仲良し
昼間から猟犬のギルドの中に入ると、ほんの少し他のギルドよりもガラの悪さを感じるも、さほど違いのない内装と匂い。
俺が周りを見たのと同様に、ギルドの中にいる男達に目を向けられる。
隠す気のない目線とコソコソとした言葉……まぁ、一応は迷宮国の中では有名人ではあるのでこういう反応はやむなしか。
数歩歩くも止められる様子も話しかけられる様子もないのでそのまま受付に向かう。
「メイターク……ここのギルドマスターに会いにきたんだが……どこで話を通してもらえる?」
「あ、えっと……面会のご約束などは……」
「していない。が、本人からいつでも来いと言われている」
「え、ええっと……」
受付に座っていた女性が立ち上がり、受付の奥にいた男性に「社交辞令を間に受けたみたいで……。でもあの人を追い返すのも……」と話し始める。
……社交辞令だったのか? いや、まぁギルドマスターなんて忙しいものだし、たしかに……一度出直すべきか? いや、でも急を要する可能性もあるよな。
少し考えてから、話をしているふたりに声をかける。
「親族だ。俺の妻が、メイタークにとっての姪。つまり、俺にとって義理の叔父に当たる。昨日、メイタークと協力して勇者とその仲間の身辺警護をしていた。そのことについての話で急を要する。「ランドロスが来た」と言って、それでも忙しいようだったら今日は諦めるが、とりあえず話を頼む」
「あ……は、はい」
「悪いが、頼んだ」
そう言ってから近くの机に座り、空間把握を使ってメイタークがギルドマスターの部屋にいることを確認する。
受付の女性が部屋に入り、そのすぐ後にメイタークが立ち上がって女性を置いて廊下を走ってくる。
やめろ。走るな。無駄に目立つだろ。何事かと思われるだろ。落ち着け義理の叔父。
奥の方からドタドタと足音が聞こえて、バンっと勢いよくメイタークが出てきて、あとからヨタヨタと受付の女性がついてくる。
「やあ、ランドロスくん! 待っていたよ!」
「……なんだそのテンションは」
「いやあ、可愛い甥っ子が訪ねてくれたんだからこうもなるさ。……あー、そうだ。昼食はもう食べたかな? いいお店があるんだ。ついてきなよ」
いや、食事をしている場合では……と考えたがメイタークは俺に目配せをする。
……盗み聞き対策に着いてこいということだろう。
本当に、ギルドマスターなのにギルドの仲間を警戒しているんだな。
メイタークに着いて歩きながら空間把握を使うと、ギルドから数人が出てきて着いてきているのが見える。
人間の聴力ならそれほど聞こえないかと思い、メイタークに小声で話しかける。
「……尾行されてるぞ」
「まぁそうだろうね。だから言ったでしょ、一枚岩じゃないって。僕が頭に据えられているのは、優秀だからでも政治的な権力を握っているからでもないよ」
「……なら辞めたほうがいいんじゃないか?」
「そうもいかないのが名家の出自ってやつだよ。家の存続のためにはある程度の地位は必要でね。僕やクルルの持っている灰色の目を活かすには、一枚岩の立派なギルドよりもこういう勢力関係がめちゃくちゃなギルドの方が都合がいいのさ」
よく分からないな、と思っていると、メイタークは近くの安そうな食堂に指を向ける。
「どう? こことか安くて美味しいよ」
「いや、尾けられてるんだが……撒かなくていいのか?」
「尾けられているからこそだよ。撒いたらそれこそ怪しいでしょ」
「……落ち着いて話も出来ないな」
「いや、大丈夫だよ。中までは入ってこないよ。ちゃんと見つからずに尾行しようとしてるから。バレバレなのに可愛いよね」
尾行してくるおっさんなんか可愛くねえよ……。
まぁ、何でもいいかと思って食堂に入る。
「会話も聞けないのに尾行する意味なんかあるのか?」
「そりゃあるよ。どこに行ったかとか、どういう雰囲気だったかとかね。少しでも多く情報が欲しいものだからね」
「……まぁ、何でもいいが」
空間把握で捉えながら中に入り、メイタークが注文した定食と同じものを頼む。
「それで、何の用かな? 急かすにしても早いと思うけど」
「……俺の友人、迷宮鼠消失事件について調べていた少女が行方不明になった」
「ん、それは穏やかじゃないね」
「まぁ、かなり熱心に調べてくれていたようだから単に二日帰っていないだけかもしれないが。……このギルドやその奥の連中のことまで見つけた可能性があると思ってな」
もしも見つけてしまった場合はどうなる。という問いを含めた視線を向けると、メイタークは困ったように首を横に振る。
「ご想像の通り、嗅ぎ回っていると判断されたら、対処はされるだろうね。猟犬というものは凶暴だ、それこそ、狼を狩るぐらいにはね」
「……対処されるだろうね。って、そこの判断を下すのはお前じゃないのか」
「残念ながら、僕じゃない。本当に色々と面倒なんだよね。鬼食いの猟犬は。そっちの仲の良さが羨ましいよ。だって若い子達とか、実質的に毎日合コンしてるみたいなもんじゃん、迷宮鼠って。そりゃ子沢山にもなるよ」
「変な言い方をするなよ。……とりあえず、確かめる方法とか、もしも捕まっている場合の監禁場所とかは分からないのか」
「ん……まぁ監禁場所は分かるけどね。……でも、オススメはしないかな、敵対することになるわけだし」
話をしているうちに定食が運ばれてきて、メイタークは嬉しそうにそれに手を伸ばす。
「あとね、そういう仕事を任されてるんだよね。前に言ってた、最強の人。ぶつかったら大変だよ。大切な姪の夫に死んでもらうと困るからね。正直教えたくないね」
「……俺が負けるわけがないだろ」
「そうかもね。でも違うかもしれない」
メイタークは探索者ギルドの人員とは思えないほど丁寧に綺麗な所作で食事を始める。
俺は食う気が起きなかったが、仕方なく食事を口に運んでいく。
「クルルはね、ああ見えて、とても臆病だ。とてもとても臆病だ」
「知ってるよ。お前よりもよほどな」
「なら分かるだろう? ランドロスが現れない限り、あの子は一生未婚だったよ。僕と違って仲間や友達を作るぐらいは出来たみたいだけど、伴侶は無理だったろうね」
「まだ子供だろう」
「人なんて子供のときから何も変わらないよ。そうだね、君はクルルにとって運命の相手だったと言える。……だからこそ、教えることは出来ない。万が一絶命したら、メイターク家の存続の危機だ」
死なないし、クルルはメイターク家とやらからは距離を置いてるだろうに。
「……じゃあ、お前が話を付けろ」
「それもそれで厳しいんだよね」
「……どうしろと」
「諦めてくれないかな? ……そんなに大切な人でもないんでしょ」
見透かすような灰色の目。
苛立ちを覚えるが……メイタークの言っている通り、クウカは大切ではない。
「……だが」
「だが、じゃないよ。勇者に関しては、襲う派閥がそんなに勢力を持ってなかったのと、失敗してくれると都合がいいこと、僕がギルドの外でも影響力が持てること、ランドロスくんがそこまで危険な目に遭わないこと、と教えた方が利益になったから教えたけど、今回は利益と不利益が釣り合ってない。金貨百枚出してパンを買う人なんかいないよ」
取り合う気はないとばかりに首を横に振ってから、チラリと俺の方に目を向ける。
「食べないの? 奢りだよ?」
「……食う気が失せることばかり」
「仕方ないよ。僕と君は仲良しではあるけど、立場は違う。僕にとっての君は金貨百枚でも千枚でも一万枚でも買えないほどの高い価値があるし、場合によっては猟犬のギルドを売ってもいいほどの価値があるけど、その君の知り合いに関してはパン一つ程度の価値だ」
俺が苛立ちを向けるも、メイタークは飄々と首を横に振る。




