行き倒れ
旅は滞りなくと言えば滞りなく進んだ。本来なら厳しいもののはずではあるが、やはり積載量が多く食料などの荷物を気にしなくていいと言うのは楽なものだ
……問題は、人間関係というものだ。
案外ミエナはしっかりしているというか、伊達に歳を食っているわけではないので嫌がられないギリギリを狙っているのでそんなに問題はない。
俺の独占欲がめちゃくちゃ強いのを分かってか、シャルやネネにはちょっかいを出さずにクウカや俺にベタベタする程度だ。
案外ネネが気弱なのも、シャルが気を使いながらもハッキリと発言するのも問題ないしありがたい。
一番の問題は……なんというか、やはりクウカである。
特に何か問題を起こすようなことはないが、目に見えて日に日に落ち込んでいくのが分かる。理由は明確で……俺がシャルをおぶったり、ネネと雑談をしていると羨ましそうな表情を向けて話に入ろうとはせずに押し黙っていた。
多分気を使っているのだろうとは分かるが……明らかに落ち込んでいるクウカがいることで微妙にギクシャクしてしまう。
……よく考えてみると、ストーカーはよくされていたが、俺が呼ばない限りは話しかけてくることはあまりないしな。基本的にじっとこちらを見てくるだけだ。
でも、俺からあまり話しかけるのもなぁ……。俺としてはクウカには諦めてもらい、他の男と幸せになってもらいたいのに、俺から話しかけて変に期待させる訳にもいかないからなぁ……。
でも落ち込んでいるクウカを放置するのも……と、考えているとネネに手を引かれ、彼女が指差した方に触手型の空間把握を伸ばし、先っちょに赤い雷を纏わせて魔物を焼き尽くす。
「あ、あー、そう言えば全然魔物見ないね。もう十日も旅をしてるのに一匹も見ないよ。これはクウカちゃんの豪運のおかげかな?」
「結構来てるぞ」
「えっ、そうなの?」
「私が見つけて、ランドロスが近づく前に処理してるだけだ。時々指差してるだろ」
「あー、あれってそういうことだったんだ。てっきりちょうちょとかお花とか見つけてはしゃいでるのかと」
「私をなんだと思っているんだ」
まぁネネはちょっとそういうところがあるよな。ちょうちょとか見つけたら目で追ったりしてるし。流石に俺に報告をしたりはしないが。
ミエナは空気を変えることに失敗したからか、俺の方に寄ってきて小声で話しかけてくる。
「ランド、どうにかしてよ。クウカちゃんずっと暗いよ?」
「……俺があまり優しくしたら、変に期待を持たせるだろ」
「それはそうだけど、可哀想じゃない? ……思ってたより普通の子だよ?」
「……だからこそだろ。優しくするのも無責任だ」
俺とミエナがああだこうだと言い合っていると、クウカが俺の方を見てペコリと頭を下げる。
「ご、ごめんね。その、空気とか悪くしてるよね。元気だから大丈夫だよ?」
「……聞こえてたか。悪い」
「ううん。なんとなく雰囲気で…….無理矢理ついてきたのにごめんね。結局、夜の見張りぐらいしか出来ることないし」
「それはかなり助かっている。やっぱり夜の間二人で交代と三人で交代はだいぶ眠れる時間に違いが出るからな。ネネは負担が減って不満そうだが」
クウカは俺の言葉にホッと息を吐き出す。……やっぱり心が痛むな、と思っていると、ネネが「ん?」と首を傾げる。
「……また魔物か?」
「……いや、人。でもひとりだけだし……倒れてる」
「こんな街道から離れたところにか?」
普通……というか、俺たちのようによほどの理由でもない限りは街道に沿って歩くものだ。道は分かりやすいし街で物資を補給しやすく、単純に歩きやすさも段違いだ。
しかもひとりというのも解せない。……夜の間に魔物に襲われる可能性もあるので、俺であっても避けたいぐらいだ。
特に、シャルと結婚してからは眠りが深くなっているので今だと危ない気がする。
昔はちょっとした物音で目を覚ましていたから大丈夫だったが……半分寝ながら空間把握なども使えていたが、今は無理だしな。
そんな具合に……街道から離れた場所で一人というのは、あまりにも危険が大きく手間や厄介事も多い。
「どうする?」
「……倒れてるんだよな。生きていそうか?」
「たぶん」
「……見捨ててはいけないか。訳ありなのは間違いないが、悪人と決まってるわけでもないしな」
背中に乗ったシャルを下ろして、ネネの指差す方に向かう。一応の警戒のため俺を先頭にして、ネネ、クウカ、それにシャルを護衛するようにミエナという形で進み……思ったよりも遥かに小柄な人影を見つける。
女性……身長はカルアぐらいだろうか。腰の辺りまで伸びる長い黒髪に隠れて体型は分かりにくいが、身長は低いが腰つきや胸の大きさからして子供ではなさそうだ。
そして、見覚えのある独特な意匠の施された変わった織り方がされた服……これは、先の戦争時に魔族達が着ていたものに似ていて……なによりも、頭に生えた半ばから折れた角が、この女性が人間ではなく魔族であることを伝えていた。
「ら、ランドロスさんっ! この人ボロボロですっ! た、助けないとっ!?」
「……ああ」
何故こんなところに魔族が……と考えている俺や警戒をしている三人を他所にシャルが大慌てで駆け寄ろうとしてミエナにとめられる。
……散々、戦ってきた魔族。服装からしても迷宮国で見るような、本国とは無関係の魔族というわけではないだろう。
おそらくは逃げて落ち延びようとしたが、魔族の持久力の低さから行き倒れたのだと分かる。
……まさか、今更、こんなところで魔族を見るとは思ってもいなかった。この女性が倒れているのは……俺が魔王を倒した事で戦争で負けたのが原因だろうと思うと安易に助けるべきだとは思えない。
俺は恨まれているだろう立場で、人間であるシャルとクウカは敵だと判断される可能性が高い。
しかし、痩せこけて汚れて行き倒れている姿を見ると、このまま放っておけば死んでしまうであろうことが分かってしまう。
けれど……けれども、こういう人が数多く出る事も分かって、魔王を討ったのだ。そんな俺が……助けていいのか?
シャルとクウカの身の安全を思えば無視するべきだ。そう判断を下そうとしたとき、俺の脇を通るようにクウカが女性に近寄る。
「……ロスくん、無理をしなくていいよ」
「…………俺が助ける資格があるのか、わからない」
「ロスくんのことは少し分かってるつもりだけど、どうせ助けるんだからさっさと助けた方がいいよ。どうせやることになるんだから」
「……いや、まぁそうかもしれないけど」
放置はしていけないのは確かだ。
でももう少し悩ませてくれた方がいいのではないだろうか。
回復薬を取り出して、その中の魔法を引っ張り出して女性にぶつける。それから小屋と薪を取り出してミエナに声をかける。
「今日はここで休もう。ミエナ、色々と任せていいか? シャルも疲れているだろうから休ませておいてほしい」
「ん……もちろんいいけど、大丈夫? 顔色悪いよ?」
「平気だ」
起きた時に狭い小屋の中だと警戒するだろうと思い、日差し避けに長槍と大きい布で簡易的なテントを張って、魔族の女性が腰に刺している剣と短刀を取り上げてから地面にベッドを置いてそこに寝かせる。
……随分と軽く、飢えているだろうことがわかってしまう。罪悪感から胃に痛みが走るのを感じでいると、クウカが「任せて」とばかりに俺に笑みを向ける。
……人間のクウカよりも、半魔族の俺の方がまだ警戒心を持たれない気もするが……まぁ、少し頼るか。




