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大嫌い

 俺が来たことで安心してしまったのか、クウカはそのままぐったりと寝てしまった。

 クウカを抱き上げながら追っていた奴等に目を向ける。


「……そうだな。今すぐに全員殺してやりたい気分だが……五秒待つ、失せろ」


 俺が「一」と口にした瞬間に周りにいた人間が一気にこの場から離れる。……名前が知られているのは不便が多いと思っていたが、こういう時は戦いを避けれていい。


 さっさと連れ帰って、ベッドに寝かせてやるか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 地図と睨めっこをするように見つめながら頭を掻く。シャルの負担は減らしたいので少しでも事前に道を選んでおきたいが、街道以外の道は大雑把にしか描かれていないし、そもそもとして移動に適していないから道になっていないのだ。


 はあ……とため息を吐いていると、ベッドの方がもぞりと動いたのが目に入る。


「起きたか」

「あ……えっ、ロスくん? あっ……私……」

「気分は?」

「あ、うん……お腹空いちゃった。えへへ」


 弱っていた理由は空腹と睡眠不足、それと長時間隠れ続けていたことへの身体的な疲労。

 睡眠は十分取らせたし、俺が最近身につけたイユリの超劣化版魔法ハッキングにより回復薬の治癒魔法を取り出してクウカに当てていたので、体としてはもう十分なほど回復しているはずだ。


 それでも心配だったが、クウカの気の抜けた返事を聞いて安心する。


「あ……パジャマ着てる」


 クウカは自分の服装が変わったことに首を傾げ、俺は地図を閉じながら話す。


「体を拭いたのはシャルだから安心してくれ。……俺の方が良かったとか言うなよ?」


 そう俺が口にすると、クウカは顔を赤らめながら首を横に振る。


「さ、流石に汚れてる体は見せたくないよ。それに……そ、その、えっちな目で見てくれるならいいけど、作業として見られるのは……一応は女の子だから、いやかな」

「……おう」


 クウカは俺の顔を見てから申し訳なさそうに俯いて、ぎゅっと布団を握る。


「ここは安全だからゆっくりしていってくれればいい。ネルミアにも無事を伝えておいたしな」

「……ありがとう」

「あと、飯持ってくるな。しばらく何も食ってないだろうから、食いやすくて腹にいいものを……」


 そう言いながら俺が立ち上がろうとしたとき、クウカの手が俺の手を握る。

 それからすぐに離れて、クウカは首を横に振った。


「美味しいのお願いね?」

「……まだ不安なら、無理しなくてもいい」


 俺は椅子に座り直してからクウカに果物を絞ったジュースを渡してため息を吐く。


「……ごめんね」

「ほんとにな。……勝手なことをして捕まって、こうやって面倒をかけて」

「そこは……面倒と思っていないとか、言ってくれるとこじゃないかな」

「こっちがどんなに忙しいと思ってるんだ。早く仲間や嫁を助けに行きたいのにな」


 俺がそう言うと、クウカはしゅんとした表情になって俯く。この間のときから、院長の危篤を知らせてくれたときから……妙にクウカが落ち込んで見えた。


「本当に……ごめん」

「……仲間を探しにいく準備を中断して、面倒なやつに借りを作った。……俺が、そうした。それを選んだ。面倒でも大変でも助けたいと思った。とっくに大切な友達の中に、クウカも入っているんだよ。無理はするな」


 パチリパチリとクウカが瞬きをして、キョトンとした顔で俺を見つめる。


「私のこと、好きってこと?」

「馬鹿なことをするなという説教だ。飯ぐらい運んできてやろうと思ったが、今は説教が先だな」


 俺がそう言うとクウカはクスリと笑みを浮かべて俺を見る。


「まだ一緒にいてくれるの?」

「反省の色がないな。クウカ、初めて会ったときも二人パーティの新人の癖してすぐに逃げられたり助けに入られやすい一階層ではなく二階層にいただろ。危険も考えずに無理して突っ走る癖があることは理解しているか?」

「えっ……ええ、本気で説教するつもりなの?」

「当たり前だろ。反省してないのか」


 ああだこうだと自分でも口うるさいと分かるほど長々と小言を重ねていく。嫌がられたら途中で打ち切るつもりだったが、クウカは嬉しそうに俺の説教を聞いてこくりと頷いていく。


 もう二十分は話したというのに、クウカは嬉しそうな様子を崩さず、根負けして口を閉じる。


「……これだけ言われて、嫌にならないのか」

「ロスくんが私を心配して、私のことをよく見て言ってくれてることだもん。嬉しいに決まってるよ」

「……恋は盲目というが、その通りだな」

「盲目じゃないよ。ずっとずっと、ロスくんのことを見てた」

「……それ、愛の告白じゃなくて犯罪の自白だよな」


 俺が深くため息を吐くと、クウカはジュースを口にしてから俺に言う。


「ごめんね。また、助けられて」

「……いい。クウカが俺のために動いてくれていたことは知っている。でも無理はするな。バカらしいだろ」


 クウカはくしくしと髪を整えつつ、ほんの少し寂しげな笑みを浮かべる。


「……ロスくんは、私のことが好きじゃないんだよね」

「恋愛としてはな。友人としては、いいやつだと思っている。ストーカーは勘弁してほしいし、どこかに落っことした道徳心を拾ってきてほしいが」

「えへへ、それはもう見つかんないかもだ」

「笑い事じゃないだろ。代わりのを買いに行け」

「どこに?」

「質屋とか」


 くすくすとクウカは笑い、それからクウカは俺へと手を伸ばす。


「私は好きだよ。ロスくんのこと」

「そんなこと知っている」

「この国に来て初日だったんだよね。私を助けてくれたの」

「ああ、そうだな」


 クウカの手は俺に触れないまま、クウカの視点からは俺の手とクウカの手が被って繋がって見えるような場所に移動する。


「じゃあ、私が一番乗りだ。ロスくんのことを好きになったの。シャルちゃんやカルアより、クルルちゃんやネネさんより、私が先に好きになったの」

「……いや、旅をしてるときにルーナに惚れられていたみたいだから一番乗りではないな」

「えー、そこは一番にさせてよ」

「そう言われてもな」


 クウカは寂しそうな表情のまま笑って、泣きそうな瞳を誤魔化すような明るい声を絞り出す。


「……助けたかったの。ロスくんのことを」

「知ってるよ」

「ずっとずっと、あの日から……恩を返したかったの」

「ああ、分かってる」

「私ね。他の女の子みたいにロスくんと結ばれなくても良いと思ってるの。ロスくんが幸せで、それを見れたらいいの。もちろん、結ばれた方が嬉しいんだけどね」


 クウカは俺にニコリと笑いかけて、けれどもそれで虚勢の限界がきたようにぼろぼろと涙を溢す。


「助けに……なりたかったの。助けたかったの。助けられる私になりたかったのに、全然、全然、役に立たなかった。好きなのに、大好きなのに、とってもとっても、大好きなのに……足を引っ張って、邪魔をして……」

「……クウカ」

「私はロスくんが好きで、ロスくんのことが大好きで。好きで、好きで、好きで……。好きな分だけ、私のことが嫌いになる。何も出来ない自分が、嫌いで、嫌いで、大嫌いで……」


 クウカはぐすぐすと涙を零して、けれども近くにいる俺に縋りつこうとはしなかった。

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