失踪
自分のところではないギルドで突っ立っているのも気まずいので、軽く手を上げてネルミアに声をかける。
「ネルミア、ちょっといいか?」
「あれ、ランドロスくん? ひとりだけ?」
「ああ、そうだが……とりあえず礼と報告にきただけだしな」
普段から割とひとりで出歩いていることは多いし、特に今はギルドも飛んでいったので普通にひとりだが、ネルミアは何故か不思議そうにしている。
「おそらくだが、ギルドのみんながどこに行ったのかが分かった。一週間ほどで準備を整えてから旅に出る早くて三ヶ月、時間がかかると半年ほどになる」
「えっ……迷宮鼠の人がいなくなってからそんなに時間経ってないし、近くにいるんじゃないの?」
「いや、俺ではない空間魔法使いに飛ばされたようなんだ。こんなに早く見つかったのはネルミア達の協力のおかげ……だから、礼を言いにきた」
俺が一瞬言葉に詰まったのを見てネルミアはくすっと口元を押さえて笑う。
「あー、役に立たなかったか。残念」
「いや、助かったのは間違いない。かなり不安に思っていたから、助けてくれようとしてくれている人がいるというのは支えになった。……クウカにも礼を言いたいんだが、今は一緒じゃないのか?」
ネルミアにお礼代わりの魔石をゴロゴロと取り出して渡す。現金は生々しいので、こういう換金性の高いものの方がいいだろうという考えである。
ネルミアはそのうちのひとつだけ手に取り「大したことしてないから、これだけもらっておくね」と言って残りを返す。
……申し訳ないな。
「んー、そのことなんだけど、ランドロスくんのところにいるものだと思ってたんだけど、違うの?」
「いや、なんで俺のところにクウカがいるんだよ。そんなわけないだろ」
「あー、私が「弱ってる時に狙うと落ちやすいよ」ってアドバイスしてたから実践してるのかと……。昨日と一昨日、クウは帰って来てないからランドロスくんと同じところに泊まったのかなって」
いや……いくら弱っていても自分の寝床にクウカがいたら落ち着かない。だが、それにしても……。
「二日も見てないのか? 探したりは?」
「ランドロスくんのとこにいると思ってたから探してないよ。会ってないの?」
「ああ、見てないな。……迷宮国の中を調べるのに、そんな二日も帰れないなんてことあるか? そりゃ端から端まで歩けばかなりの距離にはなるが……」
だとしてもそれなら一日ギルドを空ける程度だろうし、同じく調査をしているネルミアと情報のすり合わせを二日もしないというのは不思議だ。
「てっきりランドロスくんのところに押しかけてるのかと……。……あれ、だとしたらどこに?」
「……普段からよくあるのか? 帰ってこないことは」
「んー、よくいなくなるのは確かなんだけど、多分そのいなくなるのはランドロスくんのところに行ってるんだと思うんだよね。大体日が暮れてから一時間半ぐらい経ったら帰ってくる感じで、一日帰ってこないことはほとんどないかな」
「俺のところは三人も子供がいるから、寝るのは早めて日が暮れて少ししたら寝ている。歩いて二十分ほどだから、多分俺が寝たのを確認してから帰っている感じだろうな」
ネルミアとの話をすり合わせると、寝るまでずっと見られてる日が結構あることを知り、思わず「こわっ」と口にする。
「あはは、ごめんね」
「……ネルミアが謝ることじゃないだろ。……心配だな」
「んー、クウはかなり強くなってるから大丈夫だと思うよ? 隠れ潜むのもすごくなってるけど、それだけじゃなくて普通に武道大会でも本戦を狙えるぐらいには戦闘の技量も……」
と、説明されるも……事実としてクウカは見つかっていないわけで、それにあの空間魔法使いの奴等はそこそこ強かった。
あれ以外にも人員はいるだろうし……もしもクウカの調査が思っていたよりも進んでいて、【鬼食の猟犬】とその奥に潜む奴等を見つけてしまっていたら……見つけられてしまっていたら……。
もう冷えるぐらいの季節だというのに、嫌な汗が首筋を伝っていく。
「……探っていたことが犯人に見つかり、襲われた可能性がある」
可能性、あくまでも可能性ではあるが……。酔いの残っていた頭が急激に覚めていき、思考が通常の物に戻っていくのを感じる。
「え、い、いや……流石にそんなことは……」
「杞憂であれば笑い話にすれば良いが……。最後にどこを調べるとか聞いたか?」
「えっと……人攫いを生業にしてる人を見つけたとか言ってたから、多分その人から犯罪者とかの繋がりを探そうとしていた……のかな」
「……明らかに怪しくて危なそうな」
止めろよと思わないでもないが、今のクウカの実力なら止める必要がないと感じるのも当然かもしれない。
そもそも犯罪者のことを調べに当たるのは当然だしな。
「……またすぐに来る。見つかったら、その時に教えてくれ」
「えっ、あっ……ランドロスくん、探してくれるの?」
「当たり前だろ。ああ、ネルミアは変に首を突っ込むなよ」
「……クウ、迷惑だったでしょ? その、なんで……」
ネルミアがギルドから出て行こうとした俺を引き止めて尋ねる。
まぁ、毎日のようにストーカーをされてかなりビビっているのも、疲労しているのも事実だ。
別に特に好意を抱いているわけでもなく、何故助けるのかなんて聞かれても明確な理由があるわけではない。
助けてくれようとしたことは確かであるが、勝手にしたことと言って切り捨ててしまえばその通りである。
ならば何故……と、考えて、ネルミアに向き直る。
「……まぁ、めちゃくちゃ迷惑をしているのは確かだしな。受け入れるつもりもないから、衛兵に話して後を任せるみたいなことが普通かもしれない」
ガリガリと頭を掻いてネルミアの目を見る。
「俺はそういう奴か?」
ネルミアは俺を見つめ返して、パチリパチリと瞬きをする。
それから苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「初めて会ったときから、ずっとかっこよかったよ」
「かっこいいかは別として、見過ごすのには抵抗がある」
それに、せっかく返すつもりだった物と渡すものが無駄になるしな。
とりあえず、会いたくはないが鬼食いの猟犬にいるであろうメイタークを訪ねるか……。
会いたくない奴を助けるために会いたくない奴に会いに行く。自分でも何をしているんだって気分にはなるが、仕方ない。
そういう性格だと割り切ろう。




