転移と先読み
男達の魔法は発動したのだろう。それだけは分かるが……その魔法の正体が分からない。
少なくとも傍目から見て何かが変わった様子は感じ取れない。
けれど……異様なまでに統制の取れた動きで全員が俺へと襲いかかる。
魔王の剣は普通の剣の倍近い剣身を誇っており、普通の剣士よりも射程距離が遥かに長く短槍に近いほどだ。まず正面からくる男達の剣に向けて振るう。
俺の膂力と魔王の大剣の重さと斬れ味により、当たった瞬間に武器が破壊出来るはず……という考えは、振るった大剣と同じく大きく空振る。
一歩、踏み込まずに立ち止まった。先程まで思いっきり囲んで攻撃しようとしていたはずなのに、ちょうど俺とぶつかり合おうとしていた三人だけが急停止をする。
思いきり振るった大剣に身体が持っていかれるのよりも前に異空間倉庫にしまいつつ、背後から迫る槍を紙一重で避ける。
その槍を突き出した一人だけが突出した。引こうとした槍を掴んで動きを止めようとしたが、その槍使いは一瞬でその手を離して槍を捨てる。
……随分と思いきった判断をするな。まぁつかんでいたままなら槍ごと振り回していたが。
半魔族である俺は人間よりも高い身体能力を持つ。
多くの魔族が人間の中隊程度の戦士と戦えるように、俺にとってこんな程度の連中は相手にならないはずだ。
自惚れではなく、魔族と人間は身体能力で大きく差がある。
……はずが、微妙に手こずってしまっているな。
槍を一本奪ったのだから一応は戦況としてこちらが勝っているはずだが、どうにも腑に落ちない。
どうして……どうして、まだひとりも倒せていない?
身のこなしは熟達の戦士程度であり、これといって特筆したものではない。運動能力、単純な素早さでは俺の方が遥かに上だ。
一瞬のやり合いだが……妙な感触だ。
奪った槍の重さを確かめつつ、ふっと息を吐く。
空間把握か? ……いや、空間把握だと同じ属性だし魔力が混ざるよな。
こういうときはイユリの魔力探知やそれによる術式の解析が羨ましくなるな。もう少しあとならちゃんと習えていたが……無い物ねだりは仕方ないな。
人数差も大きく、このままウダウダとしていると体力が尽きる。半分魔族の体というのは人よりも持久力がなくて不便だな。
……とにかく、おそらく相手の使っている【克虚己羅刹】という魔法は直接的な効果ではなく、補助的な魔法なのだろう。
……ならば、反応出来ない速さで突けばいいだけだ。
おそらく俺の体力を削ることを中心に考えているようで、基本的に囲んだ状況を崩さず、俺が動くのを防ぐように立ち回っている。
とりあえず、いくら空間把握で死角はないとは言えども手を後ろに回すのは面倒なので後ろに回って来ないようにするか。
などと考えていると、俺が槍を奪った男が異空間倉庫から短剣を取り出していた。
……なんで短剣なんだ? ああ、魔力が足りないから異空間倉庫の容量が小さいとかか?
一歩、また一歩と足を動かすことで隊列が乱れることを期待するが、流石に練度が高く簡単には乱れない。
仕方ない……と、考えて全力で槍を前に突き出す。
狙った男は反応して身を捩るが、躱すことは出来ずに右肩に槍が突き刺さり、壁に勢いでぶつかり、槍が男の肩を貫いて尚且つ壁に突き刺さることで止まる。
遅れて俺に何人かの槍や剣が向かってくるが、それを身を捩ることで全てを紙一重で回避し……たはずなのに頬に軽い切り傷が入る。
磔になっている男を見ながら手を離す。
「……治癒魔法なり、回復薬なり使うのは邪魔しないぞ」
再び魔王の剣を取り出し、構えずにだらりと手を下ろしておく。
俺は親切心で言ってやったつもりだが、流石に信じられなかったのか、磔にされた男は放置されたまま戦闘が再開される。
まぁ肩が貫かれた程度なら、しばらくは大丈夫だろう。
残りの相手も同じように反応しきれない速さで攻撃を加えれば……と考えて一番反応の悪そうな奴に向かって剣を振り下ろし、胴体を浅く切り裂こうとしたが……当たる直前に姿が掻き消えて地面を破壊するだけになる。
……空間転移、か。いや、近くにいるから別の魔法……短距離転移とでも言うべきか。
実に厄介だな。空間魔法というものは。
剣を振り下ろしたことで隙の出来た俺に対して幾つもの槍が向かってくるが、その槍の間を縫うように体を動かし、反撃とばかりに剣を振るうもやはり姿が掻き消える。
……随分と魔法の発動が早い。本人の練度もあるとは思うが……何というか「反応速度が異様なまでに早い」というような印象を覚える。
それから何度も俺が向かっていくが、躱され、躱し、とお互いに傷を与えられない。だが、俺よりも相手側が焦った様子を見せ始める。
おそらくは、魔力切れの心配だろう。短距離転移にせよ、克虚己羅刹にせよ、どの程度の魔力を使うのかは分からないが、異空間倉庫の小ささからしてかなり魔力量は少なく、魔法の連発は出来ないのだろう。
同じように剣を振るい、俺が狙った相手が少し妙な体制をしながら短距離転移を使い、俺は魔王の剣を離し、手を後ろに向けて丁度転移してきた男を捕まえて地面にぶん投げる。
「ガハッ!?」
「──っ、何故転移先がバレた!?」
地面に投げた男の腕ぐらいは折っておこうとしたとき、空間転移を使おうとしたものを見つけて、転移先であろう場所へと拳を振るい、丁度そこに転移してきたことで俺の拳が男の腹に突き刺さる。
まぁ……一瞬で移動するというのは驚異的な魔法ではあるが、対処は難しくないな。
こいつらは空間転移をする前に、転移直後に転けるなどの体勢を崩さないようにするためか一瞬だけ視線を向ける。
その上、移動先の地面や俺への攻撃に向けて体勢や構えも変化しているので、目で見れば転移先と次の行動が分かる。
「……人数も減ってきたな。続けるか?」
俺が尋ねると、男達のひとりがリーダー格の男に目を向ける。
「っ……不味いですよ。この男……まだ、ほとんど魔法を使ってないんですよ!? こんなの、勝ち目が……!」
逃げるならひとりだけ捕まえたらいいかと考えながら、男達の話を邪魔しないように待つ。




