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理性

 照れを隠すためにごくごくと酒を飲んでいると、シャルが期待するような表情で俺の方をじっと見つめる。


「どうかしたか?」

「……いえ、今日はたくさん飲んでいるので、いつもより甘えん坊さんになるかなって思いまして。……最近、ランドロスさん、甘えてくれないので」

「甘えるのは……シャルの負担になるだろ」


 今まで散々甘え倒してきたが、院長の死をきっかけに考えを少し改めた。しっかりしていようと、まだ子供のシャルは俺が守らないとダメだ。


 あくまでも子供であるシャルに対して気を遣わせるような甘えや、傷つけるような……性的に身体を触るようなことはしてはいけないだろう。


 そう思っていると、シャルは椅子ごと俺に体を寄せてこてんと首を俺の方に傾けて、腕に小さな頭を引っ付ける。


 シャボンの良い香りにくらりときながらも、シャルの保護者として毅然とした態度を取らないとダメだと思い、でれでれとしてそうな表情を抑える。


「……ランドロスさんに甘えられるの、好きですよ? とても強くて頼りになるランドロスさんが、僕には甘えてくれるの、特別な感じがするんです」

「……いや、もう甘えないようにする」


 俺が自分の決意を口にすると、シャルは驚いた表情を俺に向けてから、絶望したような表情に変えていく。


「な……なんでですか? 僕のこと、嫌いになりましたか?」


 シャルの泣きそうな表情に困惑しながら首を横に振る。


「いや、そうじゃなくてな。シャルのことが好きだから、苦痛を少しでも減らしたくて……」

「僕は全然嫌じゃないです。むしろ、嬉しいです。……も、もう、甘えてくれないんですか……?」

「えっ、い、いや……嬉しい、のか?」


 てっきり負担になっているものと思っていたがどうにも様子がおかしい。これは本当に俺が甘えるのを喜んでいるような……。

 涙目のシャルを見て、シャルに甘えないという決意が揺らぐ。


 もしかして甘えた方が嬉しいのかもしれない。ネネの方に目を向けると、俺以上に酒を飲んでいたからか顔は赤らんでいて目はとろりとしていて完全に出来上がっていた。


「……ネネ、嬉しいものなのか? 甘えられるの」

「んー? うん、分かる」

「……分かるのか。まぁ俺も分かる気はするが……」


 甘えられると嬉しいというのは分かる。


「ネネは、俺はシャルとかの嫁に甘えるべきだと思うか?」


 どこか舌足らずになっているネネが可愛いなぁと思いながら会話を続けると、ネネは少し子供っぽい仕草でこくんと頷く。


「んー、私は、甘えない方がいいと、思う」

「やっぱり大人だし、ちゃんと節度を持つべきか」

「そうじゃなく、赤ちゃん作るなら、今のうちに我慢した方がいい」

「……いや、赤ちゃんって……シャルはまだ子供で」


 流石に先の話が過ぎる。

 シャルはまだ子供を産んだり出来るような年齢ではないし……と、考えていると、ネネは俺にしなだれかかって俺の手を取る。


「私は、もうとっくに大人」


 ネネは手に取った俺の手を自分の腹部に持ってきて触らせる。否応なく、頭の中には俺の子供でお腹を膨らませたネネの姿が浮かんできてしまう。

 そういう妄想をするべきではないと考えるも、男として惚れた女に自分の子を宿させることへの希求はあった。


「……いや、それでも……早くないか?」

「……時間を置く意味がない」


 まぁ、フッたりフラれたりがないと考えると、時間を置く必要はないのだが……。

 ……酒で酔った頭で考えるも……ネネと子供を作らない理由が湧いてくることはない。


 子供を作れる年齢だし、それによって大きな不都合が出たりはしない。ずっと我慢してきた性的な触れ合いも、三人とは違って子供ではないネネ相手に我慢する理由はなく……正直なところ、めちゃくちゃやりたい。


 とろりとした甘い表情、女性らしいしなのある身体、少し小柄なのも可愛らしいし、ふにっとした胸にもめちゃくちゃ関心がある。


 ネネとの行為を想像をしたことで興奮してしまったことがシャルに伝わってしまったのか、シャルは反対側から俺にしがみついて対抗するように俺の体に触る。


「そ、そういうことは、僕ともするべきです。ずっと前から、僕の方が早くから待ってました」

「先生はまだ子供」

「そんなことないです。もう大人ですもん、ね、ランドロスさん」


 俺が目を逸らすと、シャルはキュッと俺の手を握る。

 いつもと違う様子。

 焦りながらの高い声ではなく、状況に似合わないとても落ち着いた声色に思わず再びシャルに目を向ける。


 座った状態でも俺よりも低い目線。よくしているわたわたと慌てる仕草はなく、じっと、じっと、感情の読み取れない瞳が俺の顔を見据えていた。


 目が据わっているシャルの表情には、見覚えがあった。


「ランドロスさんは、ずっとお誘いしていた僕を袖にして、ネネさんと初めてをするなんてことはないですよね?」


 脳裏にチラつくのは刃と目の前に落ちていく自分の髪。……カルアを相手に浮気していたのがバレたときと同じ、表情と声色。


 恐怖に息が詰まる。

 最近は慣れたのか、他の女のことイチャイチャしていてもそのあとシャルとも同じことをしていたら機嫌は戻っていたが……今日の、シャルから感じる強い嫉妬心は、あの散髪の時のものと完全に一致していた。


 ひゅっと息を吸うと、目の前にいるシャルの呼気を吸ってしまったようで、ほんの少し酒の匂いがする。


 ……もしかして、酔っている?


 間違えて酒を……。

 よく考えると、トウノボリが色々な種類の酒を飲ませようと、いくつもの器に酒を入れて俺たちの前に置いていたのだから、シャルが水を飲んでいた器とごちゃごちゃに混ざるのはおかしくない。


 トウノボリの用意した酒は無色透明なものなこともあり、ぱっと見では見分けがつかない。飲めば気がつくだろうが、シャルは気がついても吐き出すなんて行為をするとは思えないし、体の小ささから言って少量で酔いが回るのは当然かもしれない。


 だが……シャルが酒を飲んでいるかどうかは、あまり重要ではない。重要なのは、シャルが本気で怒っているということだ。


「あ、あの、シャル……さん。その……はい……」


 とりあえず怒りを鎮めてもらおうと俺が頷くと、ネネはシャルの異変に気がついていないのか、ぎゅっと俺の腕を抱え込むように抱きつく。


「……ランドロス、私を幸せにすると言った」


 ネネは対人関係などに慣れていないからか、酔っているからか、抱きついたときネネの胸の間に俺の腕があたり、ふにふにと控えめながらも柔らかい幸せな感触が発生する。


 嬉しいし、めちゃくちゃ興奮するが……それは、今はダメだ。今だけは、それは楽しめない。

 案の定シャルの表情はより固いものに変わり、俺に目を向けたまま「ランドロスさん」と俺の名前を呼んだ。

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