お礼
お酒美味しい。シャルとネネが可愛い。とても良い気分だ。
その程度の思考能力しか持てないほど酔っ払っていたからか、目が覚めたときベッドの上ではなく床に寝転がっていた。
ガンガンと痛む頭を押さえる。……今何時ぐらいだ? シャルは? ……腕の中で寝ている。ネネは……俺の脚を枕にしてる。
……部屋に戻ることすら出来ずに力尽きたのか、今いるのは食堂のようだ。
昨日の記憶が途中からない。確か、酔っ払ったミエナが服を脱ぎ出して「一緒にお風呂入ろ」と言ってきて、シャルがぷんすかと怒って……。
……あれ、そこからの記憶が曖昧だな。……あれからどうしたっけな。
……どういう話の流れだったか分からないが、トウノボリの持っている服をシャルに着せて、とても可愛かったことは覚えている。
少し冷えている身体を起こしつつ周りを見回すと、俺の脚を枕にしていたネネがむすっとした顔で俺を見たあと、顔を赤らめて下を向く。
「お、おはよう」
「ん、ああ……どうしたんだ?」
「……いや、その……昨日言っていたこと、本当か?」
「…….えーっと、どの話だ?」
「寝る前の……あれ」
寝る前……記憶がない。
けれど何かいいことを言ったのか、ネネは頬を赤くしたままちょんと俺の服の裾を摘む。
「……分かってる。ランドロスが嘘をつかないなんてこと」
「…………ああ!」
記憶はないが、忘れたと言ったら絶対に怒られるので同意しておく。
まぁ、酔っていても滅多なことは言わないだろうし大丈夫だろう。大丈夫だよな……?
シャルは間違えて少し飲んだだけなので俺たちのように酩酊していないだろうし、多分覚えているだろうからあとで聞くか。
机の上に散らかっている皿などを片付けようと思い、シャルを寝袋で包んでから立ち上がると、ミエナに覆い被さられているトウノボリが目に入る。
「……仲良いな」
少々ほっこりとした気持ちになりながら、眠っているミエナを押し退けようともがいているトウノボリを観察しながら机の上のものを空間魔法で回収して、調理場にある洗い場に出す。
使い慣れない道具や場所に迷いながら洗ったり片付けたりとしていると、ミエナの下から這い出してきたらしいトウノボリがどすどすと大きな足音を立ててこちらに向かってくる。
「見捨てたね。ランドロス。この私を見捨てて放置して逃げたね」
「おはよう。とは言っても時間は分からないが」
「あ、おはよ。……じゃなくて! 協力者の立場だというのに逃げて……どういうつもりなの!」
「いや、仲良しだなぁって」
「ゆ、許せないよ! 裏切り者!」
ふんすと鼻を鳴らしているトウノボリを見て、思わず頬を緩ませる。
「……なに」
「いや、楽しそうだと思ってな」
本当に、人と関わるのは久しぶりなのだろう。
始めて会って敵対したときのどこか人間らしくない作り物のような下手な表情や、どこか違和感のある仕草はなくなり、声には抑揚が出て、頬は赤くなっている。
「馬鹿にしてるのかな」
「いや、そっちの方がいいな。今のトウノボリの方が、俺は好きだな」
「また……そういう口説いてるみたいなことを口にして、私じゃないと勘違いしてるよ」
トウノボリはミエナから抜け出すのによほど体力を使ったのか、赤い顔が収まる様子がない。
「お片付けありがとね、正直、まだ酔ってて頭が痛い……」
「水とか飲むか?」
「ん、ありがと」
俺も片付け終わったので二人でそのまま水を飲み、酔いの残った頭を醒ましていく。
「あー、こんなにお酒を飲んだのも、人とお話ししたのも久しぶりだね。時々、魔王候補の人と話したりはしてたけど、基本的に説得と説明だから無駄話はしないしね」
「俺はここまで酒を飲んだのは初めてだな。頭が痛い……完全に失敗した」
「あはは、ごめんね」
「いや、俺も楽しかった。……ミエナが脱ぎ出したときは焦ったが」
「ギルドでもあんな感じなの?」
「いや流石に……普段飲んでいるのよりも酒気が強いからだろうな。あと、俺以外女性しかいないから油断もしてたんだろ」
二人で少し笑い合いながら水を飲み終えて、まだ酒の匂いの残る息を吐く。
「あの林檎の酒は美味かったな」
「へー、林檎好きなの? 意外だね」
「ちょっとシャルとの思い出があってな」
少し微笑みながらそう言うと、トウノボリは首を少し傾けながら俺に尋ねる。
「……ランドロスにとって、シャルちゃんはやっぱり特別なの?」
「ああ、もちろん。……シャルがいたから、俺は人であれた。あんなに素敵な子供は、どこを探してもいない」
トウノボリに微笑ましそうな目で見られて、惚気すぎたかと頬を掻く。
「そっか。……今日はどうするの? 何かして遊ぶ?」
「いや、とりあえず各所に報告だな。ミエナと手分けして。そのあとは地図を買って詳細な段取りを決める感じか。……あー、探すのを協力してくれてる人がいたから、礼を言いにいかないとな」
ギルド組合の方は、事件の解決と犯人の捜索が主な目的なのでそこそこでいいとして……流石にネルミアとクウカにはちゃんとお礼をしないとな。
何が喜ぶだろうか……と考えて、クウカに「お守り」として渡された回復薬の瓶が付いただけのネックレスのことを思い出す。
これも返さないとな。元々は俺の物だが……クウカにとっては大切なものだ。肌身離さず身につけているほどに。
……でも、やっぱり割れやすくて危ないよな。
割れないように加工するのは…….勝手にするのは悪いか。
ぼりぼりと頭を掻いて「仕方ないか」と口にする。
それからシャルとミエナが目を覚まして、朝食を食べてからシャワーを浴びて、予定通り外に出る。
迷宮内で時間が分からなかったが、丁度昼頃だったらしく日が高い。適当に歩き、見つけた近くの露店で一番目立つところにあったネックレスを買ってから泥付き猫のギルドに向かう。
ネックレスを二つ付けるなんてことはないだろうし、俺から別の物も同時に渡せば、あの割れやすくて危ないガラス瓶のネックレスは付けないでいてくれるだろう。
ネックレスは助けようとしてくれた礼代わりとして……と考えながらギルドに着いて中に入ると、今日もクウカは見つからず、ネルミアが一人で食事を取っていた。




