ペース配分
調理場の方に向かいながら、ネネがちゃんと馴染めてるかを気にして見つめるが、案外何とかなりそうな雰囲気をしている。
まぁ、案外面倒見の良いミエナとは元々時々一緒にいるし、トウノボリはネネがお気に入りだと言っていたので、人見知りの上に緊張すると攻撃的になるネネでも何とか馴染めているようで安心する。
「あ、ランドロスさん、まだ何も出来てないですよ?」
「いや、シャルの背丈だと色々と不便だろうから手伝いにきた」
「ゆっくりしていていいんですよ? 疲れてますよね」
「……ゆっくりするなら、君の隣がいい」
シャルは少し顔を赤らめながらこくりと小さく頷く。
「し、仕方ない人です」
「……ああ、仕方ないやつだから、隣にいさせてくれ」
それに、火や刃物を使わせるのはどうにも不安だ。小さいし、力も弱く、ふとした時に熱した鍋などをひっくり返してしまいそうだ。
トウノボリの技術があるとか、回復薬があるとか、そういう問題でもなく……痛い思いや怖い思いをしてほしくない。
シャルに言われるままに食材を用意して、水場で洗って皮を剥いてと下処理を手伝っていく。
「……何か見慣れない道具だらけだけど、使い方は分かるのか?」
「簡単なので大丈夫ですよ。お昼ご飯を作る時、トウノボリさんから聞きましたしね」
シャルの言葉を聞いて、皮を剥いていた手が止まる。
「えっ……昼食……シャルが作ったのか?」
「あ、はい。ネネさんと二人で食べたんですけど……どうかしましたか?」
「…………シユウなんか助けに行かずに、一緒に昼食を食べれば良かった」
「ええ……いえ、そんなに食べたがってくれるのは嬉しいんですけど……」
シャルは「手料理ぐらいで揺らぐようなものだったのか……」という視線を俺に向ける。いや、そりゃそうだろ、最高に可愛い女の子の最高の料理と、腹立つ顔の男を助けるなんて比べるべくもない……。まぁ結果的にギルドの場所の捜索に役立ちはしたが……。
トントンと包丁が野菜を切る軽い音を聞いていると、シャルの目が俺を見る。
「……ランドロスさん、お葬儀、どうなさったんですか?」
「ん? ああ……出なかったよ」
少し驚いたのかシャルの手が止まる。
「……葬儀の前にシユウと話してさ、それであいつが「ルーナは俺の妻だ」と「愛している」と言ったからな。……シユウが俺に出てほしかったのは、ルーナが俺がいた方が喜ぶと思ったからだろ。だから……シユウがそう言うなら、俺は必要ないと思った」
再びシャルの手が動く。
今更だけどエプロン姿可愛いなぁ……抱きしめたいが、料理中は危ないよなぁ……。
「そうですか」
少し微笑んだシャルに、俺は皮を剥いた野菜を手渡しながら尋ねる。
「シャルは、それが正解だったと思うか?」
「ん、正解を知っているのはルーナさんだけですから、分からないですよ。結婚してからもランドロスさんに気があったのなら不正解でしょうし、ちゃんと勇者さんのことを好きになっていたなら正解です。……ただ」
俺が「ただ?」と同じ言葉で聞き返すと、シャルは幼い顔に似合わないニヤリとしたニヒルな笑みを浮かべて俺を見つめる。
「他人の恋路を邪魔するような、そんな野暮じゃなくてよかった。ってやつですよ」
「……誰の真似だ、それ」
「ランドロスさんですよ」
「……そんな格好つけたこと言わねえよ」
「時々言ってますよ?」
言ってるか……?
シャルが思った以上に手際良く動くので、それに合わせて急いで身体を動かす。
「……ん、でも、よかったですね」
「何がだ?」
「勇者さんのこと、心配してましたよね?」
「……裏切られて殺されかけたんだぞ?」
俺がシャルを見つめると、彼女は分かっているとばかりに頷く。
「……まぁ、人を憎しみ続けるってのは、なんだかんだ難しい。特に、まるで人が変わったようになっていたらな」
「僕は勇者さんを許せないですけどね。でも、ランドロスさんは怖い顔をしてるのより、朗らかな顔をしてる方が似合ってますよ。僕は許せないですけど」
「……そんなもんかな」
それからしばらくして一品目が出来上がって三人の元に運ぶと、ネネがトウノボリに飲酒を強要されていた。
「ほらー、これも美味しいよ? 飲みねえ飲みねえ」
「い、いや……まだ前のを飲んでる途中だから……というか、食わずに飲んでばかりだと悪酔いするぞ……」
「私を誰だと思ってるの? この世界を作った人間だよ。そんなの全然大丈夫だよ」
「世界作ったのと悪酔いに何か関連が……?」
仕方なく助け舟を出そうとしてネネの方に寄ると、彼女は立ち上がってペタリと俺に引っ付く。
「ランドロス、二人がしつこいんだ。どうにかしろ」
「いや、どうにかって……ああ、とりあえずひとつ出来たから置いてくぞ。というか……自分からくっつくんだな」
「なんだ、ランドロスは自分は触ってくるのに私が触るのは嫌か」
「いや、嬉しいが……。あれ、もう酔ってるのか?」
「まだ酔ってない」
確かに顔色や立ち振る舞いはいつも通りだが、いつもよりも甘えん坊な雰囲気が強く距離も近い。可愛いし、少し酒の匂いもするがいい匂いもするので引っ付かれるのは嬉しいが…….と思っているとネネは席に戻ってしまう。
「あんまり飲みすぎるなよ」と三人に釘を刺してからシャルの元に戻り、再び手伝ってから二品目と三品目を持って机に戻ると一品目がなくなっていた。
……ああ、貴重なシャルの手料理が……と思っていると、ミエナが酒で酔ったのかトロリとした目を俺に向ける。
「おー、ランドも一緒に飲もうよー。シャルちゃんもー」
酔うのが早いな……。
「俺はまだしもシャルは飲まないぞ。というか、服はだけてるのを直せよ。俺もいるんだから」
「えー、ランドのえっちー」
「…….もう少しペース落とせよ。もうちょっとしたら俺とシャルも戻るから」
そう言ってからまたシャルのところに行き、最後にもう一品手伝い、簡単に調理場を片付けてから戻ると、何故か微妙そうな空気が漂っていた。
「……えっと、何かあったんですか?」
「……いや、恋バナしてたんだけど、チヨちゃんの話になってね。……うん」
「何でそんなどうやっても不幸なエピソードになりそうな奴に話を振った……」
恋人にせよ、夫にせよ、好きな奴にせよ、間違いなく死んでるだろ。六万年前には。というか、トウノボリの身内話なんかだいたい「まぁ、六万年前に死んだけどね」という凄惨なオチがつくだろ。
ネネの隣に座ると、正面に服をはだけたミエナが見えて席取りを失敗したと後悔する。
「恋バナはやめよっか……ランドが来たし」
「そうしてくれ」
いや、でも嫁の自慢話したいな…….。




