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ダブルキング

「魔王様、初めて会ったんですけど、ツノが小さいんですね。い、いえ、私はいいと思いますよ。可愛らしいと!」

「……何かよく分からないが気を使われてる」


 ツノが小さいのではなく生えていないのだが、まぁ連れていくまでは勘違いされている方がありがたいのでスルーすると、ミエナがこっそりと俺の耳元に手と口を寄せる。


「ツノ小さいって魔族的にダメなの?」

「いや……俺、魔族と日常的な会話とかしたことないしな。だいたい「バカ」とか「アホ」とか言い合って戦ってただけだ」

「魔族との大戦が急激に子供の喧嘩みたいに感じてきたよ」


 ミエナはどうしても気になるのか、振り返って少女達に尋ねる。


「そこのハニー、魔族ってツノが小さいとダメなの?」

「えっ、あ……だ、ダメというか……」


 少女は気を使うように俺の方をチラチラと見て「ミエナがあの人は怒ったりしないから教えて」としつこく尋ねる。


「え、えと……その、ツノの小さい男性は……一般的に魅力がないとされていることが多いというか……も、もちろん魔王様は素敵ですよ?」

「魅力? 男の子限定で……? あ、あー……そういうのがあるんだ。ドンマイ、ランド」

「謎の気の使われ方をしてる。結局どういう意味なんだよ」


 ため息を吐いていると、老人が息を切らしていたようなので歩幅を狭めると、老人は「お気遣いありがとうございます」と頭を下げる。


「魔王様は……何故このようなところに? こちらのエルフの女性は……? 今からどちらに?」

「エルフの里に向かっている。彼女はミエナだ。俺については後で話すが……あまり期待を持たないでくれ」

「彼女やエルフは信用出来るのですか?」

「しろ。そうしなければ死ぬだろ」


 老人は俺の言葉に息を呑み込む。……強く言いすぎたか。


「……あまり長い時間は難しいが、おそらく冬が明けるぐらいまでは匿ってもらえる。そのあとのことは……何の目処も立っていないな。せいぜい人間の来ない土地に向かうぐらいだろう」

「……そんな場所、この大陸にはありませんよ」


 老人の絶望したような言葉。少女ふたりはその言葉に少し怯えたような不安げな表情を浮かべる。


「……まぁ、人間の兵もずっと魔族の土地にはいられないだろ。あそこの魔物は強く、土地に居座ろうとしたら被害が大きすぎる。春にはいなくなっているか、数が減っているだろう。人間も多く死んだ戦争だった。これ以上の無理はしないはずだ」

「……畑も家畜も死にました。生きている魔族も私のような老人と女子供ばかり」

「狩りで肉を得られる。……それに、食料の問題は少しの時間が耐えられたら大丈夫だ」


 カルアの研究成果が広まれば飢えは減るはずだ。魔法の技術によるものなので農作業が苦手な魔族にも出来るはずである。


「……すみません。弱音ばかりを」

「疲れているんだろう。……あまりゆっくりとは休めないだろうが、数日の間は安全を保証してやる」


 俺がそう言うと、ミエナが再び耳打ちをする。


「王様と魔王様ふたつの権力を手にしてるね」


 いや、王様は実権が一切ないし魔王は赤い雷のせいでの勘違いである。権力はない。


「あんまりからかうなよ……」

「それでダブルキング、どうするの?」

「取り急ぎ、地下室を作るしかないだろ。流石にずっとユタネラの家の中で匿うのは無理だ。妹さんも嫌がるだろうしな。……ダブルキングってなんだ……?」

「うー、地下労働か……。んー、三人は何か魔法とか使えるの?」


 ミエナが尋ねると少女達は特に何の迷いもなく答え、老人は少し警戒した様子を見せながら答える。


「私とこっちのは火と光ですよ」

「私は……同じく火属性の魔法を使えます」

「あー、さっきの煙の少ない炎はふたりのどっちかの魔法かな。近くには追手の人もいるから気をつけた方がいいよ」

「申し訳ありません。久しぶりに獣が取れたもので……」


 ああ、腹が減っているのか。異空間倉庫から適当な飲み物と食べ物を取り出して三人に押し付ける。


「あ、ありがとうございます。魔王様……」

「大したことはしていない」

「いえ……。あの、先代様とは違いますよね? 大昔に一度見たことがあるだけなのですが、お姿が違うように……。名前を教えていただきたく思うのですが」

「……なんでだ?」


 あまり名乗りたくない。流石に全魔族が俺の名前を知っているわけではないだろうが、聞き覚えのあるものは多くいるはずだ。

 後で名前がバレる分には構わないが、ヤドウに引き渡す前に逃げられると困る。


 俺が言い渋っていると、老人は続ける。


「……あまり若い魔族の間では気にされないのですが、魔族の名前には縁のある高名な魔族の名を連ねるという習慣があります。名前を全て聞くと父がどんな魔族と縁があるのかを知ることが出来るのです。兵ならば将の名をいただくでしょうし、住んでいる土地や出身地の有力者の名前などで、おおよその人となりが分かるのです」

「初めて聞く。……ああ、なるほど、一定の場所に留まっていることが少ないからか」


 俺が納得しているとミエナがこてりと首を傾げて俺を見る。


「どういうこと?」

「エルフとか、田舎の村に住んでいる人間とかは家名を持っていないことが多いだろ。それは家名がなくとも名前だけで個人を判別するのが容易だからだ。都市部の人間や貴族とかは関わる人が多いことや遠くの土地に行くことがあると家名を持っていなければ誰と誰に縁があるのか分かりにくいから、家名が必要だろう」

「んー、そうだね?」

「魔族は割と簡単に土地を捨てて引っ越すから、手っ取り早く職業や縁のある人や土地を示せるようにこういう長い名前を名乗るようになったんじゃないかと思ってな」

「はぁ……ん、じゃあ、ランドの出自の秘密とか、このお爺さんに聞けば分かるんじゃない?」


 それはそうかもしれないな。結局、父親のことは断片的な情報しか分からない。

 ……あまり興味はないんだけどな。話すこともないし、会っても感慨はない。空間魔法について教われたらいいぐらいのものか。


 ボリボリと頭をかいてから、魔族の老人に言う。


「もうエルフの里に着くから名乗るのは後にする。……俺の妻を含んだ人間や獣人と会わせるが、人間だからといって敵意を向けるなよ」

「……人間? 魔王様の妻が?」


 怪訝そうな表情の老人とあからさまに警戒心を増した少女ふたりに目を向ける。


「俺は魔王じゃない。先代……いや、先々代の魔王であるアブソルトに命を助けられて先程の赤い雷の力をもらっただけだ。魔王に恩義があるから魔族を助けるつもりだが、魔族の味方というわけではない」

「……それは、一体」

「詳しい話はヤドウに聞け。今はお前たちを探しに出かけているが、夕飯時にもなれば帰ってくるはずだ。とにかく、俺の妻には敵意を向けるな、あと変な目で見たりするな」


 納得いっているようには見えないが、ヤドウの名前を聞いた三人はここから逃げ出すという選択は取らないようで小さく頷き、少女のひとりがポツリと呟く。


「……魔王様じゃないなら、ただの粗ツノな男の人じゃん」

「……粗ツノ……?」


 意味はよく分からないけど、とても心が傷つく不思議な言葉だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミエナ「粗ツノ……(目線下)」 ランド「何か聞きたくない……」
[一言] 粗ツノロリコン四股クソ重系半魔族のランドロスさんですって。
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