鼠蹊部
クウカが刺された。俺を庇って。
その事実を理解して、自身が刺された時よりも強い痛みが全身を駆け巡る。
「ッ……ランドロスッ!!」
女が再び同じ土の槍を発生させる魔法を放つ。俺は魔王の大剣を引き出してその槍をへし折り、女を無視してクウカを抱き起こす。
かなり深く突き刺さっているが、回復薬を使えば治るだろう。痛みがないように異空間倉庫で土の槍を取り除きながら回復薬の魔法を取り出してクウカに使う。
「ロス、くん……ごめんね、また迷惑かけて……」
「……治癒魔法は、治しても幻痛があったり、上手く動かさなかったりする。しばらく無理はするな。悪い、俺のせいで痛い思いをさせた」
背後に迫る槍を片手で破壊すると、クウカが俺の耳元に口を寄せて小さな声で何かを話す。
その声は、女の叫びに掻き消えそうになる。
「貴様ッッ!! 父上の剣をッ!!」
「……父上……?」
魔王が父親……いや、アイツは妻子を持っていなかったはずだ。それに顔立ちはあまり似ていない。
だが、騙りと言うには少しばかり本気の怒りというものを肌に感じる。
「まぁ……どうでもいいか。…………今すぐにでもぶっ殺してやりたいが、大恩のあるアブソルトの遺志に背くことになり、カルアの努力を無に帰すことになり、何よりクウカ自身が望んでいない。……逃げるなら見逃してやる」
「……私は、戦士だ」
実力は……低い。
正直なところ魔族の一般人程度もない。筋力はあるものの動きは鈍く、隙が大きい。
当然、疲労や飢えによる動きの鈍さはあるだろうが……それにしても「技量」を感じさせない。あからさまに……戦士らしい強さではない。
魔法が発動する直前に少量の赤い雷により発生を防ぎ、跳び退こうとした足先を踏んでその場にトドメさせる。
俺に振るおうとした腕を関節を押さえることで動けなくさせて、ギロリと女を睨むとぴくりと震える。まるっきり……ただの一般人だ。
「っ! ロスくん! ダメだよっ!! 殺したらっ!」
「……弱いな」
歯噛みする女を見ながらため息を吐き出す。
「……俺のことを知っていたなら、即死以外の怪我ならいくらでも回復出来ることは知っているだろ。万が一はない」
「それが、どうした! 仲間を、父を、大切な人の仇を前にして……! どうして引き下がれてくれようかッ!」
「……一度逃げたくせによく言うな。俺が甘くしたからか? 女子供が多いから勝てると思ったのか……?」
女の目を見て、俺自身でそれを否定する。
「違うな。……飢えて倒れていたのに、こんなにすぐに動けるはずもない。お前は、わざと行き倒れていた。生きることに嫌気が差して、まだ動けたのに動くのをやめた。そして、そんなところに俺が現れた。都合よく「戦士として死ねる」相手が来た」
「ッ! 殺してやるッ!」
「……戦士は偉大ではない」
女の手を離し、再び放たれた土の槍を回避しながら話を続ける。
「戦って、戦って、人を殺して、そればかりしか出来ない。農民や商人がいなければ飢えるだけの貧弱なものだ。月並みに、人は助け合って生きている」
片腕で振るった大剣で土の槍を全て薙ぎ払う。
「……アブソルトは、施政者だった。戦い勝つことよりも多くの魔族を救うことを望んでいた」
「……ッ! 貴様が父上を語るなッ!」
「お前は違うな。仲間を救うことではなく、戦うことを良しとした。……大層立派な戦士だ」
守るために戦う、守るために戦えなかったことを後悔する。そうであれば……ああ、いい人だと思えた。
「…………この剣はアブソルトに貰ったものだ。赤い雷も、この命も。だから簡単にくれてはやれない」
「ッ!! 奪ったんだろうがッ!!」
「違う。命を救われた。……魔王は俺が戦って殺した。それは否定しない。だが、同時に救ってもらった。……その理由が、お前を見てよく分かった」
魔族の持久力の低い魔力と体力、もうすでに槍を生み出す魔力もないのか、ふらふらと槍の破片を握って俺へと突っ込んでくる。
「魔族は滅びる運命にある」
槍を掴みながらそう言う、女は俺を睨みつけて槍から手を離して拳を振るうが、それも掴んで止める。
もう疲労によって筋力すら発揮出来なくなっていた。
「……だから、人の味方をしているのか……!」
「戦争のときは魔族が押しているものだと思っていた。だから違う。……魔王アブソルトは先を見据えていた。この世界の仕組みとして、魔族は人間との戦争に勝てない」
管理者であるトウノボリがそう作ったように……魔族が人間に置き換わることはありえない。
持久力がなく農耕が不得手であり、他者との関わりが苦手だから人数が増えない。戦争で一人で百人殺そうが、潰し合いになれば残るのは人間だ。
そうなるようにトウノボリが設計したのだ。
だから、戦争では負ける。……重要なのは、負けた後……アブソルトの死後だ。
「……人類はいずれ、件の化け物に勝たなければならない。そうでなければ、幾千年何万年繰り返そうが、魔族は凄惨な戦乱の中にしかいられない。だから……だから、俺に託したのだろう」
魔法と剣、それに命を。
「ッ、訳の分からない事ばかりっ!」
「……お前は守られて生きてきたんだろう。ということだ」
結局のところそれに行きつく。
「……カルアの救世、俺ももっと手伝うか」
「……意味が、分からない。何故殺さない」
「クウカが、お前を殺すなと言っていたからだ。それに魔王の大恩もある。……もう一度言う。見逃してやる、生きて仲間を見つけにいけ」
「っ……どうせ、全員死んでいる! 生きていても、すぐに……!」
完全にバテきった拳を俺に振るおうとし……俺が「クウカ」と呼ぶと、女の背後にクウカが現れて後ろから首を絞めて意識を無理矢理落とす。
倒れる女を受け止めて地面に寝かせる。
「……どうするの? ロスくん」
「……連れてはいけない。魔物や動物に襲われないようにだけして、今のうちに立ち去ろう」
クウカの方に目を向けると、クウカは恥ずかしそうに腹部を押さえる。
「ふ、服破れてるから……あんまり見ないで」
「いや、見るだろ。ちょっと捲り上げていいか?」
「や、だ、ダメだよっ! ちょっと、ろ、ロスくんっ!」
クウカの手を持ってから服を捲り上げる。血に濡れて見えにくい腹を布で拭き、微かに傷跡が残っているのが分かった。
「……跡が残ってるな。初代に会ったら治してもらえるけど……本当に悪いことをした」
「い、いや、私が勝手にしたことだからっ! ふ、服下ろしてっ! スカートも破けてて、へ、変なところギリギリだから!」
「痛みはないか? 内臓とかを無理矢理治したら気持ち悪くなったりするだろ」
「だ、大丈夫だから! ほ、本当にっ!」
クウカが俺をトンと押して、抑えていたスカートから手を離す。そのとき、ズルリと腰の辺りが破れたスカートがずり落ちそうになり……バッと目を逸らす。
せ、セーフ! ギリギリ、見えなかった、セーフ!
「う、うー、もうっ! もうっ! えっち!」
「い、いや、そういうつもりでは……本当に大丈夫か?」
「着替えてくるからっ! ……その人が起きる前に魔物除けでもして、見つからなくなるところまで行こう」
「ああ……その、悪い」
「…………いいよ」
クウカは不満そうに唇を尖らせてそう言ってから、小屋の方に向かう。……血塗れでシャル達を驚かしてしまいそうだな。




