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メイターク

「まあまあ、二人とも落ち着いて。女の子を胸で判断するのは良くないと思うよ? もっと心とかを見るべきじゃない

「正論なんだが、人間不信のお前がそれを言うのか?」

「その指摘は正論だけど、嫁の親戚の前で性癖の話をするランドロスくんが言えることかな」


 ……何も言い返せない。いや、でも小さい方がいいし。かわいいだろ、小さい女の子の小さい胸は。


「それで……二人追加か。布団ひとつしかねえんだよな」

「いや、ガルネロ、俺とコイツは捕まったわけでなく、知り合いが捕まっているかもしれないから助けにきたんだ」


 ガルネロは俺の言葉を聞いて目を開き、それからシワの入った頬を朱色に染めて恥ずかしそうにぽりぽりと掻く。


「そ、そうか。……それは、なんというか。悪いな、ランド。まさか助けにきてくれるとはな。へへ、やっぱりいい奴だな、お前」

「いや、ガルネロを助けにきたわけじゃないぞ」

「えっ」

「クウカって女の子を探しにきただけで、いなかったしもう帰るぞ」

「えっ……連れていってくれないのか?」

「いや……捕まってるやつを連れ出したら敵対することになるしなぁ。目的のクウカなら仕方ないにしても、変なおっさんを連れ出してデカイ組織と敵対するのは……なんというか、利益と不利益が釣り合ってない」


 さて、帰ろうとしたところでガルネロが「待て待て待て」と俺の肩を掴んで引き止める。


「なんだよ……」

「いや、ランド。おかしくないか? 友達がこうして捕まっていて、お前はそれを助けられる状況にある。さて、どうするべきだ?」

「……?」


 俺がよく分からずにメイタークの方に目を向けると、メイタークも不思議そうに首を傾げる。


「なんでピンときてない表情なんだよ! こういうのは助けるもんなんだよ!」

「いや、言うほど友達じゃないし……」

「微妙に傷つく反応やめろよ……」

「あと、この隣の奴は鬼食いの猟犬のギルドマスターだしな……」

「あー、ん、んー?」

「忍びこんだわけじゃなくな、案内してもらったんだよ。だから色々と都合が合わないんだよな……。悪いけど、またな?」


 俺が出て行こうとすると、ガルネロは再び俺の肩を掴んで止める。


「分かった。分かった。メリットの有無だろ。あるぞ、それなら。俺を助けるメリットは」

「はあ……一応言っておくが、戦闘能力なら俺で事足りてるぞ」


 ガルネロは俺とメイタークをじっと見たあと、小さく頷く。


「ギルドマスターってのがいるのに、わざわざここを訪れた。しかもアテが外れた上に性別さえも間違えている。って、ことから推測すればギルドマスターと言ってもあんまり情報を持っていないうえに仲間も協力的ではない……が、堂々と本人がきたってことは仲間と敵対してるわけでもなく、平時からそれほど仲間意識が強くないんだろうな。他にアテがないからとりあえず来れるだけきてみたってところか? 何かをしなければならないのに、何も出来ずに困ってるんだろ」


 ガルネロに言い当てられたことに驚いて目を開くと、指をパチンと鳴らしてから俺に指差す。


「連れていけ、役に立つぞ」

「……指を鳴らすのがうざったかったから迷うな」

「迷うなよ」

「猟犬の調査をしていたんだったな。何の調査だ?」


 ガルネロは俺の問いに迷ったような表情を見せる。


「答えていいものか……」

「一応、こっちの協力者に猟犬の関係者がいる以上は答えてもらわないとな」


 ガルネロはメイタークに目を向けてからポツリと口を開く。


「あー、そうだな。後ろ暗い連中との付き合い……というか、斡旋をしている疑いがあるらしくてな」


 メイタークの方に視線を向けると、ひどく冷めた視線をガルネロに向けていた。

 何の感情もない視線と抑揚の薄い声色で俺に声をかける。


「ランドロスくん、行こうか」

「いや、一応もう少し話を聞いた方が……」

「必要ないよ。どうせ大した情報は集められていないだろうし、人数が増えればその分だけ行動は遅くなる。一人で大軍クラスの戦闘能力を持つランドロスくんの利点は、戦闘能力よりもむしろ単騎で身軽に動いても安全というところだよ」

「……そうか?」

「うん。「戦って強い」というのは大量に人を集めるだけで代替が可能だからね。でも、そうすると身動きを取るのが大変になる。それがなくていいのが君の特別さだよ」


 まぁ言っていることは分かるが……助けるかどうかはガルネロが役立つか云々ではなく、一応は知り合いという義理の話だろう。

 一応、男同士のことなので一方的に助けるとなるとプライドに触ると思って助け合いということにしたかっただけで……。


 メイタークに肩を引かれてその場から離され、少しガルネロから離れたところでメイタークは小声で俺に話す。


「嘘を吐いていた。彼は信用出来ないよ」

「嘘? ……ああ、調査の内容が別のことだったのか」


 楽しそうにしていたのに急にどうしたのかと思ったらそんなしょうもない……。俺が呆れてため息を吐くと、メイタークは眉を少し顰める。


「君のために言ってるんだよ」


 廊下の壁に背をもたれさせてメイタークに目を向ける。クルルと同じ灰色の髪と瞳、ほんの少し面影を感じさせる容姿だが……。


「クルルとは似ていないな。メイターク、お前は」

「……何の話かな」

「人は嘘ぐらい吐くってことだ。そんな当然のことぐらい、みんな知ってることなんだよ。クルルはそれを理解していて、その嘘の中にあるものを探ろうとしているのに、お前は「嘘を吐かれた、酷い」で終わってる」

「……嘘は、良くないよ」


 いい歳をした大人が、あるいは組織の長が、裏の社会との繋がりのある奴が言うには……あまりにも子供っぽすぎる言動。


 深く吐いたため息、むっとした表情のメイタークに告げる。


「クルルがお前の何を嫌がっているのかよく分かった。……人のする当然の行動を嫌っている。人全般が嫌いで、ギルドの部下も嫌い、血の繋がった家族だけが好き。……そりゃクルルとは気が合わないはずだ」


 血の繋がっていない、種族も何もかもバラバラで、俺のように傷ついて歪んで生きてきた人達を多く抱えているギルドを「家族」として見ているクルルとはまるで正反対だ。


「……人なんて大概ろくでもないでしょ。人に裏切られたランドロスくんなら、分かると思うけど。クルルは甘い人が多い環境にいたから分かっていないだけだよ」

「迷宮鼠の連中が甘っちょろい奴ばっかなのは同意だが……。前提が違う。クルルは裏切られたことも、それで深く傷ついたこともある」


 俺と同じ半魔のシルガを思い出しながらメイタークを見る。


「そんなこと……」

「俺はクルルのことを最初から愛していたわけじゃない。変な子供だと思っていた。場合によっては裏切っていた可能性もあるだろう。俺がクルルを好きになったのは、クルルが俺に対して優しく接してくれたからだ。弱い身で強くあろうとしていたからだ。……人は変わるぞ、当然、変わる。つまらないことで腹を立てて信頼しないと決めたら、相手からの心証も悪くなるに決まってるだろ」

「……嘘を吐かれるのは、耐えられない。嘘が見えるから」

「クルルも見えている。クルルの周りの人達が甘っちょろいのは、クルルが強く優しく接しているからだ。クルルがメイタークのように、人に対して警戒心と敵意を剥き出しで接していれば、メイタークと同じようになるだけだ」


 俺の言葉にメイタークは押し黙る。


「信頼をしなければ、相手は信頼に足る行動をしない。そもそも順序が逆なんだよ、信頼出来る相手を信頼するなんて都合のいい楽な話はない。信頼することで相手がその信頼に応えてくれるんだ。……クルルは、そうしている」


 シルガのことがあってから、きっとそうしている。クルルは「シルガが酷い計画を練っていることに気が付いても、ただ止めるという正しい行動をするのではなく、仲間として間違ってあげるべきだった、信頼するべきだった」と言っていた。

 それで……俺のような仲間に裏切られて捻くれていた男を受け入れてくれたのだ。


 メイタークは、間違えられないのだろう。シルガが猟犬にいたら止めるだろうし、この国に来たばかりの俺がギルドに入れば追い出すだろう。

 そういう正しいことをする。悪い奴を止めるということをする。


 メイタークの灰色の霞んだ目を見る。


「勇者に裏切られたんだろ、君は」

「もう裏切らない。アイツは。不味い菓子を作りながら、人を助ける旅に出る」

「……昔見たことがあるけど、彼がそういうことをするようには見えなかったね」

「だろうな。メイタークが正しくて、俺が間違っている」


 メイタークは「じゃあ」と口にしようとして、俺の言葉に遮られる。


「間違うべきなんだよ。正しくあるべきじゃない。正しい思考で、正しい行動をして……救われるのか、人が。奪うことや傷つけることでしか生きてこなかった者を救うのは、正しい裁きではなく、クルルのような間違った優しさだ。そう思う」


 俺の言葉にメイタークはグッと口元を噛んでから口を開く。


「奪うことや傷つけることでしか生きてこなかったような人は、救われる必要がないよ」


「俺はそうは思わない」

「僕はそう思う」


 真っ向から向かい合い、それから数秒後、メイタークは首を横に振る。


「まぁ、ランドロスくんの好きにしなよ。僕は大人だから、ちょっとした考えの違いを譲るぐらいはする。連れていけばいいよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] この一族の中にランドロスを放り込んだら奪い合いで殺し合いが起きるんじゃなかろうかw
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