王権
アルカナ王国にいる俺の嫁を助けに行こうと思ったら、俺が国王だった。行ったこともない土地の王になっていた。
その事実を理解し、まず真っ先に思ったことは。
「……これ、めちゃくちゃ商人にいじられそうだな」
「……そこ? そこなの? 大切なのは」
「いや……流石に結構な大国だし、商人の耳にも入るだろ。絶対に次に会ったときにいじられる。国王弄りを受ける。というか、死ぬまでネタにされる未来しか見えない」
ノリノリで弄ってくる商人の顔が脳裏に浮かび、頭を抱える。……アイツ、シャルにフラれたことを未だに笑ってくるし、絶対一生からかわれる。
「いや……他に、もっとこう……ない? 思うこととか」
「いや……別に」
「別になんだ……」
「まぁカルアはそのまま王族として活動するつもりはないだろうし、俺と再会したら普通に迷宮国に戻るだろうからなぁ。「私、普通の女の子に戻ります!」みたいなことを言って」
「ランドとカルアは王権をなんだと思ってるの……?」
俺に言うな。俺に。
「とにかく、カルアに会わない限り俺が国王として認識されることはないだろうし、カルアに会ったら一緒に辞めることになるから、実質的に権力はないから、気にしないでいいだろ」
「……でも、何かやれることはないかな。せっかくの王様だよ? やりようによっては、国中の美少女を侍らすことも可能なんだよ?」
「いや、すでに美少女を侍らせてるしなぁ」
「照れるね」
「ミエナのことじゃない」
まぁ、知らないうちに王になってはいたものの、実質的に権力を発揮出来る場所や、何か責任を負うことなども何もないわけなので今までと何かが変わったわけではない。
落ち着いて考えると何か変化があるわけでもないし、慌てる必要はないな。
ミエナは俺よりも悩んでいるようで「うーん」と胸の前で腕を組む。
「でも、せっかくの王様なんだから何かしたくない? 王様になれる機会なんてそうそうないんだよ」
「いや、そうは言ってもやれることなんかないしな……」
ミエナは決意に満ちた表情を浮かべて、じっと俺を見る。
「……やろう。王様ゲームを。本物の王権を使っての王様ゲームなんてなかなか出来ることじゃないよ」
「王権をなんだと思ってるんだ?」
気分も落ち着いてきたので食事を再会すると、ミエナは真剣な表情のまま続ける。
「あのさ、ランド……本物の王様ゲームなんて今しか出来ないんだよ? ランドは今、王様ゲームをしないでこれからの人生で後悔しないと言い切れるの?」
「……いや、別に本物の王様じゃなくても出来るだろ。王様ゲーム」
「じゃあ他に何をするんだよ!」
「洗濯物とか、地下道作りとかかな……」
「分かった、じゃあ夜にしよう。ほら、お酒とか飲みながらさ」
「ええ……嫌だけど」
「私、今からランドのお願いで地下労働させられるんだけどな……。ランドは自分のお願いで頑張るミエナさんのお願いは聞かないんだね」
痛いところを突いてくるな……。そうは思うがミエナとそういう遊びをしたら間違いなくロクなことにならない。酒を飲んでいたら尚更だ。
でも、無下にするのも……。シャルのほうに目を向けると、シャルはまだ自分が王妃になった自覚が湧いていないのか頭の上に「?」マークを大量に浮かべて混乱していた。
どうしよう。シャルがいないと断りきれないぞ。俺は押しに弱いのだ。
「あ、あのランドロスさん……王様、なんですか?」
「おそらく、知らないうちにカルアがそうしたっぽいな」
「その、ランドロスさんの妻ということは、僕も王妃様で……ミエナさんも王女様ということになるんですか?」
「ミエナは王女様ではないが、そういうことになるな」
シャルは微妙な表情を浮かべてポツリと口を開く。
「前にちょっと話ましたけど、ちいさい頃、お姫様になりたいって夢があったんです。……叶いましたね」
「あまり深く考えなくていいぞ。カルアも何も考えてないだろうから」
「まぁ……はい。あっ、でも、カルアさん達の居場所がちゃんと分かったのはよかったですね。探しまわることにはならなさならなさそうです」
「ああ、だいたいどの辺りぐらいしか分からなかったから、アルカナ王国の首都にある城に行けばいいってハッキリしたのは楽でいいな。そこに関してはカルアに感謝だな」
俺とシャルがお互いに微妙な表情で頷き合っていると、今回の事態を面白そうに感じているらしいミエナが割って入る。
「ほら、せっかくなんだから王様を楽しもうよ。私、扇で仰ごうか?」
「冬にそれは嫌がらせだろ」
「でも王様だよ? 平気でしょ」
「王はフィジカルに優位なものがなる職業ではないぞ」
とりあえず、何がどうあっても実態として国王になることはなく、ただのカルアのいつものアレなので、あまり考えないようにしようと料理を口に運ぶ。
「そういえばランドロスさん、王様ゲームってなんですか?」
「……それは気にしなくていい」
「ランドって物知らずな割にはそういうことは知ってるよね」
「やめろ。たまたま知ってただけだ。ノリが軽い女の子ならまだしもシャルみたいな子がそういうことをさせてくれるはずもないし、企んでいるという疑いをかけられるのは心外だ」
「いや、まだ何も言ってないよ……。じゃあ、ご飯も食べたし、地下労働に行こうか、王様」
ええ……もうちょっとシャルと話してから……と思うも、ズルズルと引っ張られてしまう。
「シャルー、助けてくれー」とシャルに手を伸ばすと、シャルは慌てた様子で「ミエナさん、待ってください」と止める。
やっぱりシャルは優しいなぁと思っていると、シャルはニコリと俺に笑いかける。
「洗濯物出してください。今のうちにお洗濯するので」
「……はい。あ、食事の片付けとかもするんだろ? 全部やると疲れるだろうから、一部だけな」
「大丈夫ですよ? 僕ももう体力ついてきたんです」
シャルは腕枕をして白く細い腕を出してぐっと力を込めるも、全然力こぶは出来ておらず、ふにふにと柔らかい。
「……あー、昼に干したりしなくても、異空間倉庫の中だと臭くならずに乾かせるから、夜に俺もやるよ」
「ん、んぅ……でも、女の子の服ばかりですし……」
「俺の服だけでも自分でやるよ。それに、シャルとネネは俺が洗うのを嫌がるだろうけど、ミエナはそんなに気にしないだろうから、それで半分近くは負担も軽くなるだろ」
「んぅ……でも、僕のお仕事が……」
「……頑張りたいのは分かるけど、疲れも溜まってるだろ? 夜、またゆっくりと話したいから休んでいてくれ」
シャルはこくりと頷く。シャルとネネの服を預けてからミエナに引っ張られていく。
あー、もうちょっと話したかった……。




