誕生日
「人によって大切なことは違う。君の場合はクルル達、ギルド、それに知り合い達。僕にとってはメイターク家の存続。君が妻の心配をしているのと同様に、君のことを心配しているんだよ」
種馬扱いのどこが心配だよ。と眉を顰める。
「自分で子供を作れと前も言っただろ。立場も家柄も収入もあるんだ。嫁ぐらいくるだろ」
「だから、人が怖いんだよ。僕はね。収入とか家柄とか立場とか、そういうの目当てでくる女の子なんて恐怖でしかない。それに、子供を作ったとしてもね。……健全には育たないだろう」
健全に育たない……なんて、反社会的なギルドの長が言うようなセリフとは到底思えない言葉に驚くと、メイタークは俺のその反応に不満そうな顔を見せてから話を続ける。
「次の代を無理矢理作っても、次の代の子供がメイターク家を憎んだらそこで途絶える。あくまでも「先祖代々だしな」とか「親の言うことだしな」みたいな素直な子供の必要がある。あくまでも子供はメイターク家を好きに思い誇りに感じなければならない。それで持って、僕らの灰色の目は両親の不仲なんて見えてしまうだろうし、間違いなく歪んで育つ。だから、意味がない」
「……歪む云々というなら、嫁が四人もいる俺のところの歪みはすごいぞ。年齢差も大きいしな」
「両親が強く愛し合ってることを見抜くから平気なんだよ。僕らは本質が見えるし、本質しか見えない」
……メイタークから見ても、やはりクルルは俺のことをめちゃくちゃ愛しているのか。まぁ、そんなのに頼らなくても気がついているが。
「……クウカには恩がある。譲れない」
「クウカって子がいなくなったの? ……こっちも譲れないんだよね。君に嫌われるとまずいからあんまり断りたくはないんだけど」
「もう嫌いだが」
「これから嫌われるとまずいからね。お正月とか気まずくなる」
「会いに行ったりしないぞ」
「僕のお誕生日会とか来てくれなくなりそう」
「どんなに仲良くなったとしてもいかねえよ」
「ちなみに今日なんだけど、どう?」
「…………ここの食事は俺が金を出そう」
メイタークは「やったぜ」と口にするが、値段を見てもそんなに高いところでもないし、大手ギルドのギルドマスターなんて高級取りだろうに。
喜んでいるメイタークに深くため息を吐いてから、ゆっくりと口を開く。
「俺の危険という話だが、おそらくその最強の奴とは戦闘になることはない」
「なんで? もしかして知り合いだった?」
「……いや、知りはしないが……。そいつ、多分なんだが、空間魔法の使い手だろ。それで魔族の血が濃い」
俺がトンと自分の赤い目をメイタークに見せると、彼は驚いた表情で俺の目を見つめる。
「……まさか」
「確認はしていないし、俺が赤子の時にしか会っていないから確認しようもないが…….。母の日記にネヘルトという名前があった。おそらくは血縁上の父親に当たると思う」
「……いや、まさか……でも、ツノなしの半魔族で空間魔法……なんて、そうそういるものでもないし……本気?」
「お前がそれを聞くのか?」
メイタークはじっと俺を見つめて俺の話に嘘がないと判断したのだろう。水に口を付けてからゆっくりと頷く。
「あー、すごいね、血縁って」
「お前のところが言うなよ……。まぁ、実際のところはそいつに確かめないと分からないが……」
「んー、そうだね。リスクは少なからずそうだから案内はいいよ。でも、ランドロスはいいの?」
「何がだ」
「敵対をせずに関わるというのは、友好と同義だよ。実態や感情はどうあれ「ランドロスは鬼食い猟犬の仲間」として見られることになる。……そんなに好きなの?」
クウカへの好意を聞かれて、特に迷いもせずに首を横に振る。
「いや、そんなに好意を持ってはないな。それは見たら分かるだろ」
「見たら分かるからこそ不思議なんだよね。愛する人のために無理をするのは分かるけど、ただの知人にしては行き過ぎた首の突っ込み方だよ。実は愛人だったりするのかなぁって勘ぐったり」
「そんなわけないだろ。……いや、まぁ疑われるのは仕方ない気もするが」
「じゃあ、何で助けようとするの?」
「……助けてくれようとした相手を助けるのは当然だろ」
メイタークは俺を見てニコリと笑う。
「歪んでるね。まぁ、案内するよ」
「場所を教えるだけでいいんだが……。それこそ、お前が連れていったらまずいんじゃないのか?」
「いや、事前に僕と話してることがバレてるんだから今更だよ。むしろコソコソ動いてるよりも堂々としていた方が「あれ? コイツのやってることセーフなの?」みたいな空気感になるから」
「空気感で押し通すのは無理だろ……」
俺が呆れながら言うと、メイタークは食後にケーキを注文する。こいつ……まさか、誕生日をエンジョイするつもりか……?
「いや、案外ね、こっちの方だといけるんだよ。裏のルールってのは法律って最低限の基準がないし、ほとんど明文化されてないから堂々とそれっぽい雰囲気出してたら誤魔化せるんだよね。下っ端連中はほとんどスラムとかの出で、輪にかけてそういう傾向があるしね」
「……スラムの出でも森育ちの俺よりかはいい出自だと思うが」
「君はなんか、あれだしね。うん」
「あれってなんだ」
「……いや、僕は好きだよ? 君のこと」
「あれってなんだ」
……あれってなんだ。
と思っていると、突然店内が暗くなり全身を強ばらせて警戒する。
「ッ……! いったい……!」
俺がそう言うと、店の奥から微かな火の光が近づいてくる。
「ハッピバスデートゥーユー。ハッピバスデートゥーユー」
そう言いながら店員は真顔で近づいてきて、ロウソクの立ったケーキをメイタークの前に置く。
「お誕生日、おめでとうございます」
「わー、ありがとう」
メイタークはフッと蝋燭を消して、店員はパチパチと拍手してから窓のカーテンを開けて明るくする。
「安くて美味しい上に、素敵なサービスまでしてくれていい店だなぁ」
「……安くて美味いのに、客が俺達しかいない理由が分かったな。こう、多分、こちらの話を聞いていて誕生日ケーキと理解したんだろうが……おっさんふたりで昼食を食ってる時にそのサービスするか?」
俺のツッコミにメイタークはうんうんと頷く。
「誰であってもサービスに手を抜かない姿勢、商売人とはかくあるべきだね」
「恐れ入ります」
「恐れいらないくていいから厨房に戻れ」
何でこの街は変なやつしかいないんだ……飯を食う時ぐらい変なやつと関わらずにいたい。
頼むから。




