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幼女化

 クウカに伸ばそうとした手を引っ込めて、何度か瞬きをしてから息を深く吐き出す。


「……好いた人を諦めきれないという気持ちは、よく分かる。というか、俺とクウカはまぁそこそこ同じような感じではあるしな。助けられて好きになって、好きな人にフラれて諦められないというのは、まぁ俺は好きになってもらえたが」

「……ずるい」

「ずるくはないだろ……」


 どうしたら諦めてもらえるのだろうかと考えていると、扉が開いて金色の髪が揺れるのが見えた。


「やっほー、あ、クーちゃん起きたんだ。良かった。平気?」

「あ……えっと、フラれて泣いてるところだよ」

「体は平気そうだね。まったく、ランドったら女泣かせなんだから」


 どうやらミエナはクウカのために粥を持って来たらしく、ベッドの横に座って匙で粥を掬ってふーふーとそれを冷ます。


「いや……仕方ないだろ。好きだと言われたからといって無制限に受け入れるわけにもいかないしな」

「真面目に答えられると反応に困るね。はい、クーちゃん、あーん」

「えっ、いや、自分で食べられるよ。……話したのほとんど初めてなのに距離近い……」


 クウカが言えることではないだろ、距離感の近さは。

 ミエナにあーんとされているのを恥じらいながらもされるがままに食べていく。


「提案なんだけどね、クーちゃんや」

「あ、うん。……有名な探索者さんに名前を覚えられてるの、なんだか照れるね。私なんてただの新人探索者なのに……」


 言うほどただの新人だろうか……?

 ミエナはニコリと笑みを浮かべて、クウカの頭をよしよしと撫でる。


「幼女にならない?」

「……ようじょ? 養女ってこと? ミエナさんの子供になるってことかな」

「違うよ。それだとランドの孫になっちゃうでしょ。幼い女の子にならないかって提案だよ」


 ミエナの娘になっても俺の孫にはならない。


「ええ……いや、そんなの無理でしょ」

「ふっふっふ、それがね、出来るんだよ。人を幼くする技術の持ち主であるチヨちゃんがいるからね!」


 ミエナ……まだ諦めてなかったのか……。

 俺が呆れながら様子を見ているとミエナが粥を机に置いて説明を始める。


「実はここ、塔の最上階なんだけどね。そこにいる塔の管理者さんであるチヨちゃんは、人を幼女にすることが出来るの」

「……ええ」


 クウカはドン引きした表情でミエナを見つつ、自分で粥を手に取ってもぐもぐと食べる。


「……塔のてっぺんに辿り着いたら、何でも願いが叶うって噂だったけど……」

「幼女になるのって、人類の普遍的な夢じゃない? 実質的に何でも願いが叶うというのは正解だよね」


 間違いだと思う。というか、トウノボリは人体を若返らせたり性別を変えたりなどの技術を持っているだけで幼女オンリーではない。


「……本当なの?」

「おうともさ」


 ミエナが頷くとクウカは真剣な顔をして考え込み、ぶつぶつと口を動かす。


「……本当なら、私もロスくんの好みになれる……? シャルちゃんも、クルルちゃんも、カルアちゃんも、みんな小さいし……私も小さくなったら……」


 ぶつぶつと口にしているクウカに言う。


「クウカ、分かってるとは思うが、やめろよ?」

「でも、小さい女の子好きだよね……。それで少しでも可能性があるなら……付き合えなくても、今よりも少しでも好きになってもらえるなら……」


 クウカの視線が少しおかしいものになり、ミエナもそこまで本気ではなかったからか少し驚いた表情を浮かべる。


「あ、え、えーっと、クーちゃん。今はまず元気になった方がいいから、いっぱい食べてね」

「……ミエナさん、どれぐらいの年齢になれるとかある? 何歳でも大丈夫なら……」


 クウカは明らかに本気な様子を見せ始めて、提案したミエナとふたりで焦ってしまう。


「ロスくんって、理想は何歳ぐらいなの? やっぱりシャルちゃんと同じ11歳ぐらい? それともカルアちゃんぐらい? もしかして、もっと小さい方が……あ、シャルちゃんに一目惚れしたのが2年以上前だから、8歳ぐらいが……」

「い、いや……俺はロリコンではないから、年齢の問題では……」

「でも、小さい女の子の身体に興味あるよね?」

「そ、それは……」


 否定までは出来ないが、だからと言ってクウカを幼女にしたいわけでも、幼女ならば誰でも興味があるわけでもないし、そもそも健康的な被害はなくとも身体を思いっきり改造するということに忌避感がある。


 俺は首を横に振って容姿の問題ではないと言うが、クウカはかなり真剣な様子だ。


「……いや、あのな、クウカ。俺のことを好きでいても絶対に幸せになれないから、そういう後に引けなくなるようなことは本当にやめた方がいい」

「……うん。でも……」

「でもじゃなくてな……たぶん、クウカは疲れてるんだよ。俺が見た目に反応して好きになるような奴だと思うか?」

「……ううん」

「そりゃ、まぁ……俺も男だからな、小さい女の子に興味がないと言ったら嘘になる」

「大抵の男の人は小さい女の子には興味ないと思うよ……?」

「……まぁ、それはそうとして、見た目の問題じゃないんだ。むしろ、そんな人生丸ごと変えるようなことをされたら気まずくて顔を合わせるのも難しくなる」


 本当に……ミエナはロクなことを提案しない……と、恨みの混じった目を向けると、今回ばかりはミエナも反省したのか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 たぶん、クウカがどこまで本気なのかとかを考えておらず、普通に好き程度のものだと思っていたのだろう。

 現実は人生かなぐり捨てても俺の好みに合わせようとするぐらいとんでもない好意である。


「……ミエナ、変なことを言うなよ。クウカはかなり本気で思い悩んでるんだから」

「正論なんだけど、思い悩ませているランドが言うことかな……」

「いや、俺が思い悩ませているわけじゃないだろ……。前に助けたのも今回助けたのも仕方ないことだったしな」

「浮気者はいつもそう言い訳をする」


 今回は浮気をしてない……と考えながら立ち上がる。


「あー、俺はそろそろ寝る。クウカは無理をするなよ。トウノボリ……ここの持ち主は「人間の寿命ならいつまでいてもいい」と言ってるし、元気になるまでいた方がいい」

「でも、ネルに顔を見せた方が……」

「ネルミアの方を連れてくる。クウカを追っていた連中には一応釘を刺しておいたが、もしかしたらまた襲ってくるかとしれないからしばらくここにいた方がいい」

「あ、ありがと……」

「礼ならトウノボリに言え」


 俺がそう言いながら出ていこうとすると、ミエナがクウカの耳元にこそこそと耳打ちをする。


「ああ見えて、ランドはクーちゃんのために街中を走り回ったみたいだし、起きるまでずっと一緒にいたんだよ」

「……うん。知ってる。ロスくんは優しいから。……私じゃなくてもそうするのも分かってる。……寂しいけどね」


 パタンと扉を閉じて、徹夜続きで眠い目を擦りながら自室の方に歩く。

 …………クウカ、いつまで俺のことを好きでいるのだろうか。もう一生俺のことを愛し続けるのではないかと思えてきた。


 ……一生ストーカーされるのは……微妙に嫌だな。いつの日か根負けしてしまわないか不安だ。

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