お母さん
諦めたようにメイタークは言い、不貞腐れながら俺の後をついてくる。
「ガルネロの嘘は、多分メイタークがいたからだろうな。流石に調査対象の長を相手に堂々と全部話すのは無理だろ」
「……明らかに捨て駒扱いだし、隠し立てするような義理は感じないけどね」
「ガルネロは傭兵だ。一応は依頼者ということを気にしているんだろう。メイタークがガルネロを気に入らないというのも分かるが、アイツはアイツなりの誠実さで動いている」
「……でも、その誠実さが敵の方に向いていたら仕方ないよね」
頷きながらガルネロのいる部屋に戻る。
「ガルネロ、助けてやるからこっちに付け」
「……こっちというのは?」
「俺だ。迷宮鼠のランドロス。しばらくここに滞在して調査をしていたのなら、名前ぐらいは知っているだろう」
ガルネロは少し驚いた表情を浮かべて俺を見る。
「……頭の中で繋がっていなかったな。……この国の英雄のひとりが……少女に手を出して捕まっているとは……。名前が同じだけの別のランドロスかと思っていたな」
「そのことは忘れろ。ガルネロの集めた情報は、俺はもちろんメイタークにとっても有用だ。当然、それを話せばガルネロが取引相手を裏切ることになることも理解しているが……このままここで過ごすつもりか?」
ガルネロは少し目を伏せてから俺の問いに答える。
「傭兵ってのは信用が第一だ。それも相手に立場があればあるほどに、裏切った際の悪評は大きくなる。廃業は余儀なくされるな」
「どちらにせよ、だろ。このまま生きて帰してもらえたり、一生ここで飯を食わせてもらえると思っているほど、甘ちゃんでもないだろ。お前が生かされてるのは何かしらの理由があるんだろう。……例えば、捨て駒の調査員をもう一人捕まえて、二人を別の場所で尋問することで情報を擦り合わせてより正確な事実を探そうとかな」
旅の最中にグランから学んだことだが、ひとりを尋問しても意味がない。苦し紛れの嘘と、尋問から逃れるための真実とを、尋問する側が見分けることが出来ないからだ。
ふたりいれば、別々のところで尋問をして、それが合致しているかどうかで嘘を吐いていないかを判断出来る。
ガルネロが無事なのは、一人しか捕まえていない状況だと尋問の価値すらないからだ。
「選択肢はあるようでない。そのことは分かっていると思うが……それでもお前が選べ。俺の手伝いをするなら出る手伝いをしよう」
「……交換条件か?」
「交換とすら言えないだろ。敵かもしれない奴を味方には出来ないってだけだ。俺とガルネロはまぁ知った仲ではあるが、こっちのメイタークはそうじゃないだろ。折り合いをつける必要がある」
「……分かった。傭兵は引退だな。あー、呆気ない」
ガルネロは何かを言うのでもなく俺とメイタークの顔を見る。
「どっちが俺の主人だ?」
「そりゃもちろんランドロスくんだよ」
「いや、少ししたら何ヶ月もここを開けることになるし、メイタークのところで引き取れよ」
「えっ、やだよ。ランドロスが持っていきなよ」
「え……いや、無理だって、メイタークが面倒見てくれよ」
「はー、この子ったら……。拾ってきた生き物ぐらいちゃんと自分で面倒をみなさいよ。ほんと、結局こういうのってお母さんがお世話をすることになるんだから」
「お母さんではないだろ」
「さっきあんなに偉そうなことを言って、結局は人任せなんて」
それを言われると何も反論出来ない……いや、でもガルネロみたいな女好きをネネやシャルみたいな美少女と一緒に旅をさせるのとか絶対に無理だしな……。
トウノボリに押し付けるわけにもいかないし……。
「ガルネロを連れ出すことはバレるわけだろ? 俺の方で預かったら、どこにいるのかも分からなくなるからメイタークの立場が悪くなるんじゃないか?」
「それはそうだけどね。ワガママ多いよ、ランドロスくん」
「……分かった。じゃあ、クルルに会ったらメイタークの協力のおかげでギルドを見つけられたと言っておこう」
「うーん、割に合わないかな。クルルのメイターク家嫌いは根深いし、そもそもこっちが原因なわけだからちょっと助けたぐらいだと好感度も上がらないわけだしね」
俺とメイタークがああだこうだと話していると、ガルネロがポツリと物寂しそうに口を開く。
「俺……すげえ決意して傭兵を辞めるって言ったんだけどな……。これでも一部隊任される程度には実力もあるつもりなんだけど……」
「いや……まぁ、ごめん」
「謝るなよ……。というか、俺が猟犬のギルドに入るのに問題はないのか?」
「いや、猟犬じゃなくてメイターク家の部下ってことになるかなぁ。とりあえず、僕は上に話を通してくるからちょっと待ってて」
メイタークは仕方なさそうな表情を浮かべたあと、俺の肩をポンと叩いてから部屋を出ていく。
……まぁ、今回は本当に申し訳ないので、何か考えておくか……。クルルを巻き込むようなのはなしとしてだが。
そもそも、話してみるとそこまで嫌うような人間とも思えない。……いや、普通に引き抜きとかをしようとするし、性格とかは真反対に近いのでおかしくはないが……。それでも、人に対して甘いクルルが嫌うのは少し妙な気もする。
何かあったのだろうか……と考えていると、ガルネロは俺を見てから首を傾げる。
「それで、俺は何をしたらいい?」
「クウカという少女が行方知れずで探しているから、当面はその手伝いだな」
「はあ……この迷宮国なら、迷宮に泊まりがけで挑むとかよくあるんだろ」
「今回に限ってはそれはない」
「じゃあ、男のところに転がり込んでるとか?」
ガルネロはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。ああ……完全に俺とクウカの関係を勘違いしてるな。
俺は深くため息を吐いて首を横に振る。
「そうだったら助かるんだがな……。まぁ、それはない。アイツは俺に惚れてるからな」
「いやいや、女心は秋の空って言ってな」
「そんな簡単に心変わりしてくれたら苦労してねえよ……。いや、本当に、マジで。何しても好感度が上がっていって怖いんだよ」
俺の言葉がよほど真に迫っていたのか、ガルネロは若干引いた表情で「あ、ああ」と口にする。
「あー、俺が調べたところなんだが、闇ギルドってのはそこそこあるみたいだからそこに捕まってる可能性はあるな。規模は一番大きいところで猟犬の半分以下って感じだが」
「ひとつひとつしらみつぶしで……いや、アイツがそう簡単に捕まるとは思えないしな。やっぱり強い奴のいるここが最有力ではある」
俺が頭を悩ませていると、ガルネロは仕方なさそうに口を開く。
「そもそもどうして猟犬に捕まっていると思ったんだ?」
「ガルネロと同じだ。嗅ぎ回っていた可能性がある」
「あー、なるほど。……じゃあ、見つけるのは無理じゃないかもな」
どういうことだとガルネロに目を向けると、彼はゆっくり口を開く。
「俺と同じことを調べていたのなら、俺が調べていたルートと多少は被っているだろうし、俺の知り合いを回って目撃証言を集めたら、どこで活動していたのか、誰に目をつけられていたのか、ぐらいは分かるはずだ」
「なるほど。たしかに」
「幸い広くない国の上に、裏の勢力みたいなのが弱いからかなり狭い範囲で済むだろうな」
ガルネロは自身ありげに笑う。
……味方につけたのは正解だったな。




