即位
シャルの手料理楽しみだなぁ。と思いながらネネの頭を撫でて、頭の中で地下道と地下室の設計を考える。
ハッキリ言って形自体はかなりどうとでもなる。
脱出口として使うなら廊下は広い方がいいような気もするが、それだと空気が流れにくくて篭りそうだ。
必要な光源も火は使えないので光の魔道具などになるのであまり数は用意出来ないため、明るさの問題も発生する。
「ネネ、これから暇か?」
「先生と洗濯物をすることになっている」
「ああ……今から作る地下道の設計について話したかったんだが……無理か」
「私が分かると思うか?」
「ネネは賢いからなぁ」
ネネは俺の頭をぽすりと叩く。
「ミエナとやったらいい。……私は、大人しく家事でも覚えてる」
「家事を覚えたいのか?」
ネネはこくりと頷く。少し……いや、かなり意外だ。
暗殺者としての過去があり、幸せになるべきでないと考えていたからか、ネネの普段の生活は酷いものだった。最低限は出来ていたがそれ以上はなく、本人もそれを望んでいなかった。
家事を覚える。というのは大したことがないように見えて、ネネが「幸せに生きたい」と願っていることを示すようなものであるように思えた。
「……どうかしたの?」
「いや、家事って洗濯以外には何をしたいんだ? 俺で良ければ教えようか?」
「ランドロスは雑そうだからいい」
「否定はしないが……料理とかするんだったら、初めに試食をさせてくれよ?」
ネネは俺から目を背ける。
「やだ」
「やだって……なんでだよ。一緒に生活してるのに、俺だけ飯抜きにするつもりか? 魔族汁出すぞ」
「変な汁を出すな。……練習が終わったら、あげるから」
目を逸らしながら顔を赤らめているネネを見て遅れて察する。ああ、俺に料理が下手だと思われるのが嫌なのだろう。
やっぱりネネは素直じゃないけど可愛いな、と思ってニヤニヤとしているとネネは不満そうに俺を睨む。
「……ランドロスは卑怯だ」
「何がだ? 俺も何か作ろうか?」
「……他にも女がたくさんいるから、緊張しないんだ。私にはランドロスしかいないから不安になって緊張するんだ」
「……いや、確かに嫁ならシャル達の三人もいるけど、ネネはひとりしかいないから代替はないし、嫌われたらどうしようと不安に思うことぐらいあるぞ。……あ、大丈夫だと思うが、だからといって浮気とか本当にやめてくれよ?」
「お前じゃないんだからするわけない。……他の男を好きになったりはこれからもしない」
……まぁ、俺が言えることじゃないよな。浮気だらけで。
「王子様とかに言い寄られても拒否してくれよ?」
「だから……あの時に言った、好みの異性の話は誤魔化すための嘘だって……しつこい」
「ネネがムキになるのが可愛くてな。ごめんごめん。……じゃあどんな男が好みなんだ?」
俺がからかうように言うと、ネネは「ランドロス」と口にする。
「なんだ?」
「質問の答え」
「……ああ、俺を呼んだわけじゃなくて、ネネの好みの異性のタイプがそのまま俺と……」
急にものすごいデレ方をする。あまりに直接的な好意に思わず照れてしまうと、ネネはふいっと俺から目を背けてしまう。
「……ん、誰か近くに来た。足音からして……ヤドウ?」
「ああ、飯時だから帰ってきたのか」
結構な人数になるから椅子も机の幅も足りなさそうだな。と思っているとネネは立ち上がって別の部屋に移動しようとする。
「どうした?」
「……アレが近くにいると落ち着かない」
「あー、まあ知らない人は苦手だもんな。一緒に行っていいか?」
「たまには一人でいたい。旅の最中はずっと離れられないから」
「そうか……。あー、分かった」
そろそろ飯も出来るようなので店番をしているクウカも呼ぶか。
そうこうしているうちにヤドウが戻ってきて寒そうに中に入る。そのあと出来上がった料理を机の上に運ぶのを手伝っていく。
椅子が足りないので俺は立って食べることにして、ネネのいる部屋にも料理を運んでから食べ始める。
珍しい初めて食べる料理で少し独特な癖もあるけどなかなか美味いな。と思っていると、シャルが不安そうにチラチラと俺を見ていることに気がつく。
「ああ、シャル、美味しいよ」
「えへへ、僕はちょっとお手伝いをしただけですけど。でも、エルフのお料理を習ったので帰ってからも作ってあげられますよ」
「そうか。楽しみにしてる」
シャルの頭をよしよしと撫でていると、ヤドウが不思議そうな表情でシャルの方を見つめていることに気がつき、眉を顰めて視線を遮るように立つ。
「ヤドウ、シャルがどうかしたか?」
「ああ、いや……大したことがないんだが……いや、本当にどうでもいいことなんだが……」
「狙ってないだろうな」
「こんな子供を狙うわけないだろ……。あー、自己紹介をしたときに変なことを言っていたな、と思ってな」
「変なこと、ですか?」
シャルがこてりと首を傾げる。まぁあの場はネネ以外の全員が変なことを言っていたが、どれの話だろうかと思っていると、ヤドウはどうでもよさそうに料理を食べながら頷く。
「ほら、シャル・ウムルテルアって名乗っていただろ」
「んぅ? はい、そうですけど」
「ウムルテルアって、最近アルカナ王国に即位したらしい国王とその王妃の家名と同じだと思ってな。まぁ、普通に関係ないと思うが」
シャルの食事の手が止まり、ギギギと音が出そうなほどぎこちない仕草で俺の方に目が向く。
ミエナとクウカも同じように俺を見ているが……俺も今、状況をマトモに理解出来ていない。
……ウムルテルアを名乗る人物が、俺たちが向かっているアルカナ王国で国王になった。
ということだ。うん。そういうことである。
「あ、あの……ら、ランドロスさん?」
「……シャル、非常に、非常に俺も混乱している。とりあえず落ち着こうと思うんだが、どうしたら落ち着くと思う?」
「や、やっぱりそういうことなんですか!? そういうことが発生したんですか!?」
俺とシャルが慌てているのを見てヤドウが不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「ヤドウ、今な、とんでもない事実に直面しているんだ」
この前、カルアを含めた迷宮鼠のみんながアルカナ王国に飛ばされた。カルアは元々アルカナ王国の王女である。
……もしもアルカナ王国で迷宮鼠に不都合なことが発生したら……例えば、迷宮鼠のみんなが亜人だからと攻撃されかけたら、カルアはそれを何とかしようとするだろう。
手っ取り早い方法は身分を明かすことだろうし、身分を明かせば当然だが城に連れ戻されることになる。
ここまではいい。ここまでは割と普通の流れである。問題は……アルカナ王国が連れ戻した王女がカルアということだ。
……例えばカルアが迷宮国に戻ることをアルカナ王国の国王が拒否したり、あるいは俺以外の男とお見合いをさせようとしたら……カルアは全力で拒否するだろう。
それこそ……お見合いが嫌で、救世主パワーで王を打倒して王権を乗っ取るぐらいはする。三日とかでする。カルアはそういうことをするやつだ。
その際、なんとなくの思いつきで、自分を女王ではなく王妃ということにして、俺を国王にするとか……そういうことをする奴である。カルアは。
カルアならしかねない。俺を王ということに。
手に持っていた食器を置き、まだ温泉の熱でホカホカとしているミエナに目を向ける。
「……知らないうちに、知らない国の国王になっていたんだが……俺はどうしたらいいんだ……?」
「わ、私に聞くの? なんで? 聞かないでよ」
「いや、この中で一番年上だし、そういうときの対処法とか知ってるかと思ってな」
「し、知らないよ? 知らないうちに王になったことなんかないしさ……?」
百年以上生きてるんだから経験していてくれよ。
ヤドウは不思議そうな表情で俺たちを見て首を傾げる。
「なんだなんだ。どうしたんだ?」
「いや、どうしたも何も……俺が王だ」
ヤドウは「何言ってんだコイツ、頭おかしいんじゃねえの?」という表情を浮かべて俺を見る。
おかしいのは俺ではない。この世界だ。
全てこの世界が間違っているんだ。




