民家
……何故おっさんが誕生日ケーキを食いながらはしゃいでいる姿を見なければならないのか。
腕を組みながらクウカについて考える。
……クウカは実際のところかなり腕がある。逃げることに徹されたら俺でも捕らえられないほどで、隠れれば空間把握でも何故か通常版では見つけられず触手版でやっと発見出来るほどだ。
それに加えて聴覚に優れた獣人であるネネにもほとんど発見されないほどの隠密能力である。
……帰ってきていないということは、捕まっている可能性は高いが……どんな探知能力だ。アイツ、音も匂いもなければ当然目視も出来ないレベルだぞ。
「……なぁメイターク、猟犬やその奥の連中ってそんなに優秀なのか?」
「んー、僕は全員知ってるってわけじゃないけど、そうだね。昨日の人達が基本的な戦闘員ぐらいで、強い人はダマラスさんにちょっと及ばないぐらいかな。もっと強い人は物差しになるものがないかな」
「……あれで普通ぐらいか、かなり層が厚いな」
昨日のは隊長っぽいのが0.8シユウ、隊員が0.4〜0.7シユウはあった。あの集団に襲われて勝てるのは、迷宮鼠でも俺を除けば初代とミエナとメレク、それに例外としてカルアぐらいのものだろう。
「よくまぁ、そこまでの連中が隠れられてこれたな」
「どこの国もそこそこ強いぐらいの人はすぐに戦場で死ぬから、戦わずに温存したらこんなもんだよ。迷宮国の平均よりちょっと上ぐらいって考えたらそれっぽくない?」
「……まぁ、そうかもな」
メイタークはケーキを食べ終えて俺に向けて手を伸ばす。
「いっそのことさ、こっちに来ない? もちろんクルルは他の女の子も連れてさ」
「行くわけないだろ。迷宮鼠を捨てて」
「ああ、そっちじゃなくてね。メイタークの家に婿養子……じゃなくてもいいかな。家名はそっちのウムルテルアでもいいや。……こちらの家に来ない?」
「……クルルの子供目当てだろ」
メイタークは隠す気もないのか当然のように頷く。
「もちろん。でも、別に子供を寄越せって話でもないんだ。単に支えたいだけで、これは完全な親切心。僕が家族想いなのは知ってるだろう」
「迷宮鼠の方が教育には良さそうだ」
「人間の血が四分の三、人間として生きられるかもしれないのに、亜人として生活させるの?」
ニコリとした笑み、ゾッと首筋に冷たい感触を覚える。人間として生きさせられる……という言葉に、どうしようもないほどの魅力を感じてしまったのだ。
「もちろんランドロスくんやクルルたちは迷宮鼠のままでいいよ。子供は普通に働くなり、あるいは探索者になるなり、どちらにしても学校に通わせると有利だよ。産まれた時から迷宮鼠で過ごさせて、亜人扱いしてたらそれは難しくなるけど、メイターク家の保護を受ければ当然の権利としてそれを得られる」
「っ……それは……」
「無理にとは言わないけど、選択肢のひとつとして考えてね。もちろん、見学というか見に来る分は構わないから」
「……それ、挨拶に来させようとしてないか?」
メイタークは俺から目を逸らして立ち上がる。……図星か、この野郎。
まぁ、何にせよクルルの母が逃げ出してきて、クルルが嫌っている家だ。個人的な関係を持つのは仕方ないとしても、クルルや他の嫁達を巻き込むのはダメだ。
「あー、じゃあ、僕の妹を紹介するからお見合いしてくれない?」
「……どんだけ子供がほしいんだよ……見境なしか。というか、そんなに異性の好みが激しいのなら見合いなんかしても仕方ないだろ」
「いやいや、ランドロスくんは僕たちの家系的にはかなり魅力的な人だからね。妹も会ったら簡単にころっといくと思うよ」
「尚更嫌だな……」
これ以上、俺のことを好きな女性が増えたら困る。クウカみたいなストーカーになられても困るし、なによりフるということに俺の精神が耐えられない。
「あ、妹は年齢は18歳で顔はクルルにとても似てるからランドロスくんも気にいると思うよ」
「……若干惹かれそうになるからやめろ」
手を出していいクルルを想像してから首を横に振る。見た目も好きだが、容姿以上にクルルの心が好きなのだ。似ているかなんてどうでもいい。うん、どうでもいい。全くもって興味はない。うん。
会計を済ませてからグッと体を伸ばしながら外に出る。
店から少し離れたところで待機していたらしい尾行している男の方に目を向けてからメイタークに尋ねる。
「あれ、呼ぼうか? 隠してないんだったら近くにいた方が気が楽じゃないか?」
「いや……尾行してくる人が近くにいて気が楽って感覚はよく分からないな」
「ストーカーされ慣れてくるとな、遠くにいられるよりも近くにいる方がなんか安心出来るんだよ」
「それはランドロスくんだけだと思うよ?」
いや……だって何かあったとき、近くの方が対処しやすいし……。
そう思いながらメイタークに着いていくと、普通の民家のような場所に通される。
メイタークはそこにいた男に「やあ」と声をかけてから中に入り、俺も続いて中に入るが、止められたりする様子はなかった。
……本当にその場の勢いで入れたな。堂々としていると案外いけるものというのは事実のようだ。
「こんなところに捕まえているものなのか? 普通の……少し豪華な程度の民家に見えるが」
「流石に地下だよ。声が聞こえない場所じゃないとね。まぁ、監禁と言ってもランドロスくんがよく入ってる牢屋って感じじゃなくて、外から鍵がかかっていること自体は民家とそう変わらない感じだけどね」
「なんで俺がよく牢屋に入ってることになってるんだ? 一回しかないからな?」
「一回はあるんだ……」
その一回も捕まっていたわけではなく、依頼のためだ。俺はよく勘違いされるが、少女に手を出したことによって捕まったことはまだない。




