尻尾
風呂場から出て体を拭い、さあシャルとネネの顔を見に行こうと考えていると風呂場の方から声がかけられる。
「ランドロス、お湯をかけてたけど、シャワーの使い方分からないの? 教えようか?」
「……いや、色々と分からないのはそうなんだが……。普通に、異性で風呂はまずいと思うから今は出ていくぞ」
「はー、ランドロスって案外そういうことを気にするんだね。もしかして、私の魅力にメロメロになっちゃった?」
「いや、全く。これっぽっちも。嫁がいるんだから、お互いに興味がないとしても避けるべきだろ」
俺が言い返すとトウノボリは「ランドロスにまともなことを言われた……!? ランドロスに、この私が……!?」と風呂場の方でおどろいていた。
俺もまともな反応するときぐらいある。
まぁ……トウノボリの言うように六万歳とかとんでもない年齢の人間相手に浮気だとか不倫だとかそういう勘繰りをされることは多分ないだろうと思うし、緊張や気まずい感じはしても欲情はしないので大丈夫な気もするが。
多分、シャルも、俺が六万歳と一緒に風呂に入っていても気にしないだろう。
俺もトウノボリも欲情はしないわけだし、まぁ問題はないかもな。一応、異性ということで避けはするが。
しっかりと身体を拭ってから廊下に出て、シャルとネネがいる場所を探す。自室の部屋か、倉庫か、トレーニングルームか、あとは食堂ぐらいだろうか。
とりあえず。一番いそうな自室に行き、扉をノックする。
「シャル、ネネ、いるか?」
「えっ、あっ、ら、ランドロスさん!? す、すみません、今髪を乾かしているので……」
「そんなにすぐには乾かないだろ。入るぞ?」
扉を開けると、椅子に座ったシャルと、その後ろで変な物を手に持っているネネがいた。
「も、もうっ! ランドロスさんの前は綺麗な格好でいたいのに……」
「いや、今も綺麗でかわいいぞ? ところで、それは……」
髪が濡れて耳がぺたっとなっているネネは、何故か俺から目を逸らしながら俺の問いに答える。
「ドライヤーというもので、温かい空気を出して髪を乾かすのに使うそうだ」
「はぁ……髪なんてほっといたら乾くだろ」
ネネに髪を乾かされているシャルは、少し困ったように微笑む。
「んぅ……それだと髪が傷むそうです。えへへ、千代さんが「女の子だから髪は大切にしなさい」って髪が綺麗になる物とかをたくさんいただいてしまって……」
「……あいつ、本当に簡単に人を好きになるな……。簡単に騙されたりしそうで怖いな」
「お人がいいですよね。なんとかしていただいた恩を返したいんですけど「ランドロスとカルアに仕事を手伝ってもらうから大丈夫だよ」と言われてしまいまして」
人はいいと思うが、世界の影の支配者だけどな。あと、死に慣れすぎているせいか、知り合い以外の奴には異様なまでに冷たい。
その分、一度顔を合わせただけで親切になるが。
あと、迷宮に良く出入りしているネネや初代のことも気に入ってる様子だったし……無関心か好意かでかなり極端な奴だ。
「……それより、随分と早かったな」
「そうか? まぁ、やれることはやったからな。これ以上、情報を集めても意味がないしな」
ネネは怪訝そうに俺を見ながら、シャルと交代してシャルに髪を乾かされていく。
俺は心地良さそうに目を細めているネネを見つつ、メイタークから受け取った地図を取り出す。
「飛ばした奴の仲間と接触に成功し、おおよその場所が判明した。一応、別々のやつに聞いて裏を取っているから正しいとは思う」
「本当かっ!?」
「ああ、だから近いうちに迎えにいくことになるが、食料を持っていくために、しばらく集める必要がある。それも知り合いとトウノボリに頼んだから、一週間ほどで準備が出来る」
ネネはパチクリと瞬きをして、シャルはキラキラとした目で俺を見る。
「やっぱり、ランドロスさんはすごいです。あんな手がかりもない状態から、こんな簡単に……」
「すごいというか……早すぎないか?」
「状況が揃っていたおかげだ。……それで、相談したいことがあるから、とりあえず食堂に集合したいんだが……いいか?」
ネネはシャルに濡れた尻尾を乾かされながら頷く。
「……ところで、俺には触らせてくれないのにシャルには触らせるんだな」
「お前は力加減出来なさそうだからな」
「カルアよりは出来るし……」
と、カルアの名前を出したことで、ガシガシと雑に頭を撫でる小さな手のことを思い出して寂しく感じる。
……早く会いたい。
「ランドロス……」
顔に寂しさが出てしまっていたのか、ネネは少し迷った表情を浮かべてから、背中を俺に向ける。
「……少しなら、触ってもいいが」
「いや、先に話をしたいから今はいい」
「…………分かった。二度と触らせない」
「なんでだ!? いや、せっかくなら後で触りたいってだけなんだが……」
「うるさい。知るか」
ネネは怒って部屋から出ていってしまう。
「……ランドロスさん、ネネさんがあんなに勇気を出したのに可哀想ですよ」
「えっ、いや、尻尾ってそういう部位なのか?」
「……お尻に近いところですし、敏感みたいなので異性に触られるのは気になるのではないかと」
悪いことをしただろうか。
……俺としてはそれほど気に留めていなかったというか、人間にも魔族にも生えていない部位のため、どれほど性的なのかが一切分からない。
単に猫の尻尾がふわふわとしていてかわいいので触りたい程度のもので……。
「……エロいのか? 尻尾って」
「さ、さあ……僕は、男の子でも獣人でもないので、そこは分からないです。んぅ……多分、先に食堂に行っただけだと思うので、僕たちも行きましょうか」
「ああ……そうだな」
可愛いから触りたい程度の思いだったが、ネネの反応からして胸を触りたいぐらいの感覚だったりするのだろうか。
……前も神経が多くて敏感と言ってたしなぁ。もしかしたら、かなり恥ずかしいのを覚悟しながら触らせようとしていたのかもしれない。
少し考えながらシャルと食堂に向かうと、不機嫌そうなネネと、トウノボリとミエナも来ていた。
全員運動をした後、風呂に入ったからか肌がほんのりと赤ちを帯びていて妙に色っぽく感じてしまう。
……今更だが、美少女と美人に囲まれて生活してるのってかなりすごい生活をしているな……いや、嫁や恋人が合わせて四人いる時点でとんでもないが。
改めて意識すると変に緊張してしまいそうだったので、誤魔化すように咳き込んでから話を始める。
「あー、細かい話は後にするとして、まずギルドの転移させられた場所が、おおよそではあるが分かった。準備が出来次第に向かうことになるが……。問題として、誰が向かえにいき、誰がここで待つかを決めたいと思う。旅路を決めるにせよ荷物を準備するにせよ、人によって変える必要が出るからな」
俺一人で迎えにいくならただただ真っ直ぐに進むのがいいだろうし、シャルも来るなら多少遠回りをしても平坦な道を選ぶ必要がある。
ネネが来てくれるなら森の中を突っ切ることも可能、という具合に、旅に出るメンバー次第で移動ルートが変わる。
何を決めるにせよ、まずはメンバー決めからだろう。




