空中ダッシュ
ミエナは俺の言葉を聞いてぶーぶーと口を尖らせて文句を言う。
「この戦乱の時代に人助けなんてキリがないよ。魔族達が生き延びて人間と戦ったらどっちの味方をするの? もしくは魔族達が生き延びて子供が出来てその子供が戦ったら?」
「……そんなの言い出しても仕方ないだろ。今、困っている奴を助けたいんだ。無理をしているわけじゃないだろ。……地下道作るのに協力してくれなくてもいい」
「そうじゃなくて……多分、最近のランドはしっかりしてるからちゃんと、無理をせず助けられるかどうか折り合いつけられると思うけど」
俺は「ああ、シャルと約束したからな」と頷くがミエナは不満そうに首を横に振る。
「無理をしない範囲じゃなくても、人助けばかりなのはやめてほしいかな。いや、人助けばかりなのはいいけど……私はその邪魔をしようとは思うよ」
「邪魔はするなよ……」
「ランド、ランドロスくん。……あのね、これは大真面目な話なんだけど、人助けよりも悪ふざけしてる方が楽しいんだよ?」
「ええ……」
ミエナは何を言い出しているんだ。ドン引きしつつ木の枝に足を引っ掛けて振り返ると、ミエナは至って真面目な表情を浮かべていた。
「せっかくの温泉もある田舎なんだよ? 覗きの一つもせず、のんびり過ごすこともせず、人助けのために森を練り歩いて地下労働をして、危険なところに首を突っ込む。どうかと思うの」
「いや……まぁ付き合わせているミエナには悪いと思うが」
「そうじゃなくて、人間も魔族も寿命が短いんだよ? シャルちゃんも小さいのは今のうちだけじゃんか。見たいとか思わないの?」
「そりゃ、興味はあるが……何の話だ? これ」
「賢いミエナさんは楽しい方がいいと言っている話です」
「……じゃあ、楽しく人助けするならいいのか?」
ミエナは口元に手をやって首を傾げる。
「うーん、セーフで」
「よし、見つけた」
明らかに何かから逃げているため分かりやすい。ミエナに掴まれている手を掴み返して、下を見下げる。
「……ミエナ、シャル達には秘密にしておいてほしいんだが。俺にはちょっとした特技があってな」
「秘密にしないとダメな特技?」
「ああ、やってくれとせがまれたら危ないからな」
「えっ、何? 怖いんだけど……危ないことするつもり?」
ミエナの腰をグッと抱き寄せると彼女は「ひゃっ」と声を上げる。
そのまま脚を一歩、木の枝から踏み外すように動かす。
「えっ? ……ええ、お、落ち……!?」
そんなミエナの言葉を無視してそのまま片足で跳ね飛ぶ。
「お、落ちる!? ら、ら、らららランド!?」
一瞬の浮遊感のあと、俺は空中にいる自分の足元に適当な土砂を取り出してその土砂を蹴り飛ばすように跳ねてさらに飛距離を伸ばし、また足元に適当なゴミを出してそれを足場にして跳ねる。
「へ? お、落ちてな……って、と、飛んでる!?」
「ああ、俺は実は空を走れる」
「え、ええ……!?」
「基本隙だらけだから敵から逃げたり敵を追ったりするには不向きだけどな」
「こわっ、いや、飛行が不安定っ!」
「連続して跳ねてるだけだからな。でもそこそこ楽しいだろ」
「いやいやいや、楽しくない楽しくない。ひたすら怖いよ」
ミエナはそう言いながら俺にへばりつくように抱きついて、首を思いっきり横に振る。
変に抱きつかれた方が転けたりしやすいが……まぁいいか。
トン、トン、と走り続けたところでミエナが「あっ」と声を上げる。
「あれ? 追われているけど人間じゃなくて……魔物?」
「ああ、そうみたいだな。……落ちるぞ」
「へ? えええぇ!? 待って! それ楽しくないから! さっきから楽しいことをするみたいなノリで言ってるけど全然楽しくないからね!?」
空間縮小で下の距離までを縮めるとこで短い距離にして一瞬で落ちる。シュッと着地したのは、ちょうど巨大な魔物の上だった。
「あー、死ぬかと思った……」
ミエナはホッと胸を撫で下ろしながら俺の腕から離れて魔物の背中の上にへたへたーと座り込む。
「あれ? めちゃくちゃ揺れてる? 地震?」
「いや、ちょうど魔物の上に着地したな」
「そんなことある?」
と言いながらミエナはトントンと魔物の頭を叩いてから俺を見る。
「……狙い上手いね」
「いや、近くに降りようとは思ったけど、普通はこのやり方だと50メートルぐらいはブレるんだよな。まさかこんなことになるとは」
魔物は俺達には気がついていないのか木を破壊しながらかなりの高速で魔族らしい複数の人影を追いかけている。
迷宮の中でもなかなか見ないほどの巨大な魔物、頭上からはよく全貌が見えないが、おそらく熊のような形をしている。
「あー、結構食い扶持ありそうだな。エルフ達に渡しても食い切れないだろうし、異空間倉庫に入れて保存するか」
「えっ、これ食べるの? 熊だよ?」
「いけるいける。あー、俺の魔法だと威力高すぎるから頼む」
「えー、仕留めるのは向いてないんだけど」
ミエナがパンッと手を叩いた瞬間にそこら中の草が目を覚ましたかのようにニョキニョキと伸びて魔物の脚に絡みつく。魔物は少し速度を下げるも構わず走って草木を引きちぎり進む。
魔物との距離が開いたことで、少し余裕が出たらしい魔族の少女が「えっ、草が急に……!?」と驚きの声を上げる。
「ランド、この子パワフルすぎるから動き止めるの無理っぽい」
「あー、じゃあ仕方ないか。勿体ない」
掌に赤い雷を出して小さく纏めて、それをトンと可食部の少なそうな頭に押し付ける。雷が目の前で降ったかのような轟音が響き渡り、魔物の頭が半分ほど消し飛ぶ。
魔物は走っていた勢いのままその場に倒れて木々を薙ぎ倒して動きを止める。
「うわ、強……」
まぁ魔王からもらった魔法だしな。熊の死体を回収する。魔族の説得は面倒だな……と思いつつ、魔物に追われていた人影の方に目を向ける。
カルアからクウカの間ほどの年齢の少女がふたりと、年老いた爺さんがひとり。少女達は何が起きたのか分からないと言った様子で目を白黒とさせて、爺さんは俺を見て目を見開く。
「……そのお力……魔王、様?」
違うと否定する前に爺さんがボロボロと涙をこぼし、おいおいと泣き始める。
「よかった。よかった。神は我らを見捨ててはいなかったのだ」
いや、多分誤解されている……。と言うよりも前に少女達二人がキラキラとした目を俺に向ける。
「この人が……私達の魔王様なんですか?」
「ああ、あのお力、間違いない。魔王様は我らを救いにきてくださったのだ!」
爺さんの言葉を聞いた少女ふたりは「わーいわーい」と両手を挙げて喜ぶ。
いや、むしろ魔王の仇なんだが……と訂正しようとした手をミエナが止める。
「いや、多分正直に話すとついてきてもらえないし、そのままそういうことにしよう。エルフの里でヤドウくんと合流するまでは」
「……騙しているようで気が引けるが、まぁたしかに」
何はどうあれ信頼してもらえている状況は好都合だろう。助けようとしているのは事実なわけだしな。




