」
「……妻が人間とか言ってたし、粗ツノは怪しいよ」
完全に俺の呼び方が粗ツノになってるな……。
仕方なく手にお菓子を取り出して、ひらひらと二人に見せる。
「飴をやるからついてくるんだ」
「え、飴……飴をくれるならついていくしかないですね」
「粗ツノって言ってごめんな粗ツノ」
ふっ、子供なんてチョロいもんよ。と勝ち誇りながらお菓子を二人に渡しているとミエナにドン引きした方な表情で見られていた。
「ランドって……基本的な行動が変質者だよね」
「何でだよ」
「いや……「お菓子をあげるからついてこい」ってまんま犯罪者の手口だし……ほら、ふたりともダメだよ? 知らない人について行ったりしたら」
「でも、お菓子をもらったからには粗ツノさんとは既にソウルメイトですし……」
「知らないソウルメイトについて行ったらダメだよ。いや、今回はいいんだけど。ランドも怪しい行動ばかりしないの」
いや、俺は悪いことしてなくない? 隠れつつユタネラの家に戻ると、ひょっこりと奥からシャルが顔を出す。とても可愛い。
ニコリと笑みを浮かべたシャルは俺の方にとてとてと来たあと、俺の後ろの三人を見て脚を止める。
「あ……見つかったんですね。てっきり、ハグれた位置からして草原の方におられるのかと……あ、え、えと……妹さんを呼んできますね」
「あ、シャルちょっと待ってくれ。いじめられて泣きそうなんだ」
シャルの手を握って引き留めると、シャルは心配そうに俺の顔を覗き込む。
「……僕から言いましょうか?」
「そういうのはいいんだけど、なでなでしてくれ」
シャルは俺の手を引いてみんなの見えないところに移動しようとし、ミエナが俺の襟の後ろを掴んで引き止める。
「こら、ランドが連れてきたんだから放置して甘えにいったらダメでしょ。とりあえず紹介して、もうここまで来たんだからランドも名乗って」
「え……いや、後でよくないか? 急がなくても」
「良くないよ。ほら、早く」
俺が面倒くさくなっていると、シャルは俺の手を握ったまま三人の魔族にペコリと頭を下げる。
「えっと、僕はランドロスさんの妻のシャル・ウムルテルアです。この村には数日の滞在の予定ですが、よろしくお願いします」
「……ランドロス? あ、粗ツノのこと?」
「粗ツノ……?」
「ちっちゃい子供みたいなツノのことだけど」
シャルは年齢もそこそこ近いこともあってかいつもより緊張していない様子で会話をして首を傾げる。それから少しぼうっとして考え込む様子を見せたあと、俺の下半身に目を向けて顔を真っ赤に染める。
「み、み、見たんですか!? ら、ランドロスさんの、そ、それを……!?」
「え、見るも何も丸出しだし……」
「ま、まるだしだったんですか!? へ、変な趣味に目覚め!?」
シャルはわたわたと慌てふためいてショックそうな表情で俺の方を見る。
「ぼ、僕も見たことないのに……」
「待て、シャルは何か勘違いしている」
「な、何をですか。つ、ツノを見せたんでしょうっ。酷いです。僕はずっと待っていたのに……」
「いや、ツノの話なんだ。下半身の話ではなく、頭の上に付いたツノの。魔族は生えているだろ?」
俺が慌てて説明をすると、シャルの目線は魔族の三人の方に向く。それからパチリパチリと瞬きをして、徐々に顔を赤くして口をパクパクと動かす。
「え、あ……ご、ご、ごめんなさい」
「いや、まぁ……勘違いはあるしな」
「え、えっちでごめんなさい。ぼ、僕は最低です。ランドロスさんの浮気を疑いました」
「いや、浮気を疑うのは俺の日頃の行いのせいだし……な、落ち着け」
シャルは自己嫌悪で「うー」とうなりながら自分の服をぎゅっと握り、そうしている間にこちらの声が聞こえたらしいユタネラの妹とクウカがやってくる。
「あれ? あ……また増えてる……」
「ああ、悪いな。森の中に置いていくわけにもいかないから連れてきたんだけど、迷惑だろうし、数時間でなんとか地下室でも作ってそこに匿うから少しの間だけ休ませてやってくれないか」
「ん、まぁ兄さんが色々拾ってくるのはいつものことだからいいけど……あー、適当にくつろいでて。何か食べる?」
「いや、さっき食事は渡しておいた」
頭を下げてそう言うと、ユタネラの妹は気にした様子もなく家の中に案内する。
面倒ごとを連れてきた俺が言うことではないが、ユタネラは妹に苦労させてるな……。ちゃんと労ってやれよ。
いやでも兄妹仲は良さそうだし不満に思わず協力しているのかもしれないと考えていると、老人はやはり警戒した様子を見せて、少女ふたりも一歩後ろに下がる。
まぁ人間やエルフに囲まれたら警戒するか。人間には今も追われている状況だしな。
「人間の兵士が辺りを巡回しているから、外には出るなよ。あと声をあまり出さないでほしい。流石に見つかると庇えない。俺とミエナでまた出かけて見つかりにくそうな場所に地下室を作るから待っていてくれ」
場所どりは決めたので後は魔法でちゃっちゃと作るだけだ。環境の居心地の良さを無視すればさほど難しくもないだろうし、とりあえず隠れられるスペースを作って、そのあと時間をかけて改築していけばいいだろう。
俺がそう考えていると魔族の少女は小さく手を挙げる。
「粗ツノについていっていい? 流石に人間の近くは怖いんだけど」
「……シャルもクウカも優しく親切な子だぞ。それにヤドウと早く再会したいならこっちの方がいい。体も休めるだろうし」
「知らない人が多いと休めないよ」
まぁ、どうしてもついてくるなとは言えないが……老人の方に目を向けると特に否定する様子もない。
もう一人の丁寧な言葉を使う失礼な方の魔族の少女はついてくるつもりはないらしく、ユタネラの妹の方についていっていた。
ついてくるのは失礼な言葉使いをする失礼な方の魔族の少女だけか。確か光の魔法が使えると言っていたのでいてくれると割と助かるかもしれないな。




