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ユタネラ

 店の前に立っていたミエナと人間の男達が相対し、ミエナは横にズレて男達が通れる道を開ける。


「……人間の子供?」


 ミエナのことは気にしていなかった男がシャルとクウカを見て怪訝そうな表情を浮かべる。


「ん? あ、人間の兵士さん。この子達は私が預かっている子供だけどどうかしたの?」

「……いや、近くに魔族が潜伏している可能性が高いから気をつけるように。」

「はーい。親切にありがとう」


 特に問題なくやり過ごせたかと思っていると、男の一人がミエナに手を伸ばし、細い首筋に触れる。


「っ、やっ。何……?」


 ミエナは嫌そうに身を捩ってその手から逃れて不快そうな視線を男へと向ける。男はそんなミエナの様子を気にした様子もなく、再びミエナの首に手を伸ばして何かを摘んだ。


 男の指先に摘まれていたのは、黒い髪の毛だった。


「黒い髪が付いていた。そこの二人の人間の子供も黒髪ではない。エルフの髪は金か銀だが……これは誰の髪の毛だ?」

「っ……」


 ミエナが目を泳がせて言い訳を探ろうとした瞬間、店の方からトンとユタネラが立ち上がる音が聞こえる。

 ユタネラは状況に物怖じすることもなくミエナの隣に立って彼女に笑いかけた。


「それ、多分鹿の毛だね。昨日ミエナが取ってきてたから」

「……鹿?」

「うん。多分里のエルフだと食べきれないだろうから、よかったら一緒に食べてくれないかな。裏手に置いてあるんだけど」


 男はユタネラを少し見た後、疑わしそうにミエナをじろりと見つめる。


「……そうか。食料は不足しているから貰えると助かる」

「じゃあ解体したら持っていくね。食べたい部位とかある? 調味料は足りてる?」

「どこでもいい。では、また」


 多少疑われているが確かめるほどではなく、一応気にかけておく程度の反応だ。俺は息を殺しながら男達の背を見つめる。


 少しの時間が経って男達の姿がなくなってから、ユタネラの店に入ると、ミエナが気が悪そうに触られた首を拭いていた。


「大丈夫だったか?」

「まあ平気だけど……知らない男の人に首を触られるのは普通に気が悪いかな」


 ユタネラの方に目を向けると、彼はホッと息を吐いて額の汗を拭っていた。


「あー、びっくりしたー。めざとすぎるよ。首に付いた髪の毛に気がつくなんて……首に付いた髪の毛……」


 ユタネラはそう言いながら落ち込んだように棚にもたれかかる。


「首に髪の毛……」

「いや、多分枕に付いていたのがくっついただけだ。誰がどれを使うとか決めてないからたまたま俺のが髪が付いていただけだと思うぞ」

「……朝起きるの遅かったけど」

「ずっとここまで歩いてきていたんだ。疲れぐらい溜まってるだろ」


 俺はため息を吐いてからユタネラに軽く頭を下げる。


「さっきは庇ってもらって助かった」

「まぁウチで預かってるヤドウくんのこともあるしね。気にしなくてはいいよ。……でもどうしたものかなぁ、近くに居座って探す気満々みたいだね」

「……追い返したりは?」

「ここの里だけだと採れなかったり作れなかったりするものも多いから交易のためにはあんまりそういうことはしたくないね」

「だよなぁ……。色々と厄介だな」


 俺がガリガリと頭を掻いていると、ユタネラは口元を隠すように小さく笑う。


「ああ、ごめんね。馬鹿にしたとかそういうんじゃなくて……人のために頑張っていていい人だなって」

「別にそういうつもりはないが」

「いや、面倒になったら休むのをやめてそのまま目的地に向かってもいいわけでしょ。そうせずに悩んでるってだけでいい人だよ」

「……過分な評価だ」


 俺がため息を吐いてそう言うと、ユタネラは「お茶でも出すよ。上がっていって」と店の奥に入っていく。

 ミエナの方を軽く見ると「あー、私はお風呂に入ってくるね」と言って逃げていこうとしたので首根っこを引っ掴んで引き止める。


「……お前なぁ、変に関係を疑われてるんだからちゃんと否定してくれよ」


 俺が呆れながらミエナを引っ張って中に入るとシャルは後ろに着いてきながら不満そうな目を俺に向ける。


「ランドロスさんのそういう距離の近さもあるとおもいますけどね……」

「距離近いか?」

「近いです。ぷんすかです」


 そんなに近くないと思うが……と考えながらミエナから手を離す。


「うー、逃げたい……」

「嫌なら普通に断ればいいだけだろ? ユタネラはいいやつっぽいし、変なことにはならないだろ」

「ユタくんはいい人だよ。いい人だから気まずいんだよ」


 面倒くさいな……このエルフ。


「そもそも私を好きになるのがおかしいんだよ。ユタくんは。そこがズレてる。街の人に対してみたいな猫被りとかしてないのに」

「いや、そこはそんなにおかしくはないだろ」

「えっ? …………へ?」

「おかしなこと言ったか?」

「えっ、いや……ん、んんっ? ランド、私のこと好きなの?」

「なんでそうなった……?」


 呆れながら進むと、ミエナは不思議そうに首を傾げる。


「素の私を好きになるのがおかしくないって」

「そりゃそういう奴ぐらいいるだろ。俺がどうこうは言ってないだろ」

「えー、勘違いさせるようなこと言わないでよ。びっくりしたー」

「深読みしすぎだろ……。あの魔族の状況がどうとかで色々話したいんだし、ミエナがいてくれた方が助かるから逃げないでくれ。ユタネラも無理に言い寄ったりはしないだろ」

「そうなんだけどさ……。こう、結婚とかを真面目に考えないとダメな歳ということを思い出してしまうのが辛いんだよ……」


 そこはちゃんと向き合えよ。


「キミカのことが好きなんだろ? 普通にそう話したらいいだろ」

「そうなんだけどさ……」


 ミエナが何を言いたいのかよく分からず、ミエナと同性であるシャルの方に目を向ける。


「えっ、いや、僕も分からないです。僕はかなり早婚ですし……」


 続いてクウカに目を向けると、腕を組んで「うーん」と口にする。


「昔、友達はみんな好きな人がいたのに私だけいなかったことがあって、自分の年齢の割に遅れているのかなぁって悩んだことはあるかな。人と一緒でいたいってのは分かるよ」

「つまり、ミエナは結婚したいということか?」

「う、うーん、そうかと言われると難しい……。うーん、素直な気持ちを言うとマスターと結婚したい」

「クルルは俺の嫁だ。まぁ、話しにくいなら後で俺から言おうか? 誤解されないようにキミカのこととかギルドのことも話して」

「……うーん、それもズルい気もする」


 面倒くさいなコイツ……。と思いながらユタネラのいる部屋に入る。昨日とは違ってネネはまだ寝ていていないので席は足りている。


 椅子に座りつつユタネラに尋ねる。


「ヤドウのやつは?」

「あ、起きてるよ。呼んでこようか?」

「……いや、本当に最悪の場合は見捨てるというか……ここに匿えないことになるんだろ。この場にはいない方がいい」

「まぁ……それはしたくないけどね。情も湧いてるし、いい子だしね。ヤドウくん」


 いい子という歳でもないと思う。

 軽く誤魔化すように咳をしてから口を開く。


「問題は四つか。ひとつは先程の人間の兵士達、ふたつ目にヤドウの仲間を見つけられるかについて、みっつ目に見つけたところで住まわせる場所がないということだな」

「ミエナさんのいる迷宮国は無理なの?」

「まぁ難しいな。時期が悪すぎる」

「んー、あ、よっつ目の問題って何?」


 そりゃミエナとユタネラの……とは口に出せないか。

 迷宮国は無理でもトウノボリに頼んで……と考えはしたが、そんなものはキリがなさすぎる。

 困った際に全部トウノボリに押し付けるという解決はしたくない。……そもそも忙しいやつだしな、トウノボリ。面倒は見切れないだろう。


「よっつ目はなかった。ユタネラはどうするのがいいと思う?」

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